僕の毎日はただただ何事もなく平凡で、気がつけば通り過ぎていく。まるで雲のように流されるまま。
だけど世界を包む青色は、すべてをありのままに許容する。

だから、ありのままでいいんだと思える。





毎日毎日、平凡な毎日だ。











彼女は家にいるときはパソコンが恋人だ。
時々、電子の歯車が空回りしてるかのようなときもある。

「あっねぇねぇソラ、前言ってた劇団の公演のチケット取れたよぉ」

嬉しそうに声を弾ませてキーボードを叩く。
どうやらこれは「本当」かな。
うんうんよかったね。ちょっと僕がカップ麺にお湯を注ぐまで待ってて。

「ってことで来月は遠征行くからね♪」
「え、なんで遠征、東京じゃないの?」
「今回は全国5都市でやるんだよ。あたし全部見に行くから!」
「はぁ??」

おやまぁ・・・・

「こういうときのためにバイト頑張ってるんだもの!!」

満面の笑顔でそういうけど、僕が支払ってる家賃食費光熱費その他もろもろは丸無視ですか。まあ初めから一切期待してないけど。

「おみやげ買ってくるからね!」

そして彼女は姿を消した。

長くてやっかいな失踪の始まりだった。








「美羽がいなくなったって?」

真夜中のカフェ。安いコーヒー。24時間営業のチェーン店。

おかわり自由のコーヒーほど、他愛ない雑談に適したものはないね。
もっとも、他愛ないと言い切ってしまうには、ちょっとばかりシュールな話かもしれないけど。

「何、あんたらとうとう別れたわけ?そりゃあおめでとう」
「違うんだって、そんなんじゃない。てか何その言い草、失敬だな」

目の前に座る茶髪の男は、僕と同じくメニューの中で一番安いコーヒーを飲みながら、だるそうにあくびをする。
あまり真面目に話を聞く気がないなこいつ。

こいつの名前は、テツヤ。高校時代からの友人。


「失敬だなとか、いまどきそんなボキャブラリー使うやついねぇぜぇ?」


にやりと笑うと、尖った犬歯が覗く。
ちょっとシェパードに似てる。


「まぁ僕のことはどうでもいいさ。ともかくどうしたものかなと思ってね。ひとまず美羽を探してみるつもりだけど」
「おいおい、どゆこと」
「僕が彼女を追って姿を消しても、心配するなってことだよ」

彼女は、例の劇団の舞台を見に行くと言っていた。
そして、パソコンの履歴から確認すると、同じ目的の友人とコンタクトを取る予定が記されていた。


「ケータイとか持ってないの彼女」
「持ってないんだよなぁ残念ながら」
「えええ、今時びっくり」
「でも、ネットはどこにいても使ってるはずだから、彼女のブログとか確認してみるよ」
「それ、失踪っていう?」
「彼女が僕と意図的に連絡が取れないなんてありえないんだよ」













彼女は僕にとっては、奇妙な同居人、とでも言える。


彼女は僕が趣味で更新していたブログをきっかけに知り合った。暇つぶしみたいなものだ。
やる気のない受験勉強に鬱屈していた僕は、ケータイで適当に撮った写真を載せていた。
みやこは、それを気に入って、たびたびコメントを残して来た。HNは、『都来』。

そして『都来』は僕にこう持ちかけて来た。

「会いませんか」

僕はそのとき、彼女はどこに住んでる人間なのか知らなかった。
彼女は僕の住んでる地域を知るや、さっさと場所と日時を取り決め、会う約束を結んだ。

そして、旅行のついでと主張して、大きなバックで現れた。そのままなんだかんだと理由をつけて、僕の家に転がり込んでいる。

さすがに僕でも薄々気付く。
彼女は、ネカフェ難民だった。

ブログ広告で収入を得つつ、住む場所を転々としている。

更に言うなら、美羽にはもう一つ、かなりひどい習慣があった。
いつもマシンガントークを繰り広げる彼女の言葉、9割が嘘で構成されている。
自覚があるのか無いのかしらない。仕方ないことなのかそれともただ楽しんでいるのかもしらない。


彼女は10を越えるブログを持ち、全てを異なるHN、異なる人格で更新している。
そのうち彼女も、どれが本当の自分なのかわからなくなってしまったのだろう。
だからいつのまにか、虚構の自分に対してつじつまを合わせるために、さも本当のような悪意の無い嘘を平気でつくようになったのだろう。







さぁ、起きろパソコン。
みやこはどこにいる。

『はぁいログインかんりょぉー』

少年の声色が、パソコンのスピーカーからこぼれてくる。

「やぁ、レン。また会ったね」
『おやおや、その声帯IDは、ソラにーさんじゃないですかい、おひさ〜。そろそろあんたがアクセスしてくる頃かと思いやしたよ』

ちなみに言うと、この、どうでもいい音声ガイダンスをやたら人間臭い語り口調で流してくるのは、無料DLで様々な性格や口調のPC案内キャラを設定できるプログラムだ。
声帯IDというものを設定して、自分の声を覚えさせておくと、自分が誰と会話してるかも判別して応対してくる。

「世間話なんかどうでもいいよ。その口ぶりだと、僕が来るのがわかっていたようだが、やっぱり美羽に何か起こったってことか」
『ふふふん』
パソコンの中に住むコンピュータプログラムは、愛嬌ある顔に意味深な笑みを浮かべる。

『あんたが探しに来るのを待ってやしたよ』
「それは美羽がそう言ったのか」
『さぁね。まぁそれはさておき、あんたがアクセスしてきたら見てほしい履歴がありやすよ』
ディスプレイの片隅に、小さく別窓(タブ)が開く。そこには複数のアドレス。
「これは」
『美羽サンが所属しているコミュニティですよ。そしてこっちはみやこさんのブログと、掲示板の書き込み。そしてこっちは、みやこさんがここ二週間以内にメッセージ送信したことのあるメンバーのID』

示されたものに目を通してみる。

「みやこは、劇団の公演を見に行くと言っていたが」
『それもある。だけどそれ以上に重要な目的は、このメンバーに会うことだったようで』

そうか、これは個々のHNと言うことか。
「かず」「東姫」「サクバ」「Viola」
男なのか女なのかもわからないな。

『あとこれ。見たほうがいいっすよ。劇団関係者が更新してるブログ』

HNは「才華」。芸名のままだな。
劇団の公演情報や舞台裏の話などがちらちら載っている。

メッセの履歴から、みやこは「サクバ」という人間と一緒に、「才華」に差し入れを渡しに行くつもりだったらしい。

・・・いってみるか。

『GOOD RUCK☆』

レンはそう言ってウィンドウを閉じた。





















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(2013/12 更新)

























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