『己を弑す善悪』




ねぇ、私の最後の頼みを聞いてくれる?
か細い声を上げて、少女は囁いた。
私ね、宝物を隠してきたの。

「――今更命乞いだと? あの小娘か。なぜそんなことを聞いてきた」
「お許しください陛下、多少の寛容さを持たせねば、あの娘、期日が来るよりも早く牢獄で果ててしまいかねませぬ」

弁解にすぎない。この時の私はどうかしていたに違いないのだ。
国の領土を広げるための侵略を進めている最中、征した氏族は全て根絶やしにしなくてはならない。
そうすることでこの国はここまで力を強めてきたのだ。

どうかしていた。
あの少女が囁いた言葉が、どうしても耳から消えてくれないのだ。

馬を走らせて、黒い闇に染まる森の中を駆け抜けた。この先に進めばたどりつくはずだ。
痩せ細った娘・・・かつては王族であったはずの少女が、白い指でどうにか地図のようなものを紙に書きつけた。
この場所に、昔、魔女が私にくれた水晶球が隠してあるの。
手に入れれば、良い未来も悪い未来も見通せる。
争いを招くからと思って、ずっとしまいこんでいたのだけど。それが手元にあれば私の運命も代わっていたのかしら。
今悔いても仕方のないことだけど。
もしも貴方達がこれから、私達のもといた国を治めていくというのなら、この水晶球を差し上げましょう。

月明りが零れる夜だった。
言われたとおり、水晶球が見つかった。

もし本当にそんなものがあったのならば、陛下に報告するように言われていた。
だけど私は、隠れて牢獄へ向かって、陛下より先に、囚われの姫君の前へと見せていた。
水晶球は清らかに透き通っていた。星の光を閉じ込めた湖の水面のようだ。
少女はそれを見て、安らかに微笑んだ。

「貴女はこんなものを持ってこさせて、私に何を伝えたかったのだ」
「そうね。あなたにはわかってもらえるような気がしたの」

病人のような白い頬をしていながら、彼女の微笑みはとても美しかった。

「覗いて見るといいわ。貴方たちが行ってることが、どんな未来を招くか。そして、何を奪ってきたのか」

その言葉は、深く私の胸に突き刺さった。
水晶球を覗く勇気はなかった。
私は静かに、その丸い透き通る宝石を、石畳の上に置いた。

「すまない・・・、私はただの臆病者だ。何が正しいか間違っているかなんて、私には貫くことはできなかった。こうするしかできなかったんだ」

そして、引き抜いた剣で、水晶を貫いて粉々に砕いた。
透明な涙の雫のような破片が散らばっていた。

「大丈夫。あなたにはきっと、見えていると思うの」

邪悪を知らない透き通った言葉だった。
その清らかで美しい瞳と、力の無い弱々しい言葉が、私を貫いていた。


あくる朝。


ギロチンの刃が、深く、深く、深く・・・・
貫いて彼女の体を両断した。

その亡骸のもとに跪いて、声を上げて泣き崩れた。





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2013/1/15

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