【 broken beat - silvia - 7 】







とある世界の片隅。
何処にも行けない道の先、誰も来れない路地の奥。
何処にも繋がらない地下への階段を降りた先。


トクン・・・ トクン・・・・ トクン・・・


聞こえ続ける音色は、足音のようでもあり、規則正しく刻まれる秒針の音のようでもあり、また、何かが扉をノックする音にも似ている。


真っ暗な中に、かすかな灯りが見える。
手を伸ばす。

からららん

ドアベルが鳴る。


「ここは・・・」


橙色の照明、ベルベットの光沢の絨毯、黒く光るガラスのテーブル。
丸椅子の並んだカウンター。伏せたタンブラーグラス。氷のホルダー。


見慣れた眺めと、馴染んだアルコールの空気に、リズは軽く目眩を覚えて眉間に手を当てた。


「あたしのお店・・・どうしてここにたどり着くの」


「そんなことはないさ」


聞こえたのは、ラックの声。
気配もなく佇む彼は、裾の長い黒コートの姿で、カウンターに手をついて笑みを浮かべていた。
飲みかけのウイスキーのグラスが、カウンターの上に鎮座している。
まっすぐに射抜く瞳。
そして耳から脳へ届いて響く声。


「ここはずっと前から、俺達が潜んでいる隠れた場所だよ。君の知っているところではない」


時間の流れが狂っている、世界から切り離された存在である魔法使いが、ずっと前、と呼ぶのも語弊があるかもしれないが。


「でも、あたしがいた場所とよく似ているの」
「だったらあるいは」


悪戯めいた笑みが、リズの表情を見ながら楽しんでいる。


「君がここに来ることは、初めから決まっていたことだったのかもしれない」



自分が、瓶の中に漬け込まれた果実になったのを直感する。
隔絶した蓋をされた場所。
外と内で時間の流れが異なる。

ゆっくりと熟成されて、次の扉が開く時を待つ。


それはもしかしたら、ほんの数秒のことかもしれないし、あるいは千年よりも永い時間かもしれない。
ただし時間の単位なんか、ここでは何の意味も持たない。


「歓迎するよ。蝶の痣を持つ魔法使い」


その詞(ことば)は、深く酔わせる甘美な呪文だ。何日もかけて体に毒が残る、一瞬の魔法と悪い影響が同時にもたらされる薬の味だ。



この感覚、知っている。
毎夜毎夜繰り返していた、あの夢と同じだ。
辛いことや苦しい記憶を、甘いお酒で彩って、世界に色を注ぎ足そうとしていた。

あの日々の時間と、同じ場所なんだ。



「マスター、今宵の開店は?」


黒いガラスのテーブルに肩肘をついて、カルマがこちらを見ていた。
唄うような台詞。
灰皿には吸いかけの煙草が、小さな橙の火を灯している。
スモークのような白い煙が静かに泳いでいた。


「・・・もちろん、お望みとあらば、いつでも」


心は既に、決まっている。


ようこそ。世界の片隅、その裏側へ。


ガラスケースの棚に並ぶ魔法は、テキーラ、ラム、ジン、シェリー、リキュール。



ここは魔法と戯事を紡ぐ場所。








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(2012/11/9)
















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