「ガラスの絵本」





深紅の月が浮かぶ夜は
闇に危険な妖精が遊ぶ

旅の夜道は気をつけて

ガラス一枚隔てた先に
異界の魔物が潜むから











『”人形”をお探しで?』


ある王国の東のはずれ。小さなその店に足を踏み入れると、必ず、第一声にそう尋ねられると聞いた。
出迎えるのは年若い青年で、彼がその店の店主らしい。

”人形”をお探しで?

尋ねられても、肯定の返事をしてはいけない。
王国の東の外れにある、小さなアンティークショップ。美しく珍しい骨董品が、まるで夢の世界のように所狭しと並べている。
年若い店主は非常に穏和で、交渉しだいではいくらでも、望むものを言い値で譲ってくれるらしい。

しかし、ここで”人形”を求めてはいけない。決して。
この小さな店には、この世のものとは思えないほど見目美しい、少女の人形が置いてある。さながら生きているかのように精巧で、王女のような美貌の人形。

”人形”

この店を訪れて、”人形”を求めようとした者で、帰って来た者は一人も居ない。


だが、そんなことを知ってか知らずか、今宵も一人の客人が、この小さなアンティーク・ショップにたどりついた。
涼やかなドアベルの音が、店内の静寂を打ち破る。


そしてきっと例外なく、こう尋ねられることだろう。


『”人形”をお探しで?』


出迎える店主は、年若い青年で、必ず客人にそう尋ねるのだ。
どこか嬉々とした微笑を、端麗なその顔に浮かべながら。









”人”の気配がした。呼吸の音がする。店の中の誰かが起きだして動いているということはないだろう。
来客のようだ。まだ夜明け前のこんな時間に、一体何事だろう。

音を立てないように静かに店の中を見に行く。
男が一人、そこにいた。

見るからにしっかりとした体格の長身の青年。後ろから一瞥しただけでわかる。
厳つい風格ではないが、すらりとしなやかで凛々しい立ち姿。
背には長く伸ばした黒髪がかかっている。黒い鋼のような硬そうな髪。

僕が後ろから見ていることには気づいていない。彼は、彼の目の前にある『彼女』にすっかり気をひきつけられているようだ。

窓からは、薄っすらと月明かりが差し掛かっている。
そのかすかな光に浮かび上がるように、静かに眠っている『彼女』。もしくは『彼女』自身が暗闇の中で自ら輝いているのかもしれない。
滑らかな優しい曲線が縁取る、丸い頬。閉ざされた瞼。端麗な面立ち。すべらかな肌は大理石の白。
額と頬の横を流れて肩にかかる、絹糸のようにつややかな亜麻色の髪の束。桜色のふっくらとした小さな唇。その口元に手をかざせば、甘く優しい息遣いの吐息が零れてきそうだ。

作り物だとは思えないだろう。そこに眠っている『彼女』がまさか人形だとは。
その手を握って声をかければ、目を開いて微笑むような気がするに違いない。

今宵の来客も、『彼女』に魅せられてしまった一人のようだ。
そう思うと僕は自然と口元がほころぶ。彼に声をかける気になった。

「『人形』をお探しで?」

僕の声を聞いて、彼は一瞬警戒するかのように体を強張らせたが、やがてゆっくりとこちらを振り返った。
鋭い眼差しに、横からかかる月明かりが灯り、狼の眼のように金色に瞬かせた。
若い男だ。

「ここは人形屋か」
「『人形』も預かっております。・・・ようこそ、アンティークショップ。『カルセドニ』へ」


男はしばらく、戸口にたたずむ僕の姿を凝視していた。

「あんたは」
「僕はここの店主。名をジルコニアと申します」
「・・・ふうん。人形が口を聞いたのかと思った」
「それはどうも。よく言われます」


彼の皮肉げな口調に、営業用スマイルで応対した。

「ここに『王女』の人形があると聞いた」

険しい眼差しが、いっそう鋭く、暗がりの中でぎらめいた。
低い声音はまっすぐに、狭い店内の中で反響する。

「噂を聞いてやってきた。・・・・・・ここにある人形が、その例の人形なのか」
「おやおやお客様・・・・・・、こんな偏狭の地にある小さな骨董店に、たいしたものなど置いておりません」
「偏狭の地にあるからこそ、噂の真偽がわからず確かめるためにわざわざやってきたんだ。今は亡きラズリカ王女に似せて作られた人形が、王女の魂を密かに隠してどこかにある
っ!?

ガィインッッッ!

鉄かブリキか、何かものすごく硬そうなものが、人間の頭を力一杯ぶん殴る音がした。いつ聞いても、胸がすっとするような良い音だと思う。大好きだ。爽快だ。

「よくやったね、メアリ」
「わぁい、ジルに褒められちゃったわ♪」
「汚い手で触られたりはしてないかい?」
「大丈夫よ、あたしに触れていいのはジルだけですものね」

「ぢょっどまでおまえら・・・・・・・」


つぶれた蛙が呻くような声がした。
あ、まだ生きてた。


「人間のくせに頑丈だな。メアリ、もう一回」
「はーい、ジルがそう言うなら」
「まてまてまてまてまてまてぇぇぇぇぇッッッ!!!」



必死で逃げようとする人間の男。愚かなやつだ。
欲にかられた人間と言うのはどうして皆こうも醜いのだろう。

身をもって知るといいよ。


その人形は、生きていた、と。






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(2009/3/24)
放置中の書きかけを整理しようとしています。続き書きたい・・・。しかしなかなか書けない。
できればジルコニアの話書きたい。




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