・第二十九章




空が青い。いつのまに。
何が変わったわけでもないのに。


息を引き取ったサフラのなきがらを、土に埋めて花を添えて。
動かす手を止めてしまえば、しばらく何も動く気が起きなかった。


立ち上がりもせず、何もせず。
灰色の街を包む、空を眺めていた。


そのうち、誰かがやってくる足音を聞いた。この気配もそろそろ慣れっこだ。


「ラック」
「おう」


振り返りさえしなかったけど、案の定当たり。わざと軽く語尾を上げるような口調が帰ってくる。


「おつかれさん」
「あんた、まだいたの」
「あ? なんでだよ、嫌か」
「別に。でももう何もここに用事なんてないでしょう」
「そう言われれば、そうかもしれないな」


軽く唄うような口調。
この声音に、毎回あたしは振り回されていた。
本当に、不思議な人だ。


「そんなに暇なの」
「そうだな、暇なのかもしれないな」


  一つ、仕事が片付いたからな。


声には出さなかったのに、ラックが心の中に思う声が、あたしの頭の中に聴こえた。
きょとんとして、ラックのほうを見たけれど、別に何を言った様子も無い。
あたしと同じように、意味も無く、空を見ている。


「お前、これからどうする」
「別に・・・・今までどおりかな。サフラはもういなくて、一人になっちゃったけど、それでも、お店続けたいし。
 まだ作りかけのお酒もあるし。薬だって」



人の痛みがなくならない限り。
自分にできることをしたい。



「空の、色が変わったな」
「そうなの?」
「思うだろ」
「そう・・・・・・かな」


ラックは、空の色を見ながら、ひゅうと軽く口笛を吹いた。心地いい音色。
長い沈黙が流れた。


そして。



「なあ・・・・リズ」


ラックが静かに。


語り始めた。


「知っているか」
「え?」


彼の黒鋼のような瞳が、静かにあたしを見つめていた。
声が低く落ち着いて、まっすぐにあたしへと届く。


この声を聴くだけで。
なんだか、体がこわばるような心地がした。
きっとこれは、何か、聴かないほうが言いことを今から告げようとしているのだ。
瞬時にそれを悟って、怖くなるような、声。



「この世界・・・・・・いや、この宇宙には、”終末時計”という物が存在するんだよ」


異世界を渡る魔法使いは。
あたしに静かに、語り始めた。


始まりと終わりを告げる、狂った時計の話を。


「世界というものは、無数の、目に見えない歯車で構成されている。
 だけど、何らかの要因で、それらは狂ってしまうんだ。そして世界を壊してしまう」


指先がくるりと宙に円を描く。
そして自分の胸元にかざした手は・・・小さな銀色の懐中時計を握っていた。


「俺たちは、その歯車が軋む音を聴きつけて、取り除いているんだ」


あたしの前に差し出された懐中時計の、秒針をじっと見つめる。
これ・・・知ってる。見たことがある。


「この世界で見つけた”時計”はこれだった」


これは時計じゃない。花だ。
アズラエルの原料にしていた、蒼い花。
確かにこの形は、時計に似ている。


「今回は見つけることができたけど、これは、ほんの一部に過ぎない」



 カチリ カチリ カチリ カチリ



頭の中に音が聴こえる。
鼓動の音のような音色が。
今までずっと、あたしの中に聴こえていた音だ。



「一緒に来るか?」



この音を、探しに・・・・・・・。


鼓動の音が早くなった。


ラックは、あたしの答えを待っている。


世界を狂わす時計を、探しに行く。


病んだ世界を治しに行く。



「あたしは・・・・・・・」



待つことも、行くことも。
動くことも、休むことも。



すべて、自分の意思が決める。


彼は、歌を司る魔法使い。
聞き手が望む歌を、望むままに与える。


答えを告げる唇が、震える。



「あたしは・・・・・・・・・・・」



あたしが応じた歌のフレーズに。
彼は、ただ黙って笑みを浮かべた。








とある世界の片隅。
何処にも行けない道の先、誰も来れない路地の奥。
何処にも繋がらない地下への階段を降りた先に、誰も知らない酒屋があった。

死を呼ぶ天使が住んでいた、灰色の街。
名前の無いその都市はもうここには無い。





(END)





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