「唇と牙、キスと君。」




月の綺麗な夜には、紅い紅い花を咲かせてあげるよ。
なぁんてね。

「あたしが生まれてきたのは、きっとあなたと出会ってあなたの生き血を吸うためなのよ」

彼女はそれが口癖だ。
そう言って、夜毎エモノを食い殺す。
真っ赤な花びらを散らして、美味しそうに養分たっぷりの水を吸い取っているさまは、幸せそうで羨ましいなぁと思ったりもする。

「オレの血も吸ってみる?」

冗談交じりにそう言うと、彼女、ザクロは、はんっと鼻で笑っていた。

「やだ。狼の血なんて不味そうだもん」

うわ。言いやがった。そういう自分は食人植物のくせに。

オレたちは、実験で造られたキメラだった。
ザクロは人間の女の子と植物。
オレは狼人間と吸血鬼。
何のために造られたかってのは謎で、もしかしたらただのオブジェだったのか、博士のお遊びだったのかもしれない。
オレたち二人を造った博士は、オレ達の最初の食事にしてしまったので、今となってはどうしてオレたちが生まれてしまったのかは、永遠にわからないままなのだ。

「どうして、こんなにおなかがすくのかしら」

オレたちは飢えている。
欠けている何かを求めている。
ザクロは、腕と首筋のところに、花と葉を持っている。
ぎざぎざした花弁と鋭く尖った葉は、植物というより牙に似ていた。
オレはひそかに気づいていた。
博士はきっと、間違えたのだ。
設計図にあった、オレに入れるはずだった吸血鬼のエッセンスを、オレではなくてザクロに注入してしまったのだ。そうに違いない。
だからこんなにも、ザクロは養分を求めて、紅い血を求めて、夜毎人間の血肉を切り裂く。
オレはその残飯を漁るだけ。狼どころか野良猫かハイエナみたいだ。


「なんだかね、とても唇が乾いちゃうの」

わかる。なんでだろうな。
いつも、喉が渇いて乾いてしょうがないんだ。
舌先が乾くのが、苦しくて。

「試しにさァ」

ざわりと。
自分の内側に流れる、血がざわめく。
本能が。

「オレに噛みついてみる?」

飢えているんだ。

この口が。
この唇が。
この牙が。

引き裂いて、噛みついて、すすって。
舌先でもてあそんでみたいんだ。

だって、生きていたいから。

「だめよ。だって、一度吸いついたら、リョウキのこと殺したくなっちゃうかもしれないもの」








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2014/3
イベントで出した折本用のSSでした。
背景のイメージお写真は悠様より。


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