十二月。宝石職人は稼ぎ時だ。
クリスマスの贈り物で、高価な装飾品を求める人間が増えるから。
聖夜への祈りをこめて。

「クリスマスなんて、宝石職人は仕事が増えて良い時期じゃないですか、マイスター。何をそんなに不機嫌そうなお顔をされているのです」

シアンが、ホワイトショコラにたっぷりのシナモンを入れながら、大きなカップに注いでいる。甘い香りの湯気が部屋の中に満ちている。
のほほんとしている丁寧な口調には、まるで子猫をあやすような含みがある。
向かい合うソファーに腰掛ける赤毛の少年と、鏡写しの仕草で自分のカップを口元に運ぶ。

「シアン、あのね、マイスターは、別に仕事が好きというわけではないんだよ。ただお金が好きなんだよ。強欲だから」

ココアにミルクを足してかき混ぜながら、カーマインが、物知り顔で一人頷いている。素直で純朴そうな顔をしていながら、言いたいことは割と遠慮なく口にするもので、聡い子供というのは侮れない。
傍の暖炉では、明々と火が燃えている。燃焼という現象で幾ばくかのエネルギーと引き換えに、暖炉の炭は白く脆い灰に変わる。

「でもせっかくの男前なのに、そんなに浮かないお顔をされていては、眉間にしわが増えちゃうわ、マイスター」
「マイスターはね、もういい加減お年だから、多少のしわなんか仕方がないんだよ」
「まぁ、それでももちろんマイスターは男前なのだけど」
「じゃからしいぞお前ら」

鉄鉱石の分量を量りながら、分銅を置く手を止めた。
曇った磨りガラスの窓に、冷気の水滴が付いているのが見えた。外では粉雪が舞い始めている。
特に十二月だからどうだということではないが、資材の買い出しの傍ら、街中でふと耳にした話が多少気にかかっていた。
聖夜の行事で、王都の真ん中にあるツリーのてっぺんから、錬金術師が金粉をまく、ということをやるらしい。
儀式というよりは、一種の娯楽に近いかもしれない。
季節の行事に便乗して、宮廷が、本来なら門外不出のはずの錬金術を、民草の目に触れさせる。
そうして、錬金術という奇跡は実際に存在するものであり、煌びやかな宮廷の力を鼓舞することになる。
とはいえ、そんな見世物をしてどうするのかと、いぶかしむ気持ちもあるわけで。
疑いつつ見に行ってみると、王宮で見かけたあの男、錬金術師・ティルディランが、ツリーの半ばよりも上の枝に登って、やけに得意げな顔で演説調の語りを披露していたのだ。

「はーっはっはっは! 清貧なる民草よ! かよわき子羊たちよ! 輝かしき我らが国王、女王陛下の御名のもとに、聖夜の祝福を!
 今宵はこの私が、神の御使いのトゥンクル☆スターである!!! 崇めたまえひれ伏したまえ!!」

これは一体どういうパフォーマンスだというのか。そして一頻り高らかな声を上げた後、翳した手から舞い散る、目を刺すように輝く金粉。
金の粉雪のようなそれは、光そのものを凝縮して結晶化させたような細やかな粒になって、冬の空気の中に舞い踊る。
なんとまぁ、これは。
思わず、頭を抱えずにいられなかった。

「一体、なぜこのような大道芸を行うことになっているのでしょうね……」

聞き覚えのある声がすぐ傍らから聞こえた。
鳶色のマントをすっぽりと被った、宮廷の侍女の身なりをした少女が一人。
否、侍女に成りすましたミラジェ王女の姿が。
また退屈しのぎに侍女と入れ替わって出歩いているらしい。
すぐ傍には、彼女の付き人の一人、若い執事のウィスの姿もあった。もはや慣れきっているのか、涼しい顔をしている。多少目が死んでいるが。

「また貴女は、そんな格好をして……」
「あら。最初はもちろん、私用の観覧席にいたのだけど、マイスター、あなたの姿を見かけてとっさに抜け出してきたに決まってるわ。でなければ、うかつに外を歩くなんて、寒くて仕方がないもの」
「ティルディランの錬金術を見ていなくていいのですか、あれは、王室の権力を鼓舞するためのお披露目でしょう」
「だから、あまり好きではないのよ。特にティルディランだし……」

うんざりとしたため息をついて、王女は肩先に落ちている金色の巻き毛を、くるくると指先で巻く。
本来なら来たくて来たわけではないのだろうが、宮廷のやっていることとして、王女が見定めているという名目として置かれているらしい。

「でも、あなたに会えて嬉しいわ、マイスター」
「はいはい。私も嬉しいですよ、ミラジェ王女」

私がそう返事をすると、ミラジェ王女は一瞬きょとんと眼を見開いて、瞬きを繰り返した。

「ほんとに? まぁ、マイスター様がそんな優しいことを言ってくれるのは、初めてではなくて? 嬉しいわ。ねぇねぇ、今からあなたの工房に遊びに行ってもいい?」
「ダメです。早く侍女のふりなんてやめて、元いたところにお帰りください」

またこれだ。率直に距離を置こうとすると、この幼い姫君は意固地になったように駄々をこねて私と共にいようとするし、あえて宥めてみようとしたら、思いのほか舞い上がらせてしまったようで。
扱いの難しい姫君だ。そういうところも、昔のあのお方と本当によく似ていて、困る。

「この金粉をまくお披露目はね、お母様が許可したのよ」

今度は私が目を見開く番だった。

「このところ大きな事件もなければ変わったこともないし、人は退屈すると、何か悪いことをしでかそうとするものなんだって。
 気晴らし程度にどうかってことなんだけど、お母様はすんなり許可していたわ。
 可笑しいわよね。普段だったら、こんな茶番あまりお母様は好まないと思うのだけど」

確かに。くだらないと切り捨てる様子しか目に浮かばない。女王の冷えた瞳が目に浮かぶようだ。賑やかしいことや騒がしい祭りなど、あのお方はあまり好きではなかった。

「あなたも不思議でしょ、マイスター。ふふふ、でもね、私にはわかるわよ。
 きっとね、あなたが見に来ると思ったからよ。
 この広場にあなたが足を運んで、宮廷錬金術師がお披露目する奇跡を」

私が見に来るから、このお披露目を許可した?

「本当はね、お母様も、あなたに宮廷に戻ってきてほしいのだと思うのだけど」

白い粉雪が、ちらりちらりと掠めてゆく。
その中に、細やかな星屑のような金色の粒。
祈りの形を表して、錬金術師の指先から熾る金が舞う。

「私が、また再び錬金術師として、あのお方の前に現れることを望んでいると、もしやそう仰りたいのか」
「あなたにはもう追放された理由はないと聞いているわ。そうなのでしょう」
「なにを馬鹿げたことを」

私は追放された錬金術師だ。
国王亡きあと、今は王妃であったパレミア妃が女王として立ち国を治めている。
私が今頃宮廷に戻っても、一度は錬金術師としての力を失くしたこの身で、何かできるというわけでもない。
街の片隅の路地裏、狭い工房に身を潜めながら、ひっそりと炉で金具を炙って暮らしているほうが、自由に過ごせていい。
この手はもう職人の手として染まっており、触れた花を金の細工に変えるものではなくなったのだ。
細かい火傷や、細工の時につく傷跡で見苦しくなったこの武骨な手で、あのお方に触れられるはずもない。

「ミラジェ王女、ああ、見間違いかと思ったがそうではなかった。やはりあなただ。このようなところにいらっしゃるなどと」

するりと忍び込む風のように、何者かが傍らにたたずんでいた。
いつのまにここまで来ていたのか、錬金術師ティルディラン、金粉をまくお披露目を終えてきたのか、恭しく胸に手を当ててそっと礼を取っている。
まだ広場には人目がある故、大声で王女の名を呼んだり仰々しくかしずく真似はしていないものの、そっと声を潜めるのが、彼の性分でないとにじみ出ている。

「ああ、なんだ、誰かと思ったら見覚えのある顔だったな。ずいぶんとみずぼらしい格好だったので気づかなかったよ。申し訳ない」

ティルディランは私の顔をちらりと見て、唇に薄い笑みを浮かべた。王女と話していたのが気に食わなかったのか、私と王女の間に割って入るような立ち位置で、私へと言葉をかけてくる。
王女が明らかにむっとした顔をしているのだが、それはまぁ見ないことにしよう。ティルディランもそれはわかっていながらわざとやっているのだ。

「これは失礼。本来私は王女様や錬金術師様に軽々しく言葉をかけたりなどできない身分だ。身の程をわきまえて早々に退散するとしよう。良い見世物を見せていただいた。私が知る限りの宮廷錬金術師は、あのような大道芸など鼓舞したりするような者ではなかったが、いやはや、私の知らぬ間に宮廷はずいぶんと庶民に対して寛容になったんだな」

適当に皮肉を絡めて反撃しておく。私は大人しく帰るとしよう。ここに居続けても面倒なだけだ。

「待って、ルグレ」

幼い姫君の、私を呼ぶ声が引き止める。

「私にも宝石をちょうだい。以前に会った時のように」

王宮に帰ってしまえば、また彼女は、退屈で寂しい王女の日常。

「……このようなもので、よろしければ」

懐の内ポケットから、蝋紙に包んだものを取り出す。
細かく砕いた水晶の原石で、加工する方法を考えていたところだった。持ってきてしまったのは、たまたまだ。

「あら、これは食べられないほうの水晶ね?」

こんな使い道もない鉱石の欠片に、姫君は嬉しそうに口元をほころばせた。
彼女は、自分の宝石が欲しいのだ。
宮廷錬金術師は、己の心を捧げ忠誠を誓う証に、金や宝石の美しい細工を、己の掌から生み出して王族に差し出す。

欲しいのは、誰かの心。
自分を愛してくれる人が欲しいのだと。

薄々わかっている。
だって、この子はやはりあのお方とよく似ているから。

「氷砂糖が欲しかったのならば、どうぞ王宮で召使に仰って注文してください」
「あなたからもらって食べたのが、とても甘くて美味しかったんだもの。どうしてあんなに舌に染みるほど甘かったのかしら。何か魔法でもかけていたの?」
「夢みたいなことばかり仰ってないで、ほら、ティルディランが呼んでいるでしょう。お帰りください。お体が冷えますよ」

はらり、はらりと、粉雪が舞う。
凍てつく空気の白い空。

工房で待っているシアンとカーマインの二人に、お土産にキャンディーでも買って帰ってやろう。




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(2014/12/3)
スピンオフSS。

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