満天の星空、とはよく言ったものだ。
漆黒が広がる無限の空間の中に、銀の小さな点々が散りばめられている。

ここがあたしの戦場だった。


「レフラ気をつけて、そっちに逃げたよ!獣だ!」
「オーライ!まかせて、捕獲するよ!」

肩に担いでいたバズーカから、勢いよく放たれてほとばしる、光の螺旋。
それは一瞬で蜘蛛の糸のような網目に変わって、標的へと向かう。


「やったぁ捕まえた!」


細い光の網の中で、渦を巻いているのもこれまた同じく、光の塊。
宇宙の中でも比較的、交通の便のいい、銀河の道が敷かれた場所だけど、それでもこの眩しさには眼がくらむ。
それでもこらえてよくよく目を凝らすと、網の中に捕らえた光の塊は、暴れまわる獣の形をしていることがわかる。


「おっ、活きがいいじゃん。これなんだっけ」
「ええと、よく見せて。狼座だね。さほど明るい等級の星は無いが、青色巨星を持っていたらこれは貴重だぞ」


相方のエクセルが、捕らえた獲物の姿を、ゴーグルで観測する。
これは、捕まえたものの星の明るさを見る測定器ね。



「うん、三等星の連星を持ってる。捕獲レベルとしてはまずまずかな。大収穫だ」
「おっしゃあああ!これで今日は胸張って美味い飯が食えるわ!」


星空の中を走る竜の背の上で、エクセルは、捕まえた獣の星の等級を測っている。


星獣とは、わかりやすい言葉で言うと、流れ星のことだ。星の光は、いくつかの星同士で点と線で結びついて、魔力を増幅させている。
その光が稀に、溢れて宇宙の中を流れるときに、獣の姿に変わるのだ。
大体すぐ消えてしまうんだけど、それをうまく捕らえて、手なずけることができると、膨大な星の光のエネルギーが手に入る。



「活きがいいうちに、こいつ売りに行こうよ」
「えっ、もう?まだ網から出すのは危ないよ」
「すぐこそにコスモス・ステーションあるじゃん。換金してご飯食べに行こうよご飯ご飯」
「あいかわらず食い意地張ってるよなぁレフラは・・・・・」
「自分に正直なんだよ。あたしは」









宇宙(コスモス)ステーションは、地上から虹の通路で繋がる、駅みたいな場所だ。
今日も、多くの星獣ハンターや、星の光を集めに来た魔導師、星の動きを観測する賢者や神官たちの往来でにぎわっている。


「おお! これは眩しいね、何等星の星獣かねぇ」
「観測したけど、大体三等星くらいかな。ま、あたしにとっては雑魚だけど、高く買ってよね」


両替や換金を扱う商人に、捕まえたばかりの星獣をお披露目しながら、しっかりちゃっきりと、言値で買ってもらえるように交渉中。


「あんたが捕まえたのかい」
「そ。あたしと、相方のエクセルの二人でね」


虹の通路で繋がる、その先には、青いサファイヤのドームのような地上が見える。
何世紀か昔に、太陽の寿命が尽きてからは、人々の生活の糧はすべて、地上に届く星の光ばかりが頼りだった。
一日中続く夜の中で、火と風と水、灯りや熱、そういったものがまかなえるように、地上に生きる魔導師や賢者達は、懸命に、星座の構成を元に魔法陣を築き上げた。
おかげで今は、一日中夜ばかりでも、星明りだけで不自由なく生活ができるようになっている。


「へー、けっこうやり手の星獣ハンターだねあんた達」
「まぁね。腕のいいエンジニアがいるからね」


こっそり褒めてやってるのを知ってかしらずか、当のエクセルは、ステーションの一角のレアメタル売り場に足を運んでニコニコして見て回ってる。
いろんな銀河から隕石等で珍しい金属が運ばれてくるので、次の発明の材料にいいものがないかと探しているのだ。


「こいつ捕獲した、光ファイバーバズーカも、あいつが発明したもんだしね」
「へぇぇ、あのお兄さんか、若いのに凄いじゃないか。どうだ、よければ、いいメカ商の取引先も紹介しようか」
「ああ、そいつはありがたいけどね。悪いけど、エクセルの作る機械うまく操縦できるのはきっとあたしだけだから」
「え」
「けっこう疲れるんだよこれ。よっぽど腕のある魔導師でないとすぐ力尽きちゃうよ。例えばあたしみたいにさ」


そういって、あたしは肩にかかる金色の髪をかきあげて背に流してみせる。


「金色の髪・・・もしかしてあんた、北の国の出身の魔導師か。あの有名な」


北の国がなぜ有名かというと、北極星の真下に在る国だからだ。
一点に留まる星の魔力の恩恵を受けてか、これまでの歴史の中でも、多数、高名な魔導師を送り出している。
あたしももちろん、未来の高名な魔導師だ。予定だけど。

「そのうちすぐ有名になるから覚えといてね。あたしはレフラ=ヴァエルよ。儲けがいいから星獣ハンターの方メインでやってるけれども、本職は魔道師だからね」
「そうか、北の国出身の魔道師か。それだったら、ここだけの話、いい情報を教えてやるよ」
「ん、何?」

目を点にして突っ立っていた商人のおっさんが、急に、声をひそめて顔を近づける。
おお、超うさんくさい。
いい儲け話だったら聞いておくに越したことはないけれども。


「最近よく、『プロキオン』が現れるという話は聞くかい?」
「んん? ・・・プロキオンってことは、子犬座の星獣か」


プロキオンの星の等級は、一等星と二等星の二種類。
星座の中では規模の大きい部類だ。


「そのプロキオンを捕まえに行った星獣ハンターや魔道師が、帰ってこなかったり、死体で見つかったりしてるんだよ」
「うえっ、やだ縁起でもない」
「なんでも噂だがね、『シリウス』に焼き殺されたっていう話だ」
「おおおお」


『シリウス』の星獣が現れただって?
大犬座の、数ある恒星の中で知られる限り最も大きい等級をもつ、あの星が!


「あれ捕まえられたら、そりゃあ一生遊んで暮らせるだろうさねぇ」


でも、シリウスが暴走して人を焼き殺すだって?
そんな話、今まで聞いたことが無い。星獣って言うのは仮に捕獲に失敗しても、すぐに光の速さで流れて消えてしまうものだ。


「プロキオンに限らず、最近ねぇ、やたら凶暴な星獣が多く現れるって言う話があちこちで出ているんだよ」
「ふーん・・・・・・ちょっと気になるね、その話」


儲け話になるかどうかは博打だけれども。
星獣が出るという情報ならば、これは聞き流すわけには行かない。


「その星座、あたしが捕らえてやろうじゃないの」










というわけで、突如、あたしたちの放浪は、小犬座プロキオンを探す旅になった。
適当に宇宙を駆け巡って、流れ星を捕まえるのも楽しいけれども、まだ見ぬ標的に狙いを定めていくというのもわくわくする。


途中でいくつかのブラックホールの影を識別した。
銀河星団が視界の端で通り過ぎる。


「あー、この辺のルートは恒星が少なくて暗いねぇ。方角狂わないように気をつけないと」


金属質の銀色に輝く乗り物を操り、エクセルが羅針盤に経路を刻んでいる。


「コスモステーションから離れると、道しるべが何も見えなくなっちゃって苦手だなぁ。操縦は任せたから」
「はいはい、了解。にしても、呑気にしてるけどさぁ、こういう何も道がないところにも、便利に行き来できるように光を敷くのがレフラみたいな魔道師の仕事だろうに」
「だから向いてないんだって」
「大体、レフラは魔道師だからあまり不自由はないだろうけど、普通の人は地上を離れることも恒星の光を収集することもできないんだからね。僕は機械があるからいいけど」
「人助けだの慈善活動だの、そんなの全然あたしの性分じゃないってあんたもよく知ってるじゃん。そんなお小言言われたってさ、あたしは金儲け以外には興味はないからね。こっちのほうが才能の有効活用だもん」



若干、口うるさいこと言われて内心苛立ちながら、目の前に見える星明りに目を凝らす。
あの赤い恒星は、何光年の距離だっけ。まぁ、光が届くのに時間かかっても問題ないか。
気持ちを集中させながら、指で点をなぞるようにして、光を捉える。
移動中でも、見える方角が多少違っていても、星の光の見える位置を間違えなければ星座を捕捉することは不可能じゃない。

さそり座のアンタレス。オリオン座のリゲル。
点と点をたどって線になる。線は図形になり、魔力の集中点を描く。


「燃料足りる?」
「問題ないよ。でも念のため、この位置から見える星座の分だけでいいから、光の補充しておいて」
「はーい了解」


それにしても、こんなにわずかな星明りを集めるだけで、竜を奔らせるほどのエネルギーを集められるのならば、もし太陽が今でも滅びずに残っていたなら、どれだけの力があったことだろう。
魔法を使えない人間も、特に何もしなくても不自由なく暮らせたっていうから、もしかしたらあたしみたいな魔道師が全然必要とされない時代があったのかもしれない。
もし、それだったら。



「レフラ、見て!あの明かりは星獣じゃないかな!」




ぼんやりと考え事にふけっていたあたしに向かって、唐突に叫ぶエクセルの声。
回想から現実に引き戻されて、目を凝らす先に見えたのは、暗闇を駆け抜ける一筋の白い光。
ただの流れ星じゃない。あれは、生きた星の光の結晶だ。しかも、流れて向かってくるのは、こちらの方角。


一気に緊張が走る。
そして。



「うえぇぇぇん、助けてぇぇぇ、彗星に噛みつかれたぁぁあぁぁぁ」



瞬く間にこちらに接近してきた光の波が、情けない声をあげた。
何だ何だ??
よろよろとよろめきながら、流れてきた星は。
小さな白い小犬の姿を持っていた。


「間違いない、小犬座『プロキオン』だね」



















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