『ローズオットーの港町』








今まで生まれ育って十二年。絵に描かれたもの以外の海を見たことがなかった。
だけど、おじいちゃんがいつも話して聞かせてくれていた。


白い大理石の街。
潮風の匂いと、青い空を舞うカモメ。
帆を並べる港の船。


おじいちゃんの部屋の窓辺には、透明なガラスの瓶が二つ、並んで飾って置かれている。
一つは、少し大きなビンの中に、帆船の模型が入っているもの。
小さいときは、これはきっと魔法の舟で、ビンのコルクを抜くと、船がビンから出てきて元の大きさに戻るんだと思っていた。おじいちゃんに話すと笑われた。
もう一つは、ポケットにしまえるくらいの、小さなビン。
中には、細く筒状に丸められた、羊皮紙が入っている。青い紐と蝋印で留められていて、何を書いてある紙なのか外から見ただけではわからなかった。



おじいちゃんの、大切な思い出が入ったビンなんだよ。そんな話を聞かされていた。
大切な思い出と、約束が詰められたビンなんだって・・・・・・。

















潮風の香る蒼天のもと。
憧れて夢にまで見た、帆船と大海原の景色を目前にして。
思わず自然と感嘆の息がこぼれてくる。



「凄い・・・・本当に、潮の匂いってあるんだなぁ。感動!」



はるばる一人で頑張って長い道のり歩いてやってきた甲斐があったというものだ。
眼前に広がる光景に心を奪われて、しばらくは息をするのも忘れそうだった。


それに、この賑やかさと言ったら。
大通りを行き交う人々、立ち並ぶ商店、海産物や船からの荷物を運ぶ荷車。石畳の整った町並。
山二つ越えた向こうの、物静かな田舎と比べたら、まるで別世界に来たみたい。
ここは世界有数の、沢山の船が行き交う港のある、透き通った蒼い海に面した都・ハーネスト。


「ふふん、ここまでやってきたら、もう九割方、目的は達成したようなものね! あたしってば偉い! 頑張った!」


とか言って一人で有頂天になっていたけれども。ついつい心が高鳴って、はしゃぎすぎてたみたい。
そういえば日頃から、一度突っ走りだすととにかく猪突猛進で周りが見えてないと、よく言われるんだった。
潮風の吹いてくる、港の方の船が気になって仕方なくて、それ以外のものなんかほとんど見えてなかった。

早く、早く探しに行きたい。おじいちゃんがずっと探してたあの船を見つけなきゃ。


「おっと、お嬢ちゃん、何か今落としたぞ。財布だろこれ」


すれ違った誰かから声をかけられた。


「えっ、きゃあ、ああありがとう!」


大通りをダッシュで駆け抜けて、早く船の沢山泊まってる港を駆け回りたくて、心が浮かび上がっていた。
反射的に声をかけられた方へ手を差し出して。
そのまますんなりと、落とした財布を渡してもらえると思っていたら。

あたしの手の上にはいつまでも財布は落ちてこなくて、あたしの頭上辺りでひらひらと揺れている。

・・・・・・んんん?


見上げると、赤ら顔でパイプを加えたオッサンが、にやつきながらあたしのことを見下ろしていた。


「半分よこせよ。ガキのくせにけっこうずっしりしたもん持ってんじゃねぇか。全部とは言わねぇからよ。拾ってやった礼くらいいいだろ」


このオッサン、酒クサイ。


「あたしみたいな子供からカツアゲしようっての!! サイテー!!」



思ったことは、深く考えるよりも先に口と体が勝手に動いてしまうのが、あたしの癖なんだ。
ひらりとジャンプして力一杯、目の前のオッサンに渾身の跳び蹴りをかましていた。

うんと小さな頃から、木登りしては枝から飛び降りる遊びを繰り返していた、あたしの得意技よ。
ただし、こんな真っ昼間の人ゴミのど真ん中で派手にやらかすんじゃなかった!!
蹴られた酔っ払いのオッサンが吹っ飛んで、周囲の群衆が大きくどよめく中、あたしは自分の財布だけうまくキャッチして、一目散に逃げていた。


憧れていた港町は、思ったほど平和で治安の良い場所じゃあ無いみたいだ。













「よーそこのチビ、なんかよさげなモン持ってんじゃねぇか。なんだよそれ見せろよ、つーかよこせ」

「お前カネ持ってるか。タバコ切らしてるんだよ。タバコ買える分くらい持ってたら見逃してやるからよ。大人しくポケットの中身全部出せ」



・・・・・・まさか、ここまできて、早々にカツアゲに会うとは思わなかったわ。
それも、これで何度目だぁ?
何度かガラの悪そうな男達にこんなふうに絡まれて、ダッシュで逃げているけれども。


「いい加減にしてよ、ほら、あたしまだ子供よ? 何にもいいもん持ってないわよ。飴もキャラメルも何も持ってないし」
「嘘つけよ、今さっきそこで、水夫のボルラド親父を蹴り飛ばしてたのお前だろ」
「ガキのくせに良い財布持ってやがったって言ってたぜ。それどうしたんだ。スッたのか?」


わぁお。さっきの騒動そんなに目立ってたのか。これはもう大失敗だわ。
だけど盗品だなんて失礼な! 昼間から酔っ払ってカツアゲしてるような大人と一緒にしないでよ! ちょっとお母さんから内緒で借りてる分はあるけれども!


「迷子だったらおまわりさんとこ連れてってやろうか。お礼は財布の半分くらいでいいぜ」


さっきのは昼真っから赤ら顔してカツアゲするようなひどい大人だったけれども。
あんた達みたいな不良から、そんな子ども扱いされて馬鹿にされた口きかれたくないわよ。
タバコ買うとか言ってるけど、見たとこそんなにあたしと年齢大差ないじゃん。

大通りは人が多すぎると思って、細道に入ったら、今度は不良の溜まり場かぁ。


「港に船を探しに行くの。迷子なんかじゃないし、あんた達なんかにあげるようなお金も物も何もないわよ。いいから通してよ」


これ以上絡まれたらまた蹴っ飛ばそうかなと思ったけれど。
不意にそのとき、後ろの塀の上から、涼やかな声が降ってきた。


「――なんか面白そうなことしてるじゃん。俺も混ぜてよ」


声変わりするかしないかと言った感じの、透き通ったボーイソプラノ。
声の聞こえたほうを振り返ると、まず目に飛び込んできたのは、白い太陽の陽射しを明るく跳ね返す、赤い髪。
一瞬、人形が塀の上に座ってるのかと思った。
薄く笑みを浮かべた唇は、まるで女の子みたいな桜色。大きな瞳は、薄いブルー。すらりと華奢な手足は、少し子供っぽい仕草でゆらゆら揺らしている。
透き通った白い肌と、整った顔の、信じられないくらい綺麗な男の子。


「いって!」
「うわっ!」


目の前に現れた男の子にあっけにとられていると、絡んでいた不良達が、急に額かあるいは頭を押さえて呻いた。
塀の上の男の子が、ポケットに入れていた小石を投げて当てたみたいだ。
すたりと軽やかに塀から飛び降りて、ニヤリと笑みを浮かべてあたしのほうを見た。


「困ってんなら、逃げ道教えてやろうか」
「え」


戸惑っている暇もなく、赤い髪の美少年は、颯爽と走り出す。何が何だかわからないままついていく。
細い路地をまっすぐ抜けて、下り坂になった石畳の道になる。
向きになった顔をした、不良少年達が急いで追いかけてくる。


「そこ、外れるよ」


途中で急に、少年がくるりと振り返ってつぶやいた。
つられて後ろを振り向くと。

石畳の一枚が、ガコン!と跳ね上がって不良の一人が盛大につまづいてすっ転んでいた。
さっきあたしが後ろをついて走ったときは、道の端にそれて通った部分だ。
あらかじめ何か仕掛けがあったのか、勢いよく踏むと外れやすいのを知っていたのだろうか。

いつのまにか下り坂を通り抜けて、また角を曲がると、目立たない隠れた細い路地裏だった。



走ることは全然苦手ではないけれども。
なんだか急にスリリングな出来事が起こった気分で、胸がドキドキしていた。


「あの・・・助けてくれてありがとう!」


赤い髪の男の子は、お礼を言ったあたしのほうをチラリと振り返ると。
また唇に薄く笑みを浮かべて、一言こう言った。


「お前、バカだろ。死ねば?」


冷ややかに毒を突き刺す、涼やかな声だった。
あんまり美人な男の子なんで、それに気をとられて気づかなかったけれども。
彼の浮かべている薄笑いは、人を小馬鹿にしたような、意地悪で冷ややかな冷たい笑みだった。


信じられないほど綺麗な男の子は、信じられないほど毒舌家でひねくれ者の少年だった。















「何一人でこんなとこうろうろしてんの? ヒマなの? バカなの?」
「るっさいわねぇ!! ちょっと港町にくるのが珍しくて、一人で見て回って歩いてただけよ、悪い?!」


いちいち人を小馬鹿にしたような言い方が、めっちゃ腹が立つ。さっきの不良達の方がまだマシだったかもしれない。
半ば八つ当たりか逆ギレ気味で怒鳴ると、美少年はまた面白がっているかのように、いっそう唇に描く弧を深くする。


「それなんだよなぁ・・・。自分がどういう場所にいるか、まるでわかってないんだろ」


木箱が積み上げられた路地裏は、薄暗くてひやりと肌寒く、湿った風が吹いている。
日当たりが良くて賑やかで活気溢れる大通りとは、全く違った街の表情をしていた。


「ここ、ハーネストは有名な港町だ。それが何を意味するかわかっているか? 世界有数の湊には、三つ、大きなお宝がある。
 一つ、外国から集まる輸入品。二つ、その品物を取引する商人の金庫。三つ、お前みたいに、うかつにふらふら観光で遊びにやってくる、世間知らずでマヌケな奴の懐だよ」


世間知らずだの、ふらふら観光だの。
あたしが何のためにわざわざ頑張ってこの港町までやってきたか、何も知らないくせに。
大切な目的まで全部馬鹿にされてるみたいで、本当にもう、許せない気持ちになってきた。


「ちなみに言うと、さっきの連中は、この辺の地元じゃ有名な窃盗団だ」
「窃盗団? げ。そんなのあんの?」
「お前、今ので完全に目ぇつけられたな。どうする?仕返しでまた付きまとってこられたら」
「仕返しって・・・主に手ぇ出してたのはあんただと思うんだけど」
「ただの観光なら、さっさと家に帰ったほうが身のためだと思うぞ。ろくなことになりゃしないさ」


窃盗団だろうが不良だろうがカツアゲだろうが。
帰れと言われてはいそうですかと帰るわけにいくもんか。
あたしは無意識に、ポケットの中にしまいこんだ大切なものを、ぎゅっと手のひらで押さえていた。


「嫌だ。あたしにはあたしの目的がある。用事が果たせるまで、絶対に帰らないから」
「用事・・・・・・・?」


少年は数度瞬きを繰り返して、あたしの顔を、値踏みでもするようにじっと見て。
目を少し細めながら、ニヤリと笑った。


「チワワみたいなお前。名前は?」
「ローリエ。チワワって言わないでよ!犬は大好きだけれども、あんたに言われるとなんか物凄く腹が立つ!」


どうせチビですよ! ってそれはまぁいいとして。いちいち気にしてたらきりが無い。


「俺は、ベルガ。さっきの奴らは、この辺じゃ窃盗団『シャーク』って呼ばれてんだ。・・・・・お前さ、シャーク達に狙われるのと、俺にたかられるのと、どっちがいい?」
「は?」


チンピラ少年達の窃盗団が、どんな名前で呼ばれてようと別に興味は無いけれど。
気のせいだろうか。今、『たかる』とか聞こえてきたぞ。いけしゃあしゃあと。


ベルガ・・・・・・信じられないほど綺麗な顔して、信じられないほど毒舌で性悪な男の子は。
大理石彫刻のアフロディーテのような顔で、地獄のハデスのように凄く意地悪な声をして。こともあろうに、あたしにこんなことを言う。


「お前が探してるもの、俺が手伝ってやるよ。
 小遣い程度に報酬くれればそれでいいよ。まぁ、財布の中身の半分くらいでいいや。安いモンだろう、マヌケなチワワ」


ローリエだってば。名前。


これじゃ一体、カツアゲなんだか脅迫なんだかわかりゃしない。
港町って、こんなにガラの悪い人達ばっかりなんだろうか。
おじいちゃんから聞かされていた、綺麗な都の憧れのイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく・・・・・・。


「で、お前が港で探してる船って何だ」


さっきの話も、一部聞かれていたらしい。
こんなやつに、大切な大切なおじいちゃんの約束の話を、軽々しく教えてしまっていいものだろうか。
そう思って迷ったけれど、悔しいことにあたしはこの街に来てからというもの、右も左もさっぱりとわからない。
港にたどりつく道も、このままだとよくわからないかもしれないのだ。


「・・・・・・・・・・・海賊船を、探してるの」



船が見つかるなら、性悪にだって悪魔にだって、手を借りたってかまわない。


ぼぅ、と、どこか遠くで、汽笛の音が響き渡っていた。














店内には香ばしい匂いと煙草の煙と、賑やかな活気で満ちていた。


「さっき街中で、絡んできた酔っ払いの水夫を蹴飛ばしてただろ。ずいぶん面白いやつだなぁと思って。で、こういうやつは他にも絡まれるだろうなと思って見てたら、予想通りだったけど」
「見てたの? ずっと見てたの? ねぇ、ヒマなの? 何なの?」
「いーだろ別に暇つぶしで見てて何が悪いんだよ。それと、適当に言いがかりつけてこんなふうにたかるためだな。決まってんだろ」


良い具合に焼き色のついた、ラム肉の串焼きが運ばれてきた。
さすがにあたしも空腹をこらえきれずに、せっせと食べている。
こんな美味しいもんがこの世の中に存在したなんて、心の底から感動する。ハーブの風味が効いていて、本当舌がとろけそうだ。
が、そんなごちそうを食べているときに、目の前に座っているのが、このひねくれ少年だなんて。実に不本意だけれども。


「ったく、なんであたしがあんたにご飯おごってあげなきゃなんないのよ。美味しいけども!美味しいけども!はぐはぐ」
「ただのガイド料だろ。けっちぃなぁ。どーせ一人でうろうろしてたら、迷子になるか、またチンピラに絡まれて今度こそ無一文になるかだぜ? そう思うと、安いもんだと思わないか」


もういいや。目的さえ果たせれば、帰りの路銀なんてどうにでもなれ。
ここに来ることだけ考えていて、帰りのことなんて、もともと深く考えてないしね。


「・・・・・・で、お前のじーさんの手紙とやらを見せろよ」
「あ、うん」


あたしはポケットから、大切な小ビンを取り出して、机の上に置いた。
細長い、透明なガラスのビン。中には筒状に丸められた羊皮紙が入っている。コルクの栓が挿してあるけど、もう何十年もずっと開けられたことはない。
中の紙に何が書かれているのかも、全く見えない。


「おじいちゃんが若い頃・・・・・・、もう50年くらい前のことになるらしいんだけど、海賊に命を助けてもらったんだって」


遠方の国へ絵画を習いに行っていたおじいちゃんが、海を渡って故郷へ帰ろうとしたとき。
運悪く船は嵐に巻き込まれて、海へと沈む寸前だった。

そのとき通りかかった一艘の船が、おじいちゃんを助けてくれた。
それが、海賊船だったのだそうだ。



ありがたいことに船長に気に入られて、故郷まで無事に送り届けてくれた。
そのときに、おじいちゃんと海賊の船長は、何か大切な約束をしたらしい。その約束が何なのか、詳しくはあたしは知らない。
だけど、それはこの小ビンに収められた、手紙を渡すということらしいのだ。


「5年に一度・・・・・いや、10年に一度くらいになるかもしれないけど、必ずこの港町へやってくる。
 その時に、それを渡してくれればいい。
 船へ乗せた代は、それで受け取ろう。
 本当にまた会えるかどうかまだわからないけど、この船を探しに来てくれ」


船長は、おじいちゃんにそう告げた。おじいちゃんも、きっと10年ごとに船を探しに来て、必ず会ってこの手紙を渡すよと言った。
50年前におじいちゃんが交わした約束。

でも、ずっと渡すことが出来なかった。



「50年も前の話なのに、レトロな海賊船が、いまだに港に現れると思ってんの?」



ベルガは半笑いで、そんなことを言ってくる。
こいつ・・・・・・、水差しを顔面にぶん投げてやろうか。

ジンジャーソーダを飲んで、ラム肉の残りの一切れを口に放り込み、ベルガは、ペロリと自分の唇を舐めている。
見開かれた大きな眼と、その仕草が、まるで猫みたいだ。



「来るよ、絶対に。おじいちゃんが信じてるもの。だから、あたしも信じる」


おじいちゃんは、きっと自分で探しに行きたかった。
自分の命を助けてくれた船に、もう一度出会いたかった。
船長との約束を、ちゃんと果たしたかった。


でも。
それから後、海を隔てた国同士で戦争が起こって、おじいちゃんは、故郷だった港町を離れて田舎に疎開して暮らさなければならなくなった。
ずっと戻ってくることができずに、何年も何年も月日が経ってしまって。
やっと港町が平和になった頃には、おじいちゃんはすでに歳を重ねて、脚を悪くしていた。自分の力で遠く離れた故郷の町に、帰ることが出来なくなっていた。
窓辺にいつも、記憶をたどってつくった、思い出の帆船の模型を飾って。渡せなかったままの手紙を横に並べて置いて。遠くにある、潮風の吹く街に思いをはせていた。
船の名前は、ローズオットー。そのまま船長と同じ名前らしい。
帆船の模型の、帆のところに、おじいちゃんが書いたその名前が記されていた。

















「手紙・・・・ねぇ。そのビンの中の紙切れが、本当に手紙だって、お前のじいさんがそう言ったのか?」
「え?」



港町の路地裏をたどって、遠目から見て帆船を探す。

まさか海賊船が目立つところに堂々と泊まってたりはしないだろうけど。
あたしの頭の中には、ガラスの大ビンの中で見た、海賊船の模型の姿がしっかりと焼きついている。それ以外に手がかりは無いのだから、あの船と似たものがないかどうか探してみるしかない。
あーもう!おじいちゃんも、たとえば港町のどの辺で会うとか、どういう目印で来てるとか、もっとわかりやすく会えるような約束をしてくれればいいのに!

そんなこと言っても今更だけど・・・・・・。





「海賊から預かった手紙だろ。どうもただの手紙じゃねぇと思うんだよなぁ。たとえば」




ベルガは、わざともったいぶるように、一呼吸置いてあたしの顔を見ている。



「たとえば・・・・・・?」
「そうたとえば、大事な、宝の地図とか」


わぁ・・・・それ、なんてロマン。
と思った。


「そんなのんきなこと言ってる場合か?」
「へ??」


ぼんやり夢心地なあたしに、ベルガが容赦なく毒舌でつっこんでくる。



「もしそうだとしたら、お前はちっぽけな財布なんかよりももっと、重大なお宝を抱えていることになる。知らないかもしれないが、海賊船・ローズオットーといえば、この辺じゃ有名だぜ」
「そう・・・・なの?」
「伝説の海賊」
「まじで」



わぁそれ、なんてロマン。と、やっぱり心の底から思った。
海賊船は本当にあったんだ。もちろんおじいちゃんの話を作り事と思ったことはないけれど。



「だとするとお前はのんきにべらべらと、重大な秘密を語ったわけだなぁ。どうする。その宝の地図、また窃盗団シャークに狙われたら」
「ちょっと、脅かさないでよ・・・・・・」



気がつくと、また薄暗く湿った路地裏に入り込んでいる。
なんだか嫌な予感がしてきた。



「ところで、チワワ」
「ローリエだってば」
「知らねーよ。・・・・・・俺が最初に言った言葉、覚えてるか?」
「へ・・・・・・?」



少しずつ傾きかけた西日が、ベルガの横顔を照らしていた。



「ここ、ハーネストは有名な港町だ。それが何を意味するかわかっているか」



一つ一つゆっくりと、語りかけるように言葉を区切る。
冷たく透き通った、ボーイソプラノの声。



「世界有数の湊には、三つ、大きなお宝がある。
 一つ、外国から集まる輸入品。二つ、その品物を取引する商人の金庫。
 三つ、お前みたいに、うかつにふらふら観光で遊びにやってくる、世間知らずでマヌケな奴の・・・・・・」



袋小路に隠れて待ち伏せしていた少年達が、ぞろぞろと現れて、あたしの周りを取り囲んだ。
その中には、さっき、石畳の坂で絡んできた、一度見たことのある不良少年の顔もあった。
何食わぬ顔をして、ベルガと同じ方向に立って、同じようにこちらを見ている。



「とりあえず、ラム肉ごちそうさま。やっぱり最初に見たとおり、ただのバカだよな」



陽射しを背負って、ベルガの赤い髪が、刺すように煌いていた。
その表情は、ちょうど陰になってよく見えない。見たくも無かった。
意地悪な冷たい眼の笑みが、弧を描いた唇の形だけで十分によくわかるから。



いい加減、あたしでも気づくぞ。これは。
はめられた。
多分もう、最初に会う前から、目を付けられていた。




「ちょっとだけからかうつもりで、しばらくたかってやろうかと思ったけど。こっちのほうが良さそうだ。
 だから言ったろう。さっさと帰ったほうがいいって。
 大人しくそのビンの中身、俺によこしな。
 海賊のお宝の地図は、この俺と、俺達、窃盗団シャークで大事に預かってやるからさ」




輝く胴のような赤い髪と、薄いブルーの瞳。
すらりと華奢な手足に、女の子みたいに透き通った白い肌。
整った顔の、信じられないくらいの綺麗な男の子。


軽く鼻で笑って人を見下すような眼には、ずる賢そうな冷たい光が宿っている。
こんなこと、本気でできるんだったらこいつは本当に、中身は悪魔だ。


あたしは今までこんなに、激しい怒りを感じたことがない。
思えばどうして、なりゆきとはいえ、こんな性悪少年に、あっさりと同行して大切な話を洗いざらい聞かせてしまったのだろう。
おごってやったラム串返せ。代金払え。
あんたになんか、水の一滴だっておごってやるものか。


どんなに悔しくて歯噛みしても、今あたしにできることはたった一つ。
ベルガが手下にしているチンピラ少年たちが、あたしの行く手を阻む前に、全力でこの包囲網から逃げ切ることだった。


この小ビンの中身が何なのか、それはやっぱりあたしにはわからない。
でも何であっても、絶対に渡せない。


50年間大切に抱えていたおじいちゃんの、約束だから。














「ちくしょー!!すばしっこい!!見失った!!」
「あのチビ、どこへ逃げやがった!!」



こっそり物陰に息を潜めてる横で、あたしを追ってきたチンピラ少年が、2,3人くらいでわめいてる。
ためらうヒマなんか無い。あたしは、すぐ傍に積み上げてあった木樽の列に全力で体当たりした!!



ごろんごろんごろん!!


大きな木樽が勢いよく転がって、チンピラ少年たちへ襲い掛かる!



「ぎゃあああああああああ!!!」



どっかん!!

木樽は盛大に砕け散って、道中いっぱいに、青いライムの実が転がった。

よっしゃ!ストライク!今のうちに更に逃げる。



「ふぅん、やるなぁ。でも甘い甘い」



すぐ傍の塀の上から、涼しげなベルガの声が降ってくる。
さすがに地の利は向こうにある。どれだけ逃げても、あっという間に先回りされてしまう。


何人か跳び蹴りでノックアウトさせて。何人か木樽ぶつけてライムまみれにして。
それでもまだ、追ってくるベルガの手下の連中に取り囲まれる。窃盗団だかシャークだかチンピラだか知らないけど、いい加減にしなさいよね本当に!


あたしは、修理中の船の部品と思われる木材を拾ってきて、思いっきり振り回した。


ベルガ、こいつ本当に気に入らない。人を馬鹿にするのもたいがいにしろ。
手下の少年使ってイチャモンつけさせて。
そこを助けてやったと見せかけた芝居を打って、タダ飯せびったり、人の持ち物さぐったり。ていうこと?
ふざけんな、どういうセコイことしてんの本当。


そして今はこうやって、人を追い掛け回して楽しんでいる。遊んでる。


絶対に、おじいちゃんから預かった大切な小ビンだけは渡すものか。



「おおっと、見た目はチワワみたいなちびっ子のくせに。思いのほか無茶苦茶やりやがんだなぁ」
「どういたしまして! 褒め言葉で受け取るからね」



ベルガに向かって、木の棒を投げつける。ひょい、と、軽くかわされる。
ついでに石も投げる。あっさりとかわされる。きぃぃ、腹立つ。



「はめられてるとも知らずに、俺にあっさり肉おごるし、大事な話もぺらぺら喋るし。本当何も考えてない単純馬鹿なんだなぁと思ったけど。
 俺達からこれだけ逃げ回って暴れるなんて、とんでもない奴だな。
 そんなんじゃ嫁にいけないぞって、親やじいさんから心配されてないか」
「ほっといてよ余計なお世話!!!」



こんな港町でチンピラとつるんで、詐欺まがいのカツアゲや窃盗団のヘッドなんかやってるようなやつよりは、あたしの方が100倍くらいまともに生きてるわよ。



「大人しく俺に大事なお宝よこせって。悪いようにはしないから」
「死んでも嫌」
「あっそう、死んでもいいの?」


ブン、と、重く空気を斬るような音がした。
さっきあたしが投げつけてかわされた木棒を拾って、今度はベルガがそっちの武器として手に持っている。
これはヤバイかも。
行き止まりの壁を背にして、背中に冷たい汗が流れた。



「狙った獲物は、どうしても逃したくない性分なんだよなぁ」




悔しい。
頭に血が上りすぎているせいか、不思議と、怖いという気持ちは無かった。
ただもう、絶対に、負けたくなかった。


白い大理石の街。
潮風の匂いと、空を舞うカモメ。


やっとあたし、港のある町に来たんだよ。おじいちゃん。
何十年も、おじいちゃんが叶えたかった夢だ。
あたしが代わりに、約束の手紙を持っていくからね。
そう言ったのに。
約束を果たすまで帰らない。そう思ってやってきたのに。





その時だ。
唐突に、足元から何か、くぐもったような声が聞こえた。

港町には、猫が沢山いる。そういえばおじいちゃんがそう言っていた。
どうやら、猫の鳴き声だった。
だけど不可解なことに、猫の鳴き声が聞こえた一瞬・・・・、今まで一切余裕の表情を崩したことの無かった、仮面のようなベルガの様子が。
わずかに動揺したように見えた。


本能的なものかもしれない。直感的なものかもしれない。
ただ、何も考えていなかった。
あたしは咄嗟に、足元で聞こえた猫の鳴き声から、姿を見つけた白い猫をさっと抱え上げて。

可哀想だけど、猫ちゃん、ごめんね!!
ベルガに向かってぶん投げた。


「ぎゃあ、猫!!」


今までのベルガの振る舞いからは信じられないほど、うろたえた様子で。
ひっくり返った裏声でベルガが叫んでいた。


どうして自分でもこういう行動が出来たのかわからない。




「ていっ!!!」



あたしは隙を突いて、ベルガに体当たりして、手から木棒を奪いとった。
そして遠慮なく、ガツンと肩に突きつける!



「いってぇ!!!」



地面に転がり倒れて、ベルガが本気の悲鳴を上げた。
周囲を取り巻くチンピラ少年達が、思いがけない展開に、大いにどよめく。


「うわぁ、ベルガ!」
「やめろチビ、離せ!!」


「動くなーーーっ!!来ると腕折るからね!!マジで!!」
「ちょっ、まてまてまて、チワワ、早まるな・・・・っ」
「うりゃあ!!」
「・・・っつてででぇぇぇぇえ!!!」


みしみしみしみし!と、思いっきり体重を傾けている木の棒から、凄まじく軋む変な音がする。



「わぁぁ、やめろこいつ!」
「ベルガ大丈夫か、離せってオイ、ちびっ子!!」

「きゃーーーあーあーーーー!!!」



とはいえ考えてみれば、多勢に無勢だった。
チンピラ少年ズが、ベルガの痛々しい叫びに本気で焦って、急いで数人がかりであたしに飛び掛ってきて、木棒を取り上げて引き剥がす。
あっさりと羽交い絞めにされてしまうあたし。



「つ〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・、嘘だろ・・・・こいつ、今のはマジ焦ったぜ・・・・・・・」



ベルガは息を荒げて肩を大きく上下させながら、顔を歪めて右腕を押さえていた。
済ました皮肉顔がやっと崩れたところを見ると、ちょっと満足感。どうだ、参ったか。



「やっべ、ちょっとヒビくらい入ったかも。これはちょっとさすがに暴れすぎたな・・・・
 ったく・・・・・本当に、無茶苦茶やる奴だな・・・・・・。
 しかもその割には、肝心なところ抜けてるし」

「あああああああーーーーーーっ?!!!」



はっと。ベルガが左手の方に持っているものを見て、思わず叫んだ。


手にしているのは、あたしが大切に持っていたはずの、小ビンの中身。細く丸められた羊皮紙。
よく見ると、割れてしまった小ビンが、石畳の上に転がっていた。
粉々になったガラスの破片が、キラキラ光って散らばっている。



「俺が盗ったんじゃない。反撃に夢中になって、落としたのにも気づいてなかっただろ」



そんなこと言われても知らない。
おじいちゃんが約束して、命の恩人に会うまで、絶対に開けてはいけなかったはずの、大切な大切なガラスの小ビンは、粉々に割れてしまった。
そしてその中身は、今すぐ顔面蹴り飛ばしたいような相手の手の中に握られてしまっている。



「返して・・・・・・・・・・・」




こらえきれず、涙が両目からこぼれてきた。




「お願い、それだけは返して・・・・・・・大切な、おじいちゃんの、大切なものなんだから・・・・・・・」




ぽた、ぽた。大粒の涙が次々とこぼれる。


ベルガは、うんざりしたようなため息を一つ吐いた。
そして、顔の前に両手を上げていた。




「わかった。もうわかったよ。もう十分だ。俺が甘かった。これ以上もう何もしないから、落ち着け。俺の負けだよ・・・・・・・」



右腕が折れていないか確かめて、ぎこちなく腕を動かしている。
不覚にも泣き出してしまったあたしの目の前にやってきて、ベルガが両手をひらひらと横に振っていた。



「これ以上無茶苦茶暴れられても困る。もう降参だ。こいつは返す」

「・・・・・・・・本当?」



自分でも、呆れると思う。そう言われて、大粒の涙、簡単にぴたりと止まる。



「ただし、一つ言うことを聞け」

「・・・・・・・財布の残りの分しかおごれないからね?」

「違う、話を最後まで聞きやがれ、チワワ。俺が今から行く場所に、一切暴れずに、お前もついて来い」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



警戒心たっぷりで睨みつけているあたしに向かって、ニヤリと唇を歪めて笑った。
ベルガはすでに、余裕のある皮肉げな薄笑いの表情を取り戻していた。

そういう顔してるやつをどうやって信用しろというのよ。



「そう睨むなって。
 ・・・・・・・ところで、さっきの猫、もういないよな」

「いるかもしれないわよ。あんたの足元に」



ぼそっ、と小声で呟くと、一瞬ベルガの笑みがわすがに引き攣る。
・・・・・・・なんでこいつ、猫が苦手なんだろう。投げつけずに抱きかかえておけばよかったかもしれない。猫ちゃん。




「警戒するな。お前を、海賊船・ローズオットーに連れてってやるよ」














港町の路地裏。
隠し通路みたいな細い小路と、地下室に繋がってる長い階段があった。



「正確に言うと、海賊船・ローズオットーは今はもう無い」
「え?!」
「50年も昔の話だ。さすがに無いだろ。でも、残してるものならある・・・・・当時から使ってた、海賊の秘密基地だ。ここに、船に乗せてたものを一部残して置いている」



秘密基地と、そう呼んだ地下室に入っていくと。
燭台に明かりを灯して照らし出された空間には、レトロな雑貨や家具が並んでいた。
コンパス、羅針盤、貝の装飾、羽ペン。

不思議な空気がする。



「ところで、チワワ」
「ローリエだってば・・・・」
「お前、この中身、実際には何だと思ってた」


ベルガは、あたしに向かって、右手に握った細い羊皮紙の巻紙を示して見せる。


「ローズオットーがあたしのおじいちゃんに預けた宝の地図じゃないの?」

「お前・・・・・・本っ当に、単純なんだな。俺が言ったこと、そのまま信じてんの? バカなの? 単細胞? 超・鈍すぎ」

「は!?」

「もう、俺もさすがに暴れすぎて疲れたって。
 いい加減、単細胞にもわかりやすいよう種明かししてやるよ」



ベルガは、呆れかえって腕を組み、目を細めてあたしのことを見ていた。
そして、燭台を手元に引き寄せる。



「その前に、こいつの中身を開く。
 ・・・・・・残念ながらローズオットーは、俺が生まれてすぐくらいの頃に、体を壊して目が見えなくなっている。
 俺が代わりに見てくるようにと、本人から言われてるんでな。
 お前がじいさんからいろいろ昔話を聞かされて、こいつを渡しに行くように預かったのと同じだよ」



もういろいろありすぎて、ベルガの言うことの何を信じていいのかすっかりわからなくなっている。
ベルガが今話していることの意味も、なかなか理解できなかった。



だけど。
燭台の火で、蝋印を軽く炙って、羊皮紙をくるくると開くと。


その内側から現れたのは。




「ああ・・・・・・なるほどな。おばあさまも、もし目が見えたなら、これはきっと一目見たかっただろうに。惜しいな」




封を解かれた羊皮紙の内側に現れたものを眺めて、ベルガが満足そうに微笑んでいた。
あたしに毒舌吐いていたときの、皮肉げで冷たい薄笑いとは、また全然違った笑みをしていた。



羊皮紙の内側に現れたのは。
大切な言葉をしたためた手紙ではなく、海賊の残した宝の地図でもなかった。



一人の女性の肖像画だった。



赤く輝く髪と、薄いブルーの瞳。
ほっそりと華奢な手足。腰には金の飾りの長剣。体にぴったりとしたズボンと、膝まである黒の長革靴。凛と勇ましい立ち姿。
なだらかな肩の丸みと、優美な曲線を持った、胸から腰の体の形は、女性のもので間違いない。


海賊、ローズオットー。
50年前の日付と、添えて記された、その名前。


古い羊皮紙の内に、鮮やかに描き残されていたその姿は。
目の前に立つ、ベルガという少年と、目を疑うくらいに瓜二つだった。



「お前がはるばる探してやってきた、海賊のローズオットーは、俺のおばあさまだ。
 いくらお前が鈍感でも、これを見ればさすがに気づくだろ?」



ちなみによく見ると、肖像画の女性の肩のところには、白くて毛の長い猫が乗って一緒に描かれている。
あたしはその猫がちょっと気になっていた。












ここの地下室は、海賊ローズオットーが現役だった頃から、秘密基地として使っていたものらしい。
海賊船が無くなった今でも、船に置いてあったものなどが残されている。
今では、孫のベルガが引き継いで使っているんだそうだ。


「お前がじいさんから、どんな話を聞かされていたかしらないが、俺も、小さい頃からおばあさまにずっと聞かされていた話がある。
 女の身ながら海賊をやっていたという武勇伝もそうだけどな。
 嵐の夜の海で、難破しかかった船から、若い絵描きの男を拾い上げたという話だ」
「それって」
「ああ。お前のじいさんの話だろうな」


背もたれの広い椅子に体を傾けて、にやりと口角を釣り上げる。
この大胆不敵という言葉の似合う、意地悪な笑みというのが、どうも海賊の血を引いたものなんだろうなと、今ではよくわかる。


ベルガの話だと、こういうことだ。


あたしのおじいちゃんは昔、自分を嵐の海から助けてくれた海賊の女船長に一目惚れをした。
だけど、ローズオットーはそれを拒んだ。海賊をしている身で、恋仲になっても幸せになれるはずもない。
船がそのうち近くの港についたら、青年を船から降ろして、それで終わりにしようと。
そこで彼は、せめてもの気持ちの証に、ローズオットーへ、彼女の肖像画を描かせてほしいと頼んだ。
載っていた船が沈んで、今は財産も何も持っていない。
せめて、船代の代わりとして、命を助けてくれた感謝として、そしてここで自分と出会った証として、何か残しておきたかったと。
ただし、丁寧に描きこんでいた彼の絵は、船が港に着くまでの間に、完成まで仕上がることができなかった。

ローズオットーは、またこの港に来て、描きあがった絵を受け取りに来るよと、絵描きの青年に約束をした。


だけど今まで、長年の間、二人の約束は果たされることがなかったということだ。




「ところで種明かししてやるけど、お前さ、自分のじいさんにも騙されてたの気づいてたか?」
「は?」


ぺろり
右手の二本の指に挟んで、指し示すのは、白い封筒。その裏に見える名前は。
差出人、フランキンス。

・・・・・・・おじいちゃんの名前・・・・・なんだけど。


「会うことはできなかったまでも、何年か前に、互いの居場所は消息つかめて、何度か手紙のやりとりしてたみたいだぜ、お前のじいさんと、うちのおばあさまが」


ということは、どういうことだ。
・・・・・・・・・・・・いや、わかってるんだけど、あまり考えたくなくて、頭が現実逃避してるんだけど。



「てーことはさ、あたしのおじいちゃんは、あたしがこのハーネスト町に来る前からとっくに、ローズオットーの消息も船のことも、絵を渡す約束の話も全部知ってたのね」
「そういうことだな」



いい加減、何もかも信じられなくなりそうである。



「で、互いの孫自慢にでもなったんだろうな、年寄り同士がさぁ。
 俺もちょっと興味があったんでね、どんな奴が、おばあさまの約束の絵を持ってくるんだろうと。
 それに、かつてはおばあさまのものと言っても、今はこのローズオットーの隠れ家は俺のものなんでね、こいつをやすやす、気に入れない奴に見せるつもりも中に入れるつもりもない。
 試してみたかったというか、ちょっとひっかけてやりたかったんだよな」


なるほど、この根性悪が。


「負けたらちゃんとこの隠れ家に連れてきてやって、そして飯でもおごって送ってきてやれと、おばあさまからはそう言われてるんだ」
「え」
「危うく腕折られるところだったからな、仕方ない」


あたしはもう一度、ビンの中から現れたローズオットーの肖像画を眺める。ベルガとそっくりの女海賊。
彼女に会うことはできないんだろうか。会えたらいいのだけど。


「ね、あんたが猫苦手なのって、あんたのおばあちゃんと何か関係あるの?」


絵の中に一緒に描かれている白い猫を見て、何気なく気になっていたことを尋ねてみた。
ぎくりとわかりやすい感じに、肩がはねて硬直しているのが、ちょっと見てて面白かった。


「それは・・・・・関係ないだろ」
「いや、あるでしょう、その反応だと。顔に書いてるよ、ベルガ」
「・・・・・・おばあさまが、怒ると、飼ってる猫に噛みつかせるんだよ、子供の頃から。ちくしょう」


ははん。子供の頃からの躾のトラウマ的な。
















潮風漂う港町。
紅く差し込む夕陽の景色。立ち並ぶ帆船。汽笛の音。打ち寄せる波の音色。


「あー、魚のフライもいいけど、やっぱし、ラム肉が一番美味しいなぁ。こうなったらお酒も飲んでみたいかも」
「調子に乗んなよ、お子様はジンジャーソーダで我慢しとけ」
「いーじゃん何でもおごるって約束じゃん。おばあちゃんにもそう言われてるんでしょー」
「ちっ・・・・・こいつ見つからなかったことにして、海でも蹴り落としておこうかな」
「はいはいはい、勝手に言ってろ。あ、デザートも食べたい、果物食べたい」


港町の大通りは、やっぱり行き交う人々で賑やかだ。


「おーい、ベルガ! そのちびっこいのなんだよ」
「今日は船行かないのか!」


道で、船乗り風の格好の男の子達が、ベルガを見かけて声をかける。


「今日はちょっと用事があるんだよ。こいつ新しい子分だから、いろいろ仕込んでるとこで」
「誰が子分だっつの!」


食後のデザートに買ったオレンジを、思いっきりベルガの頭にぶつけていた。


「てっめぇ、調子乗るなよ」
「ったく、そうだもう一つ気になってたんだ、あんたが連れてた窃盗団『シャーク』ってのは、あれは本当なの作り話なの?」
「一応俺のもんだけど、本当は窃盗団なんてもんじゃないよ、そういった方がお前が震え上がるかなと思って、ひと芝居させたけどな。
 本当は、見習い水夫の集まりなんだ」
「へぇ・・・・・・」
「海賊船はもうないけれども、船乗りになるのが夢だからな。いつか俺も、自分の船を持つよ」


そういって微笑んだベルガの目が、初めて、意地悪じゃなくて普通に笑っているように見えた。


「いいな! あたしも船に乗りたい、夢だったんだ、ずっと、海を見に来るのが」
「お前ぐらい無茶できるやつだったら、そのうち海賊だってやれそうだな。その時は、カツアゲのやり方でも教えてやるよ」
「やっぱカツアゲとかやるのか・・・・」


なんだかんだ言って、結局やってることは窃盗団ぽいじゃん。海賊じゃん。さすがだ。
前言撤回。やっぱりこいつ、ただの意地悪のひねくれ少年だ。



「海が見たくなったら、またこの街にくればいい。その時は、俺の船を自慢してやるよ、ローリエ」



そうして、またにやりと笑って見せて。
初めてベルガは、チワワじゃなくてちゃんとあたしの名前を呼んだ。



「性格の悪そうな顔してるもん、何が見習い水夫だっての。やっぱりあんた、海賊だと思うわよ」
「そりゃあどうも。いい褒め言葉だな」



いつかまた、この港町を訪れよう。
そしてそのときは今度こそ、海を駆ける海賊船に出会えるかもしれない。







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(2012/6/12)
5/27の創作会議の「港町」課題用に書いた話でした。5月の時点で、3/4くらいしか書けてなかった無念。いろいろ突貫だわ。
しかしベルガは自分の中でお気に入りになったので、書けてよかった。













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