#妄想創作風景






それは、流れている形の無い雲のようなもの。
手を伸ばしてもつかめなくて。
でも、心惹かれて仕方なくて。
結局、ずっと追いかけてしまう。

「お話が書きたいなぁ…」

物心ついた頃から、いつの間にかそんな言葉が口癖になっていた。
部屋にこもって、窓からぼんやり、空の色を眺める。
梳いたような雲が白く霞む。

あの雲が欲しいな。

指先で自分の羽を撫でる。
いくつかを手の中に絡め取る。
プチプチッと心地良い振動が、肩から背中の中心まで、弱い電流になって流れてくる。
床には、綿の破片みたいな羽の残骸がいくつか落ちている。
指一本くらいの短い羽をじっと見つめて、羽の芯の形を確かめる。そしてその先端に、おもむろに噛みついた。
言葉にならない言葉を、この舌先から口移しで宿らせるようにして、自分の背中から抜き取った一振りの羽を、歯で噛み削る。

「あんた何やってんのよ」

同居人に見つかっちゃった。
散らばった歪な羽を見て、呆れた顔で僕を見ている。

「あーあ、またこんなに羽ボロボロにしちゃって」
「あのね、あのね、空を眺めてたら、頭の中に、ばーーっと見たことない扉が現れて、キラキラした何かがこぼれてくるんだ。
それを捕まえたくて、一生懸命、断片の声に耳を澄ませてるんだけど……」

オヤツに持ってきてくれたのは、甘い蜂蜜だった。

「また物語を書いてたのね」

机の上に広がったまま散らばるのは、いくつもの本。
インクがこぼれて汚れているものもあるし、まだ真っ白なままのページもある。文字ではなくて記号や絵を書きつけたものも。

「自分の羽を織り込んだら、きっと素敵な物語が出来上がるんだよ。
まだ見たことない景色とか、胸がドキドキするような街を歩いたりとか、人のささやき声や歌声が、沢山折り重なって、錦みたいな物語になるんだよ。
こう、ちらちらと見えてるのに、言葉が聞こえてくるのに、まだ全部書ききれないんだ。
ああ、もっと読みたい、もっともっと、頭の中にチラチラかすむ、物語の断片の続きが読みたいなぁっ!!」

叫ぶと、つい勢いで、自分の羽を力いっぱいはばたかせてしまった。
バラバラッと紙の束が散らばるような羽音がして、抜けかかった小さな羽が沢山散らばって床に落ちる。

「はいはい。書き上がったら見せてね」

蜂蜜を木の実にとろりと垂らして、口に含む。

「ああ、これ美味しい。こんな物語を書きたいなぁ」
「意味わかんないわ。何でも物語の材料にするのね」
「うん。ハチミツ食べて感動する話にしたいな。ハートフルで泣ける話」

ふわりと、開け放した窓から、風の気配が入り込んできた。
ほのかに潮の香りを含んできた。

「ねぇ、僕は自分の羽を削って物語を書くのだけど、他の人はどうやって物語を練っているの?」
「そりゃあ、その人の持っているものや住んでいる世界によって違うわ。
本を沢山読んで生まれる人もいるし、海の波の中から拾い上げる人もいるし、人形を造ったら、その人形が物語を語り始める、っていう人もいるらしいし」

「わぁ、そんな物語を見てみたいなぁ……」

急に、自分のボロボロになった羽が恥ずかしくなった。
引き抜きすぎて、左右の形が揃わなくなってしまった羽。
空なんか飛べなくてもいいやって思ってしまった。
一人でこもってお話を考えているのも、楽しかったから。

僕は、お皿の蜂蜜の最後のひと匙を口に入れて、インクで汚れた机から立ち上がった。

床に散らばった羽と、使い古した自作のインクまみれの羽ペン、使わないまま結局折ってしまったペンもある。

「どうしたの?」
「外に行く。外に行って、他の、物語を作っている人達に会ってくる」
「どうして羽を集めてるの」
「こんなボロボロの断片だけどさ、誰かに、一度見てもらいたいんだ。『こんな物語を書きたいんだっ!!』って少しでも伝わればいいなぁと思って」

持ち切れなさそうな半端な羽は、窓から捨てた。
花びらのように舞い散って、すぐに消えた。








(2014/4/25)







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