* 生まれた日と暦 *







「ねぇ、チアって誕生日、そろそろなんじゃない?」

お昼ごはんをみんなで食べているときに、ふと、サーナがそう切り出した。
みんなというのは、いつものメンツ。チアと、サーナ、クーリア、リノーラ。
チアは、燻製肉のサンドイッチを口いっぱいに詰め込みながら、しばらく首を傾げて考え込む。視線が泳いだり、空を見上げてみたり、うつむいてみたり、何を思い出したのか、ほんのり笑ってみたり。そして、やや三秒すぎたくらい、ようやく口の中のものをごっくんと飲み込んで、へらり、と呑気な笑みをこぼした。

「あああ、そういえば、もう4月かぁぁ、早いねぇ。びっくり。通りで、空の色が明るいはずだよねぇぇ」

隣で、クーリアが頬杖をついて、半笑いを浮かべていた。

「別に4月だろうと5月だろうと3月だろうといいけどね、なんか、チアを見てると、あああ平和だなーって思って気が抜けちゃうわ・・・・。あたしが剣を振るような機会もないしね。こんな感じでのんびり毎日がすぎちゃうのかしら。あー、退屈」
「ええええ、なんでそんなにクーリアががっかりしたみたいな顔しちゃうの、あたし、ああもう4月かぁぁって言っただけだよぉぉう」
「いいのよいいのよ、誉めてるのよ、ああ、チアと一緒に過ごしてると、和むなーって。はいはいよしよし」
「それはまぁいいとしてさ、何なに、チアが4月が誕生日なんだって?」

くくっと喉の奥で笑いをかみ殺しながら、リノーラが話に参加してくる。
いち早く食事を済ませて、狩用のナイフと方位盤(コンパス)を布で磨く作業をしながら、木の幹に寄りかかって座っていたところだ。

「えっとねぇ、4月15日なの。あたしの誕生日」
「4月ね。それは、バード大陸共通の、ライト・サン歴でいいわけ?」
「うん。そうだよ。本当はあたし、東テール地方の出身だから、緑グラス暦使うらしいんだけど、でもお父さんが、ライト・サン暦で覚えておくほうがいいよって言ってくれたから、だから日付けは4月15日であってるよ」
「え、ちょっと待ってよチア、リノーラ、それってどういう話??」
「クーリアさ〜〜〜ん、あなたねぇ、けっこうご身分のあるおうちの出身なのに、こういう地方ネタって疎いよねぇ」

大袈裟に嘆いて見せるような仕草で頭を振って、ちっちっちっと舌を鳴らしてリノーラがクーリアへとずずいっと詰め寄る。

「田舎によっては、暦っていろんな種類があるからけっこう面倒なのよ。知らなかったでしょ。一見物知らずなチアでさえ、すらすら答えられるくらいに詳しいんだから、ちょっとはあんたも勉強しなさいな」
「うーん、リノーラ、それって誉めてるのかどうかちょっと複雑な気分なんだけどなぁ、あたし」

旅に出るとすぐ気づくのが、地方によって季節の区別や、一年の日付けの数え方が微妙に異なってくるということだ。
土地が変われば収穫できる作物や穀物も変わってくるし、気候の温暖差も違う。だからそれに伴って、その土地柄に合わせて独自の暦を使っている。そういう暦は、たとえば植物の名前で季節を呼んだり、色の名前をつけたりしていて、その土地の風土を知らない人間にはわかりづらいものになっている。
ライト・サン暦というのが、バード大陸中央にある都市で作られたもので、一年を400日と定めて、寒暖と乾湿によって90日ずつの春夏秋冬、それに40日の露月(デュー・タイム)を入れる暦になる。

「そうだよね、前に誕生日、4月って言ってた気がしたから」
「わぁい、覚えててくれてありがとうサーナ。そういえば、サーナは誕生日いつ?」
「えーと、麦穂の青の月で覚えてるんだけど・・・・・・。7月3日で合ってるかな」

麦穂の青という暦がわからずに首を傾げる。リノーラが、とんとんと木の枝で地面を叩いて、何やら数字の表をがりがりと書き並べ始めた。

「麦穂の青の月ね・・・・サーナってチアと同じで東テール地方? あ、でも一年に二回収穫する金小麦を育ててる土地は、月の麦暦使うんだよね・・・・。ちょっと待ってよ今計算するから。あ、多分ね、7月になるはずよ」
「そうなんだ」
「すごーい、リノーラ、そういうのってどうやって数字で計算するの? 知ってる暦ならまだしも、聞いたことない暦はライト・サン暦の数字で置き換えられなくって」
「ちょっとちょっと三人とも、あたしだけ置いてけぼりにしないでよー! あたしはね、12月5日! 銀卓の12月」
「ああ、クーリアは一応騎士の家系だったから銀卓暦なのね。大丈夫それはほぼライト・サン暦と一緒だから。露月がちょっとずれることがあるけど」

話を聞きながら、暦が出身地によって微妙に異なってくるということが、なんだかとても楽しいことのように思えてきた。
暦の計算を地面にがりがり書きつけて、リノーラが講義をしてくれる。その合間に、チアはこっそり荷物の中から愛用の地図を引っ張り出して眺める。東に西、それに北に南。この地図に書かれている場所によって、朝が早かったり、夜が長かったり、一日の長さがそれぞれ違うということを聞いたときは、とても不思議で信じられない気持ちだった。暑い季節がずっと続く地方や、雨がほとんど降らない場所もあるし、一年の半分は雪が降っている地方もあるらしい。
人間は、自分が暮らしている毎日に、春や夏や秋冬と、季節の名前をつけたり、月の色に名前をつけたりしている。
まだ行ったことがない場所では、どんな季節の色が訪れているのだろう。知りたい。きっと、自分が知っているのとは全然違う暮らし方をしているかもしれない。

「あれ? でも、4月だったら、露月はさむから、まだ一月ぶんくらい先になるよ?」
「え、そうなの?」
「サーナに言われたからなんとなく頷いたけど、そういえば今日って何日くらいになるんだっけ。日付けとかあんまし数えないからあたしわかんないや。あは」
「実は露月がね、毎年同じ季節に入るとは限らないからね。この辺の日付けの数え方ややこしいと思うんだけど。だから、4月の15日だと」

リノーラが告げた日数は、確かにまだちょっと先のことだった。

「そっかぁ、ま、いいや、誕生日って楽しみだけど、なんかちょっと焦るもんね! あああ、また一年経っちゃうから、それまでにあれもこれもできるだけ達成させなきゃーって」
「チア、何をそんなにやりたいこと沢山詰め込んでるの」
「だって、何歳までには何をできるようになりたい、とか、旅に出る前にあれこれあれこれ考えてたんだもん。憧れの人みたいになりたいから! あたし、不器用だから無理はできないなーってのはわかってるけど、それでも、できることならやりたいこと全部やりたい!」

地図をごそごそとしまいこみながら、代わりに引っ張り出した日記帳に、習った暦の数え方と誕生日の日付けをメモしておく。毎日毎日楽しいことが沢山起きるけど、土地が変わると日付けの数え方も変わるし、気候も違う。夜が何回、日が何回通り過ぎたかなんて、あっという間に忘れてしまいそうだ。覚えていられるのはごく単純なこと。自分が歩いてきた道と、出会った人のこと、そして今立っている場所のことだ。メモ帳代わりの日記帳も、書いては千切り、また注ぎ足したり、最初に持っていたものとはだいぶ変わってきている。

「いいわ。もうチアの誕生日覚えたから。お祝いするから楽しみに待っててね」
「わーい、あたしもサーナの誕生日ばっちり覚えたからね! にへへ」

サーナがにこにこ微笑んでいるのにつられて、チアも笑顔を返す。
土地によっては誕生日を覚える風習がないところもあるらしいけど、誕生日をお祝いする風習はやっぱりとても楽しい。
あなたがここにいてくれて嬉しい、と、普段伝えられない好意を伝えることができる慣わしごとだと思う。

「いいなー。あたし12月でまだまだ先じゃん・・・ちょっとつまんないの。あ、そういえばリノーラの誕生日だけまだ聞いてなかった。何月生まれなの?」
「え? そんなもの、人には教えないわよ。そんなもの教えちゃったら、あたしがいつ年取ったかばれちゃうじゃない」

さらりと誕生日を拒否するリノーラの返事に、三人とも絶句して、思わずがくんとその場につんのめりそうになった。

「えー、いいじゃない、一緒に旅してる仲なのに、誕生日くらい教えてくれたって」
「歳とったのがばれるって・・・・・・もうばれてるじゃない。リノーラ、今、17歳であってるよね?」
「あんたたちはねぇ、まだ子供みたいだからわかんないと思うけどね、女は普通、歳取ると軽くショック受けたりするもんなのよ」
「17歳だったらそんなに私達と歳変わらないじゃない、そういうもんかなぁ」
「実はね・・・・ここだけの話、あたしの正体は、西コメット地方に隠れ住んでた占星術師の末裔で、自分の生まれた日付けを人に教えると、魔力を失っちゃうので人に話すことはできないのよ」
「ええええ、そうだったんだ、すごい!」

急に声を潜めて、ちょっと物憂げな伏せた目をしてリノーラがそんなことを囁いたので、チアは拳を握りしめて頬を紅潮させた。

「だから、あたしの誕生日は教えられないけど、別に祝ってくれなくてもいいから気にしないでね」
「うんうんもちろんだよ」

唇の前に人差し指を立てるリノーラの斜め後ろで、クーリアが呆れた顔をして立っている。

「だーかーらー・・・・・・」
「リノーラちゃんの、ここだけの話、とか、秘密の正体、とかって、今まで一体何個くらいあったっけかなぁ・・・・・」

サーナが、ぼそりと小声で零して、にこにこと苦笑いをしながら眺めていた。
四人の足元には、春先に咲く黄色い花が咲いている。
旅して歩き続けていて、同じ季節に同じ場所に戻ってくることは、今後あまりないかもしれない。だけど今、それぞれが目指すものを探して歩き続けていることは間違いない。
歩いてそしてふと振り返ったときに、このときに見た色の花が咲いているところをまた見ることができるといい。










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(2013/5/13)


 
 

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