壊れた君の残骸が散らばっていた。
歯車、ぜんまい、金属片。
赤黒く染み出したオイルの、鼻を刺す匂い。
投げ出された手足はもう動かない。

君を、助けてあげられなくてごめんね。

魔法はもう巡り始めている。
禁断の箱の蓋はもう、とっくに解き放たれてしまっているのだ。
君はそのためにいなくなった。
残骸となって消えてしまった。
俺はどうやって、この大きな喪失をあがなえばいいのだろうか。

壊れた君の残骸を、一つ一つ、拾い集めた。
歯車、ぜんまい、金属片。
赤黒く染み出したオイルの、鼻を刺す匂い。
それはもはや、俺自身の一部でもあった。
失くしてしまうと、生きていられないと思ってた。

あの日から、俺の耳には、歯車の声が聞こえるようになったんだ。
古の魔法使いに術をかけられた、機械の一部。
今も歯車は活きていて、軋みながら廻り続けている。
自身の活力を求めている。




 1

「機械のコウモリが飛んできて、人を襲うって?」

 酒場はいつものように人でごった返していた。
 正確に言うと、仕事をサボっているごろつきどもがたむろしていた。
 粗い木目の卓上に、ころりと何か丸いものが転がる。
 鈍い銀色に光る歯車が二つ、三つ。
「こういう事件は、機械技師が見たら詳しいんじゃないか」
「おいおいよせよ、こいつはただの遊び人、まともな機械技師の仕事なんかしてねぇだろ」
「その言葉、そっくりてめぇに返すぜ、ステッド。つーか人の頭に手ぇ載せんじゃねぇ」

「まぁまぁ、そう乱暴なこと言わないでよ」
 卓に置くのは、水割りにした蒸留酒のジョッキ。一つ、二つ、そして三つ。
 同じく横に置く、小さなダイスが二つ。
「あれ、珍しいなヒロ、今日はお前も参加してくんの」
「うん。カシドが帰ってこないと退屈だからぁ、たまにはね」
 ちょこちょこと、小さな足音を立てながら、ジョッキの置かれた卓の上を、掌ほどの機械人形が動き回っている。その姿は、子供のおとぎ話に出てくる妖精に似ていた。
「お、小さい人形」
「カシドの相方か」
 歩き回る機械人形に気付いた男達が何人か、物珍しげにちらほらと視線を向けてくる。
 通常の機械人形であれば、さほど珍しくはない。ただ、ここにいる『機械技師』のカシドが連れている人形だから興味を引いているのだ。
 ヒロはカシドの隣の椅子に座り、そっと手元を覗き込む。
「……その歯車?」
「おーう、そうらしいぜ。どう見ても普通の歯車だけどな。お前が何か気になるなら、一応見ておけよ」
 ああ、こいつが見て何か引っかかっているなら、おそらくこいつは本物の魔法歯車だな。
 何食わぬ顔で、ゲーム版の上にダイスを振りながら、歯車を眺めているヒロの様子を観察している。
 俺は機械を壊す仕事。俺の相方のこいつは、機械を『治す』仕事。この機械都市では、壊す仕事のほうが評価されるものの、実際に俺よりも優れた腕を持っているのは、相方のヒロのほうだ。
 少しぼんやりとした顔つきと、眠たげに開いた目、雑に跳ねている前髪。俺より一回り背も小さいし、子供のように見られる。
 だが、稀に都市に混ざりこんでくる『歯車』の声には、恐ろしいほどに誰よりも敏感なのだ。
 ダイスの目の数の分だけ、ゲーム盤の上を駒が移動する。特定のマス目を通過するたびに得点が加算されるボードゲームだ。盤を囲む連中はそれぞれに、コインを駆けて楽しんでいる。煙草の匂いとアルコールの匂いが喧騒の中に満ちていた。
「三セットだ。もう一回ダイスだな」
「ちぇっ、まだ始まったばかりなのに、独走してんなぁ」
「で、何だっけ。さっき言ってたやつ」
「ああ?」
「ほら、機械のコウモリみたいなのが飛んできて、人を襲ってるって話だよ」
 ダイスの目は、三と六。
 赤と黒に塗られたマス目を飛び越えて、指定カードを引くターン。うまい組み合わせを引けば、更に得点は倍に。
「見たのは誰だ、ユーゴ、お前か?」
「違ぇよ。ヤズノだってさ。夜中帰り際に、ガラス片が降って来るみたいな感じがしたと思ったら、蛾みたいにこいつが飛びかってたって。いくつか叩き落して拾ってきたんだってさ。ほら、カジトならこういう怪しいもんに詳しいだろうって、あいつも言ってたから、今日持ってきてみた」

 卓の上に転がされた、動かない歯車をもう一度見つめる。

「……やっと見つけられそうかな」

 これは、ゲームのスタートに過ぎない。ほんの引き金。




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