日付が変わる時間を少し過ぎた頃。
疲れた体で帰宅する。
戸締まりがしっかりとされていて、静かだ。
だけど、今の明かりだけ、まだついている。


紗英はちゃんと眠っているかな。
そう思って、寝室を覗く。
明かりの消えた部屋で、ベッドの膨らみだけが見える。
ごめんな。今日も寂しい思いをさせたな。夕飯くらい、一緒に食べてやれたらいいのだけど。


俺もベッドにばたりと横になってしまいたくなる。
だけど、そうも言ってられない。
持ち帰った書類を机に広げて、もう一仕事。
今日のうちに、この記事だけはまとめておかなくてはならない。


この二ヶ月で、もう六件目。
警察は、連続放火事件ということで、捜査を進めている。犯人はまだ見つからない。







「別にお前が責任を負う必要はないんじゃないか?」


と。同僚は俺に、そんな風に言ってくることもある。
紗英は、二年前の放火事件で、両親を亡くした子供だ。
被害者は俺の友人だった。幼い娘をとても可愛がっていた。
身寄りのない幼子が、とても他人事とは思えなくて、俺が引き取った。友人の忘れ形見が、施設に預けられるのはあまりにも不憫だった。


あの頃のことを思い起こさせるような事件が、また立て続けに起こっている。
記者である俺に、唯一できることは、ただ真実を探し続けることだけだった。

だけど、これだけ警察も手を焼いているというのに、犯人の手がかりが一切見つからないのは、どういう事なんだろう。
六件起こった放火も全て、火の元が特定できないらしい。ただ、火の気のない場所から急に炎が立ち上っているらしい。それで恐らく放火だろうという見解になっているにすぎない。
これまでの事件の記事を並べて、もう一度眺めてみる。何度繰り返したかはわからないけれども。
場所や、発生時間、建物、立地条件等を見て、何か共通項はないだろうかと、あれこれ考えてみる。が、やっぱり何も、それらしきものは見当たらない。



何気なく写真を眺めていて。
・・・・ふと、写真の中に写りこんでいる光景の中に、気になるものを見つけた。
子供の影のようなものが見える。
消火の時の写真。焼け残った家の写真。放火が起こる前の事件現場の写真にも。

・・・・・・これは一体、何だ。




次の日。
どうにか早めに仕事を切り上げて帰宅した。


「なぁ、紗英・・・・・、火事って、覚えてるか?」


三歳というのは、どのくらい記憶が残っているものなのだろう。
親をうしなった酷い事件だ。できれば思い出させることがないように、ずっと気を使っていた。
記事を書くために集めている、放火事件の写真も、絶対に紗英の目の届く場所には置かないようにしている。
新聞やニュースも、できれば見せないようにしている。
俺の言葉に、紗英はキョトンとして首をかしげるだけだった。
何も気にする様子はなく、プラスチックのおもちゃで遊んでいる。
何も覚えてないんだな。火事というものが、まだよくわからないかもしれない。
俺の考えすぎだったのか。


「お前さ、お父さんとお母さんのこととか、覚えてるか?」



紗英が今まで、火を怖がるようなことは全然なかった。だから、幼すぎて火事のことは覚えていなかったのだろうと思っていた。









結局、七件目の火事は起こってしまった。


人間の記憶の中には、カメラのシャッターと同じ、目に見たものやその瞬間を焼き付けてとどめてしまう部分がある。
時間の中で埋もれていたって隠れていたって、いつまでも残ってしまう。
俺は火事現場を見に来るとき、紗英を一緒に連れてきた。


真っ黒な焼け跡を前にして、俺は紗英へそっと囁いた。


「父さんと母さんを助けられなかったのは、お前のせいじゃないんだから・・・・。
 探しに来たりしなくていいんだぞ」


小さな手を包み込むように、強く握りしめてやる。


もし自分が、子供の立場だったらと考えてみた。
何が起こったかわからないまま、母親も父親もいなくなってしまった。自分だけが取り残されてしまった。
その時どうするだろう。探しに行こうとするだろうか。


あの時と同じ光景の場所に、何度も何度も戻ってきて。



「一人で出歩いちゃダメだよ」



一人じゃないよ。お前は俺がちゃんと守ってやるから。
怖い夢なんか見ないで、ぐっすりと夜眠れるように。
もっと一緒にいれる時間を増やしてやるから。






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