【 broken beat - silvia - 6 】




「ねぇスイング、あなた、お酒は好き?」

唐突な問いかけに、スイングはきょとんと目を丸くした。
まるで場に合わないちぐはぐな話題。

「酒? いや、俺、アルコールは全然飲めないんだよね。二三口飲んだだけですぐ気分悪くなっちゃって」
「あら、もったいない。まぁ、体質による場合もありから仕方ないか」
「いやでも、それが何・・・」

「スイング、これ、あなたにあげるわ」

私は、自分が手にしていた小さな瓶を、スイングの手に押し付けるように握らせた。

「これが私の、生きてる証」

握りしめた手が、熱かった。
人の手がこんなに温かいなんて、永いこと忘れていたような気がする。



トン・・・ポトン・・・・



弦を弾いてこぼれる音が、私を呼んだ。
振り返るとそこには、ラックとカルマがいる。こちらを見ていた。


「そろそろ終幕だよ」


カルマが、ヒュウと短く口笛を吹いた。


「準備はいいか?」


まばらに弦を弾く音が、扉をノックする音のように聞こえる。


トクン トクン


生まれてくる躍動感
この響きが渦になって、新しい物語の鍵になる。


「リズ・・・どこへ行こうとしてるの?」


あなたがそんなことを尋ねるのは、本来ならとてもおかしな話だよね。
私は囚われた罪人で、あなたは私を監視して裁くのが役目だったはず。


法とは人が決めたもので、何を罪と呼ぶのか本来ならそんな決まりはないはず。


赦してほしかったわけじゃない。
だけど、私の言葉を聞いてもらえた。
それで私はもう十分だよ。


「私にできることを探しに行くんだよ」


許してほしいなんて言わない。
仮に誰かに許されても、自分で自分を許せない。
私のすることは変わらない。


だから私は、閉じ込められる罰や終焉といった償いは選ばない。


「リズ。今まで俺が見た中で、一番いい顔してる。やっと本当のリズに会えたような気がする」


スイングにかけられた言葉が予想外で、今度はこちらが目を丸くした。


「このあとのことは気にしないで。俺ができるかぎりなんとかするから。
俺がリズを助けてあげられなくてごめん。
リズはきっと、悪いことなんかしていない。俺は、リズを信じるよ」




トクン トクン トクン


扉が軋む音が聴こえる。
平行に並ぶ世界と世界の狭間。


さあ、手を伸ばして。
そちら側の世界へ。


トクン トクン トクン


十、九、八のカウントダウン。

七、六、・・・


「スイング、あなたとはいつかまた、どこかで会えたらいいな」


五、四、・・・



暗闇を飛ぶ蝶が見える。
甘い香の鱗粉。
あれが世界を狂わせる。
知ってる。だけど、そんなことさせない。


三、二、・・・・


カルマが、手にしていたストリングスを、高く掲げて構える。
あれは、闇を切り裂く光の剣。


一。


ドクン!
脈打つ鼓動の音が共鳴した。
それは祈りを掲げた叫び。


「君の歌声、確かに聞こえた」


掲げたストリングスが振り下ろされた。
そしてぷつりと、音は途切れる。


ゼロ。



たどり着くのは、音の渦の名残。心地良い余韻。


投げられた貝の形のピックが、小さく跳ねてコンクリートの床に落ちる。
そしてそのときには、魔法使いの姿はもうどこにも見えない。





今日の歌は、これで終わり。













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(2012/11/9)
















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