『チェシャ猫の憂鬱』




紅茶は一人で飲むに限る。
社交だの団欒だの必要ないのだ。

「ねぇ、チェシャ猫さん、さっきから誰に話しかけているの?」

ミレアムが、舌足らずな口調で問いかけた。スコーンに杏のジャムをたっぷりと載せて頬張っている。
彼女は、昔出会ったアリスという少女の、娘になる。
時間の流れとは残酷なもので、子供は必ず大人になる。
迷い込んだ不思議の国への入り口も、もう忘れ去ってしまうものなのだ。
だけど血筋というものだろうか。
こうして彼女とよく似た女の子が、こうして私の前にたどりついている。

「あなたに話しても、わからないかもしれないけどね、ミレアム。実は私は昔は相当イタズラ好きだったものでね。
あやうく女王を怒らせてしまって、この国を永久に追放されそうになったことがある」
「あら、女王さま、こわい」
「こうして人の姿に化けることができるから、どうにか隠れているんだけどね」
「チェシャ猫さんて、本当は化け猫さんだったのね」
「不思議の国の猫だからだよ」

どうしてだろうな。
迷い込んだ人間の女の子のことが、ずっと忘れられなかった。
からかって、道に迷わせて、あれこれ不思議な魔法にひっかかって困ってる様子が、見ていて楽しかった。
もう少し引き止めたかったな。

どうすれば会えるかなって、帽子屋に相談したんだ。
彼女は紅茶を出したら喜んでいたよと話していた。
イタズラ好きだった私が、紅茶の似合う紳士になってやろうなんて。
とんだ笑い話だろう。

「こんな話、誰にも話せないだろう」
「でも、あなたは誰かとお茶したかったのね」









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2013/2/16
15分 666字

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