【 broken beat - silvia - 3 】
僕がリズと会ったのは、8歳のとき。
その頃から、リズは他の子供とは違っていた。
聞いたところでは、他の国から来てここに預けられたのだと聞いたけど、子供だった俺には、難しいことはわからなかった。
綺麗な目をしていた。
だいたいいつも一人で本を読んでいた。
そして恐ろしく頭が良くて、他の子供達をまとめるように、施設の先生からよく任されていた。
この国では、生まれた子供の8割以上が、施設で育てられる。
親の収入や生活環境によって、格差が生じるからだ。
大人は自分自身の人生を持ってるし、子供に時間や財産を注ぎ込みたくはない。
公共の機関に任せたほうが、食事や生活、教育、健康、医療、皆平等で安心できる。
それは、平等という囲いだった。
彼女と僕は、かつて同じ施設で育った。
昔から、彼女は秀逸で、冷静で無感情な様子は、まるで精密な機械のようだった。
だから信じられなかった。
感情がこんな利欲に偏った犯罪に携わっていたなんて。
麻薬の密造、密売。
さかのぼると、助教授の殺害、研究所の放火、逃走。
アズラエルの精製。
一体、何のために。
「君はこんなことをするために、あんなに勉強してたんじゃないだろう・・・・・・」
いつも思っていた。
何をそんなに、必死に。
「だから僕は、本当のことを知りたいんだ」
「そう。真実を追求する、さすがに司法官らしいわね」
「リズ、一体どうしてこんなことを・・・・・・」
リズは一瞬、怒りとも悲しみともつかない表情を瞳に浮かべた。
閃く炎のような激情。
「言ったって、誰にも信じてもらえないわ。だから私は、真実だけを受け止める」
きっぱりと言い捨てる声が。
灰色の壁に床に、染み渡るほどに深く響いていた。
「僕は・・・信じるよ?」
俺がぽつりと告げると、彼女は小さく微笑んだ。
だけど、心を開いてはくれなかった。
*
「ねーリズ、こんなところにいると退屈じゃない?早く出たくない?」
「尋問なら受けて立つけど?聞きたいのはそれだけ?」
窓の格子越しに話しかけて来るスイングに、思いっきり白けた目を向けてやる。
「あんた、暇よねー・・・こんなことするより、他に仕事いっぱいあるでしょうに。あたしにひやかしかけても、何も面白くないわよ」
「ひやかしじゃないけど、リズ話すのは楽しいよ。だってかつての同級生じゃないか」
毒気のない人の良さそうな顔が、小犬のようににっこりと微笑んだ。
「いくつの頃の話よ」
「そうだねー、最後に会ったのは、15歳くらいの時だっけ? リズ、変わってないよねー。全然老けないよねー。てか断然綺麗になったよねー。
昔子供の頃はさ、ツンツンしてて冷たくてロボットみたいだったけど、こうして話してみた感じ、だいぶ表情柔らかくなった?」
「おだてても何も出ないわよ。無駄口なんか叩いてても何もならないわ。あなたはあなたの仕事をすればいいでしょう。早く私を死刑にしてちょうだい」
談笑を交わすと見せかけて。するりとかわして。
にやりと唇を歪めて、突き刺した鋭い言葉を受けて、スイングは一瞬で笑顔を凍りつかせた。
「・・・・・・それ、本気で言ってるの?」
「だってそうでしょう。もう最終処遇は決まってるんでしょ?審議を何回繰り返しても、私はこれ以上何も語らないし、私が話せることは全部話したわ」
「弁護とか再審だって・・・・・・」
「あんた、司法官でしよう・・・あんたがそういうことすすめてどうするのよ。仕事増えるわよ」
「増えたっていいよ!当たり前だろ!」
「一つ、勘違いしてるわよ、スイング。あたしは別に、研究所に行って教授になりたかったから、進学したわけじゃない。あたしが知識を求めたのはね、ただ、退屈だったからよ」
目的があったわけじゃないの。ただの暇つぶし。
あなたがあたしの何を知っているの。
「何も意味なんてなかったの。やりたくてやってたわけじゃないの。全部、ただのなりゆきよ」
あの頃はまだ、欲しいものなんて何もなかった。
それすらも見つからなかった。
「嘘だ。だってリズ、薬を作りたいって言ってた。誰かを助ける薬を・・・・」
ドクン・・・・・・
スイングの言葉に、胸が波打った。
「あたしが言ってた?いつの話よ」
いつからだ。あの祈りが、私の鼓動を突き動かしたのは。
「皆で飼ってた小犬が死んだとき。病気になって安楽死の注射を打つことになって」
皆泣いてた。
リズだけが泣いてなかった。いつも通りの顔をしていた。
でも僕は、覚えてる。
「死なせる薬じゃなくて、治せる薬があればいいのにね。リズが言ってた」
リズは冷たい子なんかじゃない。僕は知ってる。
寮母さんが死んだとき。
薬葬で、遺体を流す薬をかけるんだって話をしてたとき。
「死んだ者に使う薬があるくらいなら、どうして、生かせる薬がないの、って」
リズは本当は助けたかったんだ。
何かやりたかった。
だから一人で頑張ってたんだよ。
「・・・・・・全然覚えてないわねー、あたしが何を言ったかなんて、やっぱり思い出せない」
でもそんな、些細な言葉を覚えていてくれた人がいたなんて。
何も覚えてないのは本当だ。あの頃は何もかも味気無かった。
記憶に残るほどのことではなかったのだろう。
それなのに。
薬を作りたかった。
そんなに昔から、消えることのない、祈りの種があったなんて。
別に、誰かに許してほしいなんて思ったわけじゃなかった。
私にできる何かを探していたかった。
でもやっぱり。
生きる理由がほしかった。
・・・・それだけだったのかもしれない。
灰色の箱の中で思い出すのは。
私が出会った人達のこと。
消えた命も。すれ違った影も。
いまだ私を離さない光も。目に焼きついた火も。根を張った花も。
もし私が裁かれるなら、ただそれだけのこと。
私一人が消えても、世界は変わらない。
でも私の中に残る、世界の一部があるなら、それは嬉しいことだ。
「リズ・・・どうして、何も語らない? 君がもし何も言わないのなら、極刑は免れないぞ」
「面倒くさいんだもの。何も言うことなんかないし、それで結末が変わるとも思えないし」
今更自分だけ助かりたいなんて思わない。
逃げたいとも思わない。
静寂に浸る時間が過ぎていく。
カツン
カツン カツン カツン
そして暗闇から連れ出す、影。
「―――リズ=シルビア、ここから出ろ」
ごめんね、スイング。
話の続き、聞かせてあげられそうにないね。
あなたと話すの、思ったより楽しかったみたい。
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(2012/2/18)