【 broken beat - joan - 1 】



夜色の礼服に身を包んだ男が、カウンターでウイスキーのグラスを傾けている。
紫色の髪を肩に流し、テーブルに肘を突いている姿は、まるで一幅の絵画のようだ。


「今度、私の店にも一度立ち寄ってくれないか、リズ」
「あら。お招き頂けるなら喜んで」


男の手が、空けたロックグラスをテーブルの上に置いて滑らせる。そんなわずかな仕草さえ、チェス駒を操る遊戯か何かのように見える。百合の花を散らすような、整った指先。
席を立った彼を見送って、リズはカウンター席の内から扉の方へ出てくる。
彼女が、地下街の階段を下った先の酒屋、あるいは”薬屋”、『メイキング・ジョーカー』の主。黒と白のレースを重ねたワンピースドレスを着ていて、歩く度に、黒いスカートの裾が、黒蝶の翅のように翻る。
からららん。涼やかな音色を奏でて扉が開き、客人を送り出した。


そして店内の片隅に、一人でタンブラーグラスを傾けている男が一人。
赤毛の髪を首の横で束ねて、襟にファーのついたジャケットを着ている。
名前はギル。男というより少年と呼ぶほうが正しいかもしれない。
夜色の礼服の客がリズと会話している間、特に何もせずただ二人が話している様子を見ていた。
別に他人のふりをしなくてはならないわけではないが、リズが他の客を迎えている間は、下手に横から入ると何かとややこしいことになる。と、今までの経験上知っている。


「なんだアイツ、最近の常連か何か」
「ええそうよ。よく来てくれるの。ジョアンっていうの。このウイスキー気にいってくれるの。ギル、仕入れお願いね」
「何だよ何だよ、やっぱりリズも、顔の良い男は贔屓するのか?」
「え? でもそうね、綺麗な人よね。ちょっと見惚れちゃうくらい」

リズはグラスを片付けながら、くすりと笑う。
面白くなさそうな顔をして、ギルは薄い水割りを飲んでいる。

「でも勘違いしてるわよギル」
「別に俺は、姐さんに男が出来たって気にしないけどな」
「そうじゃないってば。ああいう格好してるけどジョアンは・・・・・・まぁいいか」
「・・・・・・は?」

指先に、ジョアンが残した名刺カードを挟んで顔の高さに持ち上げてよく眺める。
地下街の隠し通路は、道順さえ把握できれば、広く様々な都市へと繋がっている。流通は容易い。
店に置いている酒や食料、果物、薬酒に使う花や香草の類の仕入れに手を貸してくれているのが、ギルだ。
彼は以前まで地下街の闇取引ルートを手中にしていた組織の所属で、毒物、火薬、凶器の類もその気になればすぐ手に入れることが出来る。
ただし、麻薬取引に手を伸ばした際、リズが裏取引組織を殲滅にかかり、それ以降は大掛かりな闇取引はできず、リズの店の仕入れを手伝うだけの売買ルートに落ち着いている。


「お酒を出すお店だったら、あたしとも商売仲間と言えるのかしらね。まぁ、あたしのお店は正しくは薬屋なのだけど。人の心を癒すのなら同じよね」
「心を癒す、かぁ。毒に染め上げるの間違いじゃなくてか」
「毒も薬も紙一重。お決まりでしょ」

リズは手首に巻いている紅いスカーフを、一度解いて髪を束ねなおして、頭に巻いた。
並んでいるウイスキー瓶とグラスを、手早く磨き上げて棚に片付ける。
ちょうど同じタイミングで、ドアベルが再度鳴り響いて、見知った顔が入ってきた。

「おまたせ、リズ」
「スタリオ、待ってたわ」


背の高い、刈り込んだ黒髪の男。目つきの悪い三白眼。
リズがスタリオと呼んだ彼は、リズがまだ薬屋を名乗る前から、力を貸してくれる仲間だ。


「・・・・・・・情報は何か掴めた?」


悪戯好きな猫の瞳を瞬かせ、唇には、魔女の妖艶さで笑みの形を作る。
作戦会議の始まりだ。


この世界を
染めている毒を
取り除くために







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(2013/2/6)
















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