盗賊ギルドが地下に根城を作っているという話だ。


地下通路の壁の石レンガの模様を、注意深く眺めながら歩いていく。
湿った空気の中に、黴の匂いがする。
まるで鼠の巣窟のようだ。

カツン カツン カツン

靴の踵が石畳を叩く音が反響する。
幾重にも音が跳ね返って、自分一人でいても、後ろから誰かにつけられているような錯覚になる。
もちろんただの錯覚だという保証もないので、周辺の気配に常に注意を払っておく。
曲がり角で、灰色のレンガにナイフで削られたような傷があるのを見つけた。さほど古いものではないというのは一目瞭然。
複雑に入り組んだ地下通路は、さながら迷宮。
巣を作っている鼠が、行き来したり盗んだ獲物を隠したりする際に、更に隠し通路を用意したり、何らかの暗号や目印をつけることは容易に考えられる。
さて。どうするか。

「慣れてはいるけど、こういう道はちょっと気が滅入るのよね・・・・・・」

気だるげに一人ごちて、再度、自分の佇む場所の右と左に視線を配る。
どこにでもいるような賊ごときなら、さほど気にしない。だけど、薬物の取引の気配がするなら、どうしても性分として放っておけない。
薬に毒、あるいは麻薬。どうしてそういうものを、金や権威を手に入れるために悪用しようとする連中がいるのか。
ラックが、負傷した少女を店に連れてきた。たどってきた道から推測するに、すぐに盗賊の隠れ家は見つかるかと思う。


カツン  ・・・・・・ カツン


足音が響いた。
直感で察して、一度進むのを止めて立ち止まった。
絵に描いたような静寂が残った。

今聞こえたのがもし気のせいでなければ、・・・・・・・あの先の角に違いない。
薄暗い通路に、橙色の灯がまばらに揺れている。その明かりが一層影を濃く暗く落とす。
あえて何食わぬ様子で、足を進めて角の方へと歩いていく。

カツン カツン カツン

真っ直ぐな道が折れて、壁の陰になった角に差し掛かりそうになった、そのまさに刹那。
獣が吼える声に似た、空気が唸る音が耳に届いた。
当然察して、瞬時に身を翻して、咄嗟に後方にかわしている。
硬いものが砕ける音がして、石畳に破片が飛び散っていた。


「通りすがりの人間に鉄パイプで殴りかかってくるなんて、どういう神経してんのよ」
「んー? ちょっと挨拶代わりってやつ?」

黒いコートに身を包んで、フードをまぶかに被った男が、にやりと口元に歪んだ笑みを浮かべていた。

「真っ当な人間だったら、鈍器じゃなくて口で挨拶するもんだと思うんだけど?」
「あーなるほど。ところで、こういう隠れ通路こそこそ歩いてる時点で、どうもあんたも真っ当な人間じゃないと思うんだけどなぁ、オネーサン」
「そうね。それは間違いないかもしれないわね、それはお互い様だと思うわ」

くすりと挑発的に微笑むと、相手もまたそれに応えるように、手にしている凶器を持ち直す。ゴーグル越しの眼が、やけに愉しそうだ。
服の内側から掌に収まるサイズの小さなブランデー瓶を取り出して、栓を抜くのと同時に放り投げた。火の粉を飛ばすライターで引火させると、鮮やかな朱色の帯が踊る。

「うわっと!」
「酒代はつけといてあげるわよ」

とりあえずこういう口で言っても聞いてくれないに違いない種類の輩は、さっさと動きを止めてしまうに限る。栓を抜いた瓶から漏れるアルコールの香りで気分が高揚する。
装備しているアイスピックを素早く投げつける。
が、難なく相手の手にしている金属の棒でなぎ払われた。カツンと冷たい音を立てて、打ち落とされたピックが石畳に転がる。そして続けざまに、暴れる凶器が標的を定めて空を凪ぐ。
足元を蹴って後ろに跳んで身を翻す。
更に手にしているぺティナイフで相手を切りつける。脇腹を掠めそうになったものの残念ながらダメージには至っていない。そしてすかさず、相手の鉄パイプの反撃が返ってくる。至近距離でも、反射神経には自信がある。これもまた難なくかわして、凶器は石畳を砕く鈍い音を立てた。

「ちっ、この距離で避けるとか、あんた何モンだよ」
「ある程度自己防衛できないと生きていけない場所で営業してんのよ。このくらいたいしたことじゃないでしょ。さてと、ジンにバーボン、ウォッカ、テキーラ、どれがいい?」
「あぁん?」
「あたしのお酒で、フランベして美しく燃やしてあげるわ」
「冗談! 酒は飲むもので火遊びするモンじゃねぇぜ」
「わかってるじゃないの」

指先で遊ぶようにして取り出すのは、小振りのぺティナイフと数種類のカクテルピン。本来こういう用途に使うものではないのは重々承知だが、なんせ普段から一番使い慣れているので扱いやすい。
唸りをあげて振り下ろされる鉄パイプをかわして、銀の刃の煌くナイフを投げつける。

「へっへっへ、こんなんちょろいちょろい・・・・・・」

金属の棒を握りなおしながら、ぺろりと舌なめずりする黒コートの男が、不意に語尾を曇らせた。
その表情を見て、口角を釣り上げる。

「死にはしないわよ。ただの麻酔薬だから」

隙を見て突き刺したピンが、まだ彼の腕に刺さったま残っていた。
不覚を悟った彼は、歯噛みをしながら凄まじい目をしてこちらを睨んでくる。しかしもう手足が麻痺して武器を持ち上げることも叶わないはずだ。

「いろいろ言いたいことはあるかもしれないけど、こっちもちょっと聞きたいことが」

一呼吸ついて、フードを被った彼に詰め寄って問いかけようとした、その時。
暗闇が、一瞬、殺気で軋んだのを感じた。
シュン、と、ほんのかすかな、宙を風切る音。
咄嗟に転がるようにして体を倒した。そして目の前の石レンガの壁には、一振りのナイフが突き刺さっている。

「わぁーお、今の、かなり自信のある不意打ちだったんだけどな。避けられちゃったか」

この場の空気にそぐわないほどの、やんわりと優しげな調子の、青年の声。
周囲一帯を呑みこむような薄暗い闇の中、足音を立てる気配もない。
穏やかな微笑を浮かべた若い男が、こちらを見据えて立っていた。
手には、さっき投げつけられたのと同じ形をしたナイフを持っている。くるりと宙に回してパシリと器用に握りなおす。

「エリュウ、見てたんならさっさと加勢しろよ馬鹿!」

黒コートの男が、姿を現した青年に向かって吠えた。
麻酔の効果で手足が動かなくなって、地面にかがみこんでいるものの、意識はしっかりしているらしい。

「だって、衣空さぁ、自分が戦ってるときは横から手を出すなって言うじゃないか、あ、痺れてても口がそれだけ動くならけっこう元気そうだね」
「ちくしょう、うるせぇよ!」
「とりあえず見てたけど・・・・・・、ナイフの扱いだったら、俺のほうが上だよ。お嬢さん、わりかし凄かったけど、俺から言わせればまだまだ素人だなぁ」
「ふーん、だったら、素人じゃないナイフの腕というのを見てみたい気がするわね」








-----------------------------------------------------




inserted by FC2 system