* 1 *
この世界を旅して歩きたい。
朝日も夕日も、雨も風も、もっと近くで触れていたい。
今日と違う明日にたどりつきたい。
沢山のものが見たい。
どんなに些細なことでもいい。まだ知らない何かに出会いたい。
そんな気持ちを、ある日、言葉にしてノートに書きとめた。
歩き出さずにはいられなくなった。
☆
旅の道中での朝は早い。
空が明るくなると共に活動を開始。
夜露のひやりとした澄んだ空気。
屋根の無い場所での寝泊りも嫌いじゃないよ。むしろ空が近くて好き。
ちらちらと瞬く金色のご来光に起こされて、今日も一日が・・・・。
「ねー、そろそろ干し肉入れていいんじゃない?」
「まだお湯が煮立ってないでしょ、リノーラの慌てんぼ。先に香草刻んでてくれない?」
すでにすぐ近くで、火を焚いてお湯を沸かしている気配。
「あれ?」
うわ、一緒の三人とも、もう起きてるんだ。
よく見たら空の色も、夜明けと呼ぶにはけっこう明るい。
「おはよございます・・・・・」
「あ、チア起きた起きた」
「いつもは早いのに、今日はぐっすり寝てたねぇ」
うう、寝坊した。
もう朝ごはんの準備してるや。
「ただいまー」
「あっ、クーリア帰ってきた」
「おーい、あともう二つ、卵見つけたよー!」
「やったぁ! クーリアすごい! キジバト?」
「うっへっへ」
ちょっと寝起きで頭が回らないけど、今現在ここに至るまでのことを思い出す。
あたしは、旅をしている。
どこに行って何をするとか、そういう具体的な目的があるわけじゃない。
言うなれば、ただの趣味。
いろんな道を歩いて、いろんな町に行って、何か珍しいものを見つけて、その地域地域にある美味しいものを食べれたらそれで幸せ。
「あー、あたしもおなかすいたぁ」
「あらあら、チア、まだ寝ぼけてるでしょ。川で水汲んできてるから、顔洗っておいでよ。水冷たくて気持ちよかったよ」
爽やかな笑顔でそう言ってくれるのは、相変わらずいつも気配りさんな、ミレア。
「あっ、チアおはよー。あのさぁ、今日のことなんだけど、出発するの少しゆっくりでいいよね」
と。
これは、クーリア。
いつもはあたしよりクーリアのほうが遅く起きるのに、今日は先越されちゃったのね。
心なしかいつもより機嫌がよさそうで、目が活き活きしてる。
「というと? 何かあったの?」
「いやーちょっと見てよ、キジバトの巣があったの。この卵超おいしいんだよ。これをいただかない手は無いよ?」
「おおおっ、食べる食べる!」
「あ、でもチア寝坊したから、チアの分無いんだよね」
「えええええええ」
「うそうそー。ちゃんと見つけてきてるって。うっへっへ」
「なんだぁ・・・・、いじわる」
旅の途中のお食事は、基本的には現地調達なわけで。
携帯食も持ち歩いてるけどね。
野草の葉、木の実、川の魚。あるいは花の蜜。
よっぽど荒れ果ててる土地以外では、手に入らないものはない。
「でも一個余分に余るからさっ、あたしが見つけてきたからこいつはあたしがもらっていいよねっ」
「あーそっかクーリアが探してきたんだね」
「でも普通にあたしがいただいちゃってもつまんないからさ、あたしと勝負して一本取ったら食べていいっていう、争奪戦にしない? しない?」
くるくるくる、と、クーリアは卵の一つを指先に乗っけて回して遊んでいる。
いや、そんなことしたら割れる割れるって。
「はいはい、クーリア、そんなこと言わないの。相変わらず血の気が多いんだから。今から煮込むから、その卵こっちにちょうだい、早く」
ミレアが手際よく、鍋の中にぽとんと卵を割って落とす。
うーん、こういうの上手いなぁ。
彼女は、あたしが旅に出た最初のうちから、ずっと一緒にいる親友だけどね。
すごく器用で、細かい作業が得意で、料理や繕い物が上手。
面倒見が良くて、みんなのお母さん的な存在。
「あと何かすることある?」
「ううん、あとはひとまず煮込むだけだから。チアとクーリアは待ってて」
「えー、退屈だなぁ。あたしじっとしてるのって苦手」
今の台詞はクーリアの方だ。
椅子代わりの切り株に腰掛けて、子供みたいに脚を揺らしている。
彼女はちょっと現在わけあって道中一緒にしてるけど、すごく活発な女の子。
剣士になりたいって言って家の長剣盗み出して家出してきたっていう経歴なもんだから、これと思ったら即行動。
「チア、一緒にまた森の中見に行かない? もしかしたら木の実とかキノコとか、ほかにも朝食になりそうなもん見つかるかも」
「わぁいいいねいいね、あたしも行きたい♪」
「おーいそこの二人、遊びにいくのはいいけど、帰ってこなかったら、その間にあたしとミレアとでぜーんぶ食べちゃうよーん?」
からかうような皮肉げな、独特の口調。
これは、リノーラ。
味付けに入れる香草を切ってたらしい。手の上の木の板に載ってる、緑色の刻んだ葉を、ぱらぱらと鍋に入れている。
ふわんと良い匂いが湯気に乗って運ばれてくる。
あ、おいしそうこれ。うわあ早く食べたい。
「卵ねぇ、ここからじゃ街までまだ距離があるし、生ものは売り物になんないからねぇ。ま、仕方ない。この場でおいしく頂いちゃいましょ」
ミレアがかき混ぜてる鍋を覗き込みながら、一人でうんうんと何かうなずいている。
おーい、聞こえてるよー、ひとりごと。
リノーラは自称・商売人なものだから、道中見かける金目のものには目が無いんだこれが。
ただし、リノーラの「自称」は他にもいっぱいあって、どれが本当の素性なのかわからないけど。
でも基本は良い人だし(たまに毒舌だけど)、面白いし、とても物知りでよくあたしたちのことを助けてくれるから、一緒に旅を続けている。
「へぇ、卵ってやっぱり高く売れる?」
「そうねぇ種類にもよるかな? 普通は庭で飼うような小鶏でしょ? あんなのの卵、薄い薄い。特に木の上で巣作るような種類の鳥だと、濃いよねー。もう、何も味付けしなくても甘くてさ」
「へー!」
どうかなぁ、リノーラ物知りだけど、たまにホラ吹くからなぁ。
「ミレア、出来上がったー?」
「うーんあともう少し」
粉末ミルクスープの素を入れて、調味料と香辛料。
とろりとしたスープがすごくおいしそう。
「リノーラ、ちょっと味見して」
「そうねぇ」
鍋を見つめてまた少し考え込んでいたリノーラ、ふと思いついたように顔を上げると、くるりとあたしの方を向く。
「チア、あれ持ってるでしょ」
「どれよ」
「いつも持ち歩いてる携帯おやつ」
「えーと」
多分これのことか。シュガーキャンディー。
2,3粒渡すと、リノーラはそれをぽとんぽとんと鍋に放り込んだ。
「ザ・隠し味」
「おおー」
「なるほどー」
鍋をもう一度軽くかき混ぜて、はい、できあがり。
あったかい湯気の香りがもうたまらない。
卵は柔らかい半熟でとろとろ。
ほんのり甘いミルク風味のスープがとても味わい豊か。
「おいしー」
「あー、しあわせ」
四人で向き合って座って、それぞれの木のお椀によそって、煮込んだ卵をつつく。
頭上には濃い水色が広がっている。
そして透き通るように白い雲。
「でさ、この先に行くとこなんだけど」
「うんうん」
「何どうしたの」
スプーンを口にくわえたままで、がさがさと地図を引っ張り出して広げては、この先の旅の進行会議。
「この調子で行けば、明日にはここの、キャプスって街に着く予定だったじゃん」
「うん、このまま真っすぐだね」
「地図見たらさ、こっちにも道があって、その先に村があるんだよね」
「どれどれ。ああ、道あるね」
「なんかどうもねー、噂で聞いた話だと、ここの地方がラズベリーが特産だとかで」
「ああーそうだろうねー、この辺はねー」
えっとあたしも話しに加わるべきだろか。ついつい料理がおいしすぎて、食べる手が止められないんだけど。
「ねー、チアはどっち行きたい?」
「いつもの直感で頼むよ」
「そうだねー・・・・・・」
スープをもうひとすくい口に含んで、差し出された地図を眺める。
こんな会話をするのがすごく楽しい。
旅の醍醐味。
さぁ。今日も歩き出してみようか。
* 2 *
自分のやりたいことを探すのって。
実は簡単なようで大変らしい。
あたしは何をやりたいんだろう。
どこへ行きたいんだろう。
昔、今よりもっと子供だったときは、そんなこと簡単に見つけられたはずなのに。
毎日毎日、いつもの日常に流されてると、やりたいことばかり着実にやりつづけるのが、意外と難しいんだと知る。
☆
「ねぇ、チアってどうして旅してるの?」
なんとなしに、クーリアから問いかけが来る。
あたしは、今さっき道端で買い食いしているチーズとうもろこしをかじりながら、ちょっと考えてみる。
けど、やっぱり特に回答がこれといって見つからない。
「んー、生まれ育ったところが、田舎の辺鄙なとこだったんで、ちょっと毎日退屈だったからさぁ」
「それだけ?」
「うん」
がじがじがじ。
あー、旬のとうもろこしはおいしいなぁ。カリッと火であぶったところが香ばしいったらもう、最高。
「親や家族とケンカして飛び出したわけじゃなくて」
「うん。あたしんとこ、めっちゃ家庭円満。まぁちょっと旅立ち前に妹から、畑仕事が増えるって文句言われたけど」
「ふーん、たとえば、一攫千金の宝探しの話を聞きつけて、そういうの狙って野望を抱いたとかじゃなくて? 旅立ちって言うとそういう話多いんじゃない」
「いやいや、普段のあたし見てたらわかるでしょ。てんで金銭感覚ないもんだから、そういうの興味持てなくて。確かに宝探しとかわくわくするけどねー。毎日適度においしいもの食べれる程度の所持金あれば満足〜」
宝探しといえば宝探しなのかもしれない。
毎日何か目新しいものや珍しいもの、見たことない景色を見るのが大好きなもんだから。
「ああわかった。いろんな冒険してまわって、有名な冒険者になりたいんだ。世の中にはそういう人もいるじゃん」
「違う違う。あーでも、そうだねぇ、惜しいところでちょっと当たってるけど」
「え、当たってるの?」
「チア、有名になりたいんだ」
「だから違う違う、惜しいっていったでしょー」
冒険がしたい。
それはちょっと、似ているようで違うかもしれない。
それはもう些細な言葉の違いかもしれないけれど、『冒険』といえば、何か危険な困難にぶつかっても切り抜けていくとか、普通の人が普段踏み込まないような秘境に立ち入って、財宝を探してくるとか。
きっとそういう意味合いがあると思うんだよね。
残念ながら、あたしが求めているのはそういうたいそうなものはじゃない。
言い方は悪いけど、毎日平和に自由に、きままに遊び歩いていられればそれでしあわせ、程度なもの。
たとえば家・・・えーと、あたしの場合だと、田舎の実家だけど。
あの場所で暮らしてたとしたら、やっぱり、生活するのに衣食住必要なわけでしょ。
畑仕事に家畜の世話とか、家族と一緒に毎日やらなきゃいけないわけで。
毎日住居が安定しないこういう気まま旅と比べたら、はるかに平穏で楽だったかもしれないけれど、それが嫌だった理由はたった一つ。
同じ毎日に飽きたからだ。
「えーとねぇ、あたしには憧れの人がいてね。
その人が、あちこち回っていろんな冒険してる人だったのね」
「あ、私聞いたことある気がする。チアが前話してた、ポニーテールのお姉さんでしょ」
「そうそうそうそう」
おお、さすがミレア。付き合い長いだけあるわぁ。
「その人みたいになりたいなって思うから。
有名になりたいわけじゃないけど、ちょっと近いかなって思った」
「へー」
ちなみにあたしが普段いつも髪をしばってポニーテールにしてるのも、その人にあやかってるからで。
この頭にしとかないと落ち着かないんだ! やる気が出ない。
「ふーん・・・。あたしだったら、有名になりたいけどなぁ」
ばーん!
不意にクーリアが、手前の石壁に手を叩いた。
「これこれ! さっき見つけたんだけどさぁ、超面白そうじゃない?! あたしこれ、すっごく出たいんだけど!」
おおおおお? なんだなんだ??
クーリアが拳を置いたその場所には、一枚の張り紙があった。
『定例・闘技会 参加者募集』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・えー。これって」
「出るの? これに?」
「いやーっ、もう! こういうのあたしずっと探してたのよ!
街入った最初から目に入ってて気になっててさぁ!
いつみんなに言い出そうかなって思ってたんだけど!」
うわぁ。
すでにクーリアがすごくテンション高いんだけど。
ちょっとこれもう、絶対一度言い出したら聞かない展開だよ。どうしようこれ。
「いやー、クーリアがこういうの好きなのはよくわかるし」
「ねぇ。剣士志望だって前から言ってるし、出たいんだったらねぇ。自由だと思うよ」
「うん。あたし一人で出てもつまんないから、せっかくだからみんなで出よう!」
ああああああああああ、ほらやっぱり言うと思った!
「あ、危なくない? こういうの。
クーリアはともかく、あたしたちは剣とか槍とか、そういう武器みたいなもの全然使ったことないんだけど!」
「そんなん、簡単簡単。軽い遊びみたいなもんだってぇ。
ちょっと試しに出てみようよー」
軽い。
思いつきがあまりにも軽い。
決め手になったのは・・・リノーラの一言。
「いいんじゃない? どうせあたしら、暇じゃん」
あたしとミレアは思わず顔を見合わせて苦笑した。
そうだった。
旅に目的はないけれど、何か面白い経験に出会いたくて、奔放してるのがあたしたちだった。
☆
結局、4人皆で闘技大会に出ることになった。
あたしなんてさ、ただのしがない旅人だものさ。こんな剣士まがいのことやるとは思わなかったよ。
とりあえず、剣の練習と、ルールの把握。
あと、武器(?)の特性を知って、慣れるべし。
「えーと、長剣と短剣と・・・短剣って言ってもけっこう大きくない? これ」
「確か、剣か槍かどちらかで、大きさはそれぞれ三種類。好きなの選んでいいんだってよ」
ちなみに、剣と言っても、競技用の木製のものなので、最初にイメージしたよりは全然危なくないらしい。なるほど。
「これでどうやって練習すると・・・・素振りでもすればいいのかな」
よっこらせっと。とりあえず持ってみる。振ってみる。
えいえいえい。
「うん・・・チアは絶対、小さい剣のほうがいいよ」
全然様になってないらしい。・・・ははは。
大会まで、一週間。
まぁ、文字通り付け焼刃だけど、ちょっと練習するにはいいんじゃないかな。
聞いた話だと、熟練者ばかりじゃなくて、あたしたちみたいな初心者も多いらしいから、あまりあれこれ気を揉まなくてもよさそうだし。
「街の中見てたんだけど、剣売ってるお店がいくつかあるよ」
「おお、すごい」
「なるほど、闘技大会ってそういう宣伝も兼ねてるんだろうね」
「え、なんで? だって大会で使うのは木刀でしょ」
「偽物使うと本物も使ってみたくなるのが人間の心理でしょ」
「ふぇぇぇぇ」
あと、聞いた話だと、一勝でもすると何か景品もらえるらしいから。
せっかくだからちょっと頑張ろう。へへへ楽しみ。
「戦うとか勝つとか、そういう堅苦しいこと考えちゃダメだよチア。
剣はね、遊ぶものなのよ。 猫が猫じゃらし追っかけるみたいな感じでさ、相手の持ってる得物捕まえればそれでいいのよ」
ぶんっ!
クーリアは試しに、槍の一番大きなものの見本を手にとって振ってみる。
おおお、彼女が武器もつと様になるなぁ。
それにしても、そんな細い腕でよくもこんな大きなものを軽々とねぇ。
誘われてというよりは、巻き添え食らって参加って言うような気分だけど。
せっかくやるからには、あたしだって楽しみたい。滅多にあるようなことでもないし。
あたしは一週間、クーリアから剣の基礎だけでも教えてもらうことにした。
こつこつと剣の打ち合いの練習するのは、意外と楽しかった。
☆
実際の大会当日。
「うーん・・・、私はどうしようかなぁl」
手のひらにおさまるような小さな木の短剣を選びながら、ミレアが困ったようににこにこ笑ってた。
あたしはクーリアに教えてもらってたけど、ミレアは全然練習しなかったんだよね。
最初に剣を選んでる段階から、木の剣といえどもミレアにはどれも重かったらしくて、ほとんど使えなかった。
大丈夫かなぁぁぁぁ。やっぱりミレア、気が優しいから、戦ったりとかできないんじゃないかなぁぁ。
「どうする? やっぱりやめといたほうがいいんじゃ」
「えーでも参加するってもう言っちゃったし。大丈夫だよ。相手に怪我させないように武器を叩いて落とすのがルールなんでしょ? だったら、相手が強かったとしてもそんなに危ない目にあうことはないと思うし」
あたし自身も全然練習不足だから、人のこと言えないけど、心配だなぁ。
・・・・・・が、実際のところ、一番勝ち進んでたのはミレアだったりする。
「えー・・・ついさっきあんなこと言ってたのに、ミレアの勝ち進み具合、何これすごい」
予想通りというかなんというか、あたし自身はあっさりと一回戦敗退。
参加賞の棒つきキャンディーを舐めながら、トーナメントの進行表を見ていた。
「本当だよね。見てたんだけど、ミレアって確かにさ、力技で押す感じは全然無いんだけど、とにかく身軽なんだよね」
「リノーラは三回戦までいったんだっけ」
「そうそうそう。賞品、マグカップだったんだけど、使う?」
見てたのは見てたけど、リノーラの場合、相手が急につまづいたり、剣がいきなり手から滑ったり、そんなふうに見えたんだけど。
いや、まさかまさか、ねぇ。
「ただいまー」
お、ミレアとクーリア、一緒に戻ってきた。
「どこまで行ったの?」
「ええと、五回戦まで」
「おおっ、すごいすごい!」
ちなみに、賞品なのか知らないけど、なぜかミレアは、手に大きな可愛い熊のぬいぐるみを抱えている。
「あ、ちなみにミレアが持ってるコレ、試合した相手の男から貢がれたんだって」
おおーい。一体何があった・・・・・・・・。
「だって・・・どうしてもお茶しましょうって言われちゃって、断ったんだけど、これも押しつけられちゃって返せなかったから」
困った笑顔を浮かべつつ、熊さんをゆさゆさ揺らしている。
うーん、部屋に置くには可愛いと思うけど。
旅には持っていけないそー、こんなもん。
「で、肝心のクーリアは?」
「おうっ! もちろん十連勝してきたよー!」
腕には、ぺかーっと輝く、ブロンズの腕輪。
おおお、なるほど、すごい!
「これで本戦行けるんだってさ!」
わーなるほど! すごいすごい!
・・・・・・って、あれ、本戦??
「てことはこれ、予選なのね」
「あれ? チア、気づいてなかったの」
「そりゃそうだよねー、こんな地方で、そんなに大掛かりな闘技大会なんて無いよね」
「まぁまぁまぁ。で、クーリアはこのまま本戦行っちゃうの?」
「ああ。賞品だけもらって、参加は蹴ってきた」
「「「ええええええええええ???!」」」
あたしたち三人の驚きの声が重なった。
クーリア本人は、実にけろりとした顔をしている。
「どーして? だってクーリア、こういうの出たがってたじゃん!」
「そーだよ、剣士になりたいって言ってたのに、チャンスじゃないの?!」
「いやーっ、もちろんあたしも最初はそのつもりで勝ち進んでたんだけど、よくよく考えたら、本戦の場所が遠いじゃないのさ! 大陸の真ん中の都でしょ」
ああなるほど。本戦の場所が遠いのか。
「でも、勝ち進んだ人の賞金って、そういう旅費も兼ねてもらえるんでしょ?
だったら、思い切って行っちゃっていいんじゃないの?」
「んー、だって、さぁ」
クーリアは、ちょっと言いづらそうに口ごもった。
「せっかくみんなで旅するのが面白いから、もうちょっとそういうのも先延ばしでいいかなって思って」
あはははは。
みんな、それ聞いて一瞬きょとんとしたあと、顔見合わせて思わず苦笑していた。
その気持ち、すっごいわかる。
「参加できてすっごく楽しかったけどさ、どうせならもっと大きい街の大会でがんがん勝ち抜いて力試ししてみたいな。あたしの野望は大っきいんだから!」
もうちょっと回り道して。
夢を叶えるのはそれからでいい。
だって、今この時間が楽しいから。
「さーって、ちょっとふところ温かくなったんで、何か美味しいもの食べ行こ! 特産品とか」
「あ、あたし焼肉がいい! 高級ラムのアーモンド焼きとか」
「私はミルカル魚のヒレスープ♪♪ おいしいらしいんだよ♪♪」
おっ、二人ともしっかりお店チェックしてたでしょ。やるねぇ。
「そりゃあねぇ」
「腹が減っては戦はできないって言うしね♪♪」
動いたあとのご飯はとてもおいしい。マル。
クーリアはその後も腕にブロンズの腕輪をずっと付けていた。
いつかこれが金の腕輪になる日が来るといいな。いいや、きっと来るよね。
* 3 *
小さな子狐が、金網の中に捕らえられていた。
「あっ、見て見て」
「どうしたよチア」
「わー可愛い可愛い。もふもふ」
「おおー? なんだこれ」
緩やかな峠を一つ越えた先にある、こじんまりとした田舎村。
その一歩手前あたりのお茶屋で、一息ついてお団子食べながら休憩していたところ。
「なんだろー、殺されちゃうのかな、かわいそう」
「可愛いめっちゃ可愛いいい。見てこの耳がぴくぴく動いてるのとか、尻尾がふさふさなのとか」
「あんたら、騒いでないで黙って団子食べなって」
「ちょっとリノーラも見て見て」
「んー?」
黒蜜のお団子をかじりながら、リノーラもひょこひょこ寄ってくる。
「ねー見て可愛いでしょ」
「いやこういうの見ると可哀想だなって」
「どうよリノーラ」
「んー、おいしそう」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
いやいやいやいやいやいや。
かしゃーん
急に、皿が落ちるような音がした。
見ると、ミレアが硬直して立っていた。
おおおお? 何事?
「どうしたのミレア、急に顔色悪いよ?」
「え、いや、そんな、何でもないよ」
「いや、どう見ても、何でもなくないんだけど。どうしたのそんなに慌てちゃって」
「あ、別に、その」
変な汗をかきながら、ひどく動揺した素振りを見せる。
いくらか間をおいて、少しだけ深く考え込むような表情をした後。
「その・・・・・・・・・・・・・・、こんなところで、大声では言いづらいんだけど」
「うんうん」
「なに」
「・・・・・・・・・・・・そこにいるの、私のお兄さまなの」
「はい????」
☆
ミレアが狐エルフのハーフだってのは、以前から聞いていた。
「すまないすまない、うっかり小動物用の罠に引っかかってしまってな。こんなところでお前に助けられるとは思わなかったよミレア」
お茶屋さんを引き上げて、村に入る手前の木陰で、ひとまず集まって話を聞いていた。
捕まっていた子狐は、ミレアがお店の人に頼み込んで、譲ってもらった。
お店のおばさんの話しによると、狐がよく小麦や農作物を食い荒すので、村の近辺で時々罠をしかけては、狐を退治するんだって。
田舎の村ではよくあることだと思うけど。
一見狐に見えても、その中には、獣の姿をしたエルフが混ざっているんだよね。
「もう・・・お兄様、たまたま私が来なかったら、どうするつもりだったのよ」
ミレアと話しているのは、金色の髪の男の人。
小柄で子供くらいの大きさしかない。
ぱっと見ただけだとあたしよりもずっと年下に見える。けど、話す口調もしっかりしていて、子供って感じじゃないのかなって思う。
狐エルフのなかにはこんなふうに人の姿に変化するのもいるらしいから、実際に何歳くらいかなんてわからないけど。
「へぇぇ、妖精とかエルフとかって、おとぎ話じゃなくて本当にいるんだー」
「しかも狐エルフ? とか、初めて聞いた」
「あ、クーリア、イノーラ、二人ともエルフ見るの初めて?」
あたしは昔から、従姉妹のミルサートお姉さんからこういう珍しいエルフとかのお話もよく聞かせてもらっていたんで、そんなに動揺するほど珍しいものじゃなかった。
いろいろと縁あって、妖精を見る機会も何度かあったし。
ちなみに、人や獣と同じように実体のあるのがエルフ。幽霊や魂みたいに、実際に形は持たなくてふわふわしてる存在のことを妖精や精霊と呼ぶそうよ。
エルフでも、生まれたときから人の姿をしているのが人エルフ。それ以外の姿をしているのを獣エルフとか呼び分けたりもするそうです。
「何? また小麦の不作で、食べ物が足りなくて、村の人たちから駆除されそうになってる・・・?」
「あ、そんなんじゃない。心配するな。罠にかかってしまったのは本当についつい不注意だ。うっかり食い意地はってしまってな」
ちょこんと脚を組んで座って、割と人懐っこい口調で話す。
うーん、以前、ミレアが住んでた村で、その地域の長だった狐エルフと会ったことあるけど、だいぶ雰囲気が違うなぁ。あっちの狐エルフの男の子は、ずいぶん人嫌いで冷たい雰囲気だったけど。
一口に狐エルフといっても種族もいろいろあるそうだから、ここの地域の種族は、多分食べ物に困ってなくておおらかなんだろう。と、そう思おう。
「実は最近、困ったことになってな」
ミレアの兄さんは、アルマという名前だそうだ。アルマは、小さく唸って頬杖をついた。
「狼エルフが近頃よく現れて、うちの仲間たちにちょっかいを出すんだ」
なんだか話が長くなりそうで、傍観してるだけのあたしたち三人はちょっと暇だ。
せっかくなので今の内に、いろいろ気にかかってて話を聞きたそうにしている二人に、あたしが知っている分のミレアの素性についてちょっと解説していた。
えーと、簡単に言うと。
ミレアは、お父さんが狐エルフで、お母さんが普通の人間の女性。滅多にないだろうけどたまにあるそうですよ、そういうことも。お父さんも人の姿に変化する狐エルフだったんだろうってことで。
人と混血すると、子供にはエルフ族の特殊な魔力みたいなものは一切受け継がれないので、ミレアは普通に人として生活できるのね。だから狐エルフみたいに変化することもないし、食べるものや寿命も人と同じだし。
で、ミレアの父方の狐エルフが、あちこち転々と放浪して渡る習性があったらしいから、こんなふうに地方地方に兄弟がいてひょっこりあったりする・・・・のかな。
ちょっと詳しくは、アルマの話が終わった後でミレア本人に聞いてみよう。
それはいいけど、さっきからちらちら聞こえてくる、二人が話してることもちょっと気になるぞ。
なになに、狼エルフだって?
「俺が連れてる仲間で、スピリフという娘がいるんだが、何があったかわからないが、彼女が、狼エルフのところに嫁に行きたいと言い出して」
「は???」
今、嫁とか聞こえたよ。何の話だ。ミレアも思わず変な声出したよ今。
「正直めっちゃ美少女なんで、俺こそ嫁に欲しいとずっと思ってたんだが」
おーーいい、おにーさーーん。
☆
狐エルフか狼エルフか、そんなことで争うのは嫌だということで。
その二人は今、人に変化した姿のままで、どこかの人間の村で若い夫婦として暮らしているという。
あらまー、なんか、駆け落ちみたいな話しね。
「ミレア、俺も探してるんだが、もしスピリフを見つけたら連れ戻してくれ!
連れてった狼エルフは、額の右側にひとふさ青みがかった毛色がある。こういう特徴は人の姿に化けてても出てくるはずだから」
お兄さんから言付けられて、ミレアとそしてあたしたちは、そのまま村を通り過ぎて出発した。
帰りに、さっき寄ったお茶屋さんにもう一度行って、お団子を持ち帰りで買っていくことも忘れない。だっておいしかったもん。
「狐と狼の駆け落ちねー、ちょっと面白いかも」
「その子探すの? ミレア」
「うーーーん・・・・・・・あんまり気が進まないけどなぁ。そのうちどこかで見つけたらね」
狼エルフってのも見てみたかったけど、今回は遭遇する機会はなかったので、どこかでぱったりと会えたらいいなぁと思う。メモ代わりに、今日の話はいつもの旅日記に記しておこう。うん。
「別にいいと思うんだけどなぁ。種族が違っても恋に落ちたって。本人の自由なんだし」
ぽつりと、独り言のように何気なくつぶやいていたミレアの言葉が忘れられない。
* 4 *
「どうしても、切らなきゃダメ・・・?」
籠の中で、泣き出しそうなのをやっとの思いで堪えていた。
「ダメよ。そういう決まりなの。そうしないと危ないのよ。周囲にも、あなた自身にも」
あたしの背中には今、薄く透き通った翅(はね)があった。
取り替えられた子供の証。
「チア、我慢して。怖いことじゃないの。普通の人に戻るだけなのよ」
「いや、あたし、このままがいいよぅ」
かすれる声を絞り出して、籠の中で膝を抱えて首を振る。
「参ったなぁ・・・。
まぁ、こうも強引に捕まえられちゃったら、嫌に思うのも無理はないと思うけど」
突然、どかんと扉を叩き壊される音。
「逃げろチア! 助けに来た!!」
「およよよよ!?
この子達、チアと一緒にいた子らじゃないの!」
ミレア、クーリア、リノーラ。
あああああ、追いかけられててはぐれちゃってからどうなっちゃったんだろうと思ってた。みんな無事でよかった!
「ああああなたたち! 一体何処からこの研究所に」
「うおりゃあ!」
真っ先に入ってきたリノーラが、弾むゴム鞠のような激しい勢いで、あたしを閉じ込めている籠に力いっぽい体当たりする。がっしゃんと激しい金音とともに籠が転がる。はずみで扉が開いた。中で転がって強く体を打ってしまったけど、それでもあたしは一応無事。
今逃げるしかない!
「やったぁチア! 早く来て!」
「うわあああ、ちょっと待って!」
「待ってあなたたち! だめ、だめなのよ!
翅は切り落とさないと・・・・」
「はあい♪ 妖精オブサーバーさん、お仕事お疲れ様ぁ」
追いかけようとした管理人の前に、立ちふさがるようにして現れたのは。
「だれ??」
「いや、ちょっとあの子の身内のもんだけど。うちのチアがお世話になったようで、どーもどーも」
「はあ?」
「悪いけど、あの子、そっとしておいてあげてくれない?
チアも自分なりに自己責任で対応するからさ。
今のままの自分が大事なのよ。あの子は」
クーリアに手を引っ張られながら、こんな会話が聞こえてきたのを覚えてる。
大声で名前を呼びたかったけど、今のあたしには振り返る余裕もなかった。
☆
「うう・・・ごめん、ミレア、クーリア・・・・・」
「いいよいいよ、チアが無事でよかった。大丈夫?」
「うん・・・でもコレ、どうすればいいんだろう・・・」
あたしの背中には、ゆらゆらとおぼろげな、半透明の翅がくっついたままだ。
昔、子供の頃、魂を取り替えられたんだという証の、妖精の翅。
死にかけていたあたしを助けてくれた妖精の優しさの名残。
生きたくても生きられなかった子供の代わりに、あたしという器に授かった魂の名残なんだ。
「・・・・・・あたし、アザリアに会いに行きたい」
昔、取り替えられたもう一人の自分。
切り離されたあたしの亡霊。
☆
ここの森に来ると、ちょっと背筋が寒くなる。
怖くなる。
「気分悪い・・・・・・」
「チア、大丈夫?」
「うん、だ、大丈夫、大丈夫・・・・・」
本当のこと言うと、あんまり大丈夫じゃない。
「アザリア・・・・・・」
この名前で呼んでいいのかわからない。
あたしと取り替えられたという女の子。
緑の中に、赤い躑躅の花が咲く。
くすくす、くすくす、と、さざめき笑う声と共に。
「あたしの翅、返してくれに来たの?」
クーリアの背におぶわれてここに連れてきてもらったけど、一度降ろしてもらった。
自分の足で土を踏むと、ずしりと体が重かった。
ぐらりと頭が傾きそうになった。
おも、い。
何これ、どうして。翅のせいなのかな。
「アザリア・・・・・・」
この名前は、本当は違う。
本来の名前を失ってしまった彼女が、代わりにもらった名前。躑躅という名前。
最初の名前は。
チア。
本当なら、彼女が生きるはずだった。
「あたし、この翅、切りたくない・・・・・・」
だってそれは、本当なら赤ちゃんだったときに死んだはずだったあたしと、入れ替わってくれた彼女の存在を、切り離してしまうことだから。
「あたし、死ぬのは怖いよ・・・・。
本当なら、生まれたばかりの頃に、あたしは死んでたはずだったんだって聞いたとき、すごく怖かったよ。
でもあたし、自分だけが普通に暮らせても、それでも嫌だ。
あなたにも、生きててほしいんだよ・・・・・」
翅を切り落としてしまうことが、アザリアを消してしまうことではないとはわかっていても。
自分の一部でいてほしかった。もう一人のあたしの証として。背中からこぼれてしまう翅だとしても。
「まぁいいわ。いつかあたしに返したくなったら、そのときはあたしにその翅ちょうだいね」
声の聞こえる方向に、よく目を凝らすと。
あたしとよく似た女の子の姿が、ゆらゆらとおぼろげに透き通って浮かんで見える。。
以前、魂だけの姿になったこの亡霊に、殺されそうになったことがある。
妖精と取り替えられた、死んだ子供の魂は、そのまま妖精のもとで育つけど。でも、翅は手に入らない。
だから、いつか取り戻そうとしてやってくるんだ。
正直ずっと、怖かった。
いつかこの子が、自分が取り替えられたこと、受け入れてくれればいい。
あたしも、何も無かったことにはしたくない。だから、何が起こるかわからないけど、あたしの翅はこのままでいい。
上空にふと、影がさした。
大きな鳥の翼が風を切る音がする。
「あー、いたいた見つけた。チアー、生きてるー?」
ひらりと大きな鳥は急降下して、そして軽やかに飛び降りてくる人の姿。
「ミルサートさん!」
そうだ。妖精管理所に連れてかれて、逃げ出すのに精一杯だったけど。
なぜかミルサートさんが来てくれたんだ。
昔から尊敬してて、大好きなあたしの従姉妹のお姐さん。綺麗な黒髪のポニーテールを背中になびかせて、一挙一動が機敏で素敵。
「どうして、こんなとこに。あたしの助けに来てくれたの? うあああ」
「泣くな泣くな。はいはい。いい子だから。
いや、正直通りすがりって言うか偶然なんだけど、さすがにどう見てもあんたが危ない目にあってたから手助けしないわけにはいかないでしょー。
妖精管理所に無理やり連れてかれたったって聞いて、あーなるほどねーて思ったし。とりあえず状況はわかったし。
彼女たちもあんたのこと助けたがってて必死だから、ちょっと協力しただけよ」
目線で示した先に居るのは、あたしの仲間の三人。
「妖精管理局のメアリィさんにはちゃんとあたしから話つけてきたから。今回は見逃してくれるって。
ただしあたしからも一応忠告しておくけど、あんまり危ないことするんじゃないわよ。いつでも助けてあげられるわけじゃないんだからね。
じゃ、あとはまかすから。あんたの好きに旅しなさいな。
おっとあたしもそろそろ行かなきゃなのよ。明日までに東の港街についておかないと、船に乗れなくなっちゃう」
ミルサートさんはそういい残して、再び大鳥の背中に乗って、飛び去ってしまった。
はー、相変わらず、私とは比べ物にならないくらいの冒険家だわ。
背中の傷は放っておいても治ると聞いてほっとした。
あとは今までどおりの私。
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(2011/2/6)
2011/1/23のイベント用に作ったもの。