「あなたを癒してあげましょう。 」






薬屋のドアを叩いた。
「お願いした薬はできているか」
「あなたに薬は必要ないとお伝えしたはずなのだけど」
セルナは薬匙を猫じゃらしの代わりにして、使い魔の猫と戯れて遊んでいた。
「それじゃ困るんだ・・・」
「あら、どうして?」
「どうして俺だけがあの流行病にかからないのか、医者に説明がつかない。君が助けてくれたおかげだと、そういう話にしてあるんだ。嘘でも良い、何か薬を作ってくれよ」
「あは。よくわからない見栄を張ってるのね。つまんない人」

都に奇病が広まってから、もう何年過ぎただろう。
その病気というのは、ある日急に、人の声が聞こえなくなってしまうというものだった。
聴力が失われてしまうわけではない。人の口から発せられる、声や言葉に限られていた。それ以外の物音は普通に今までどおり耳に届くのだ。

「教えてあげましょう。本当は、あなたは一度病気にかかったのだけど、治ってしまったのよ」

セルナは、にやりと口角をあげて微笑んだ。
彼女とは長い付き合いになるが、こいつがこういう顔をするときは、何か悪いたくらみがあるとき・・・という認識があって、多少警戒する。

「周囲の誰の声も、聞こえなくなっていたときがなかった?」
「俺が、研究所にこもっていたときのことか? あれは自分から人との関わりを絶っていたからだと」
「そう。あの病気はねぇ、人の心と心が離れてしまうものなのよ」

薬草の瓶を、チェスの駒のように机に並べながら、セルナは、唄うような口調で話している。

「あなたは、魔法の薬の研究をしているなんて、誰にも信じてもらえなくて、都に住んでる人たちから、特に何の罪も無いのに疎まれ続けていて、ずっと辛い思いをしていたでしょう。
人間なんてね、本当は、一人で生きるのが一番都合よく感じちゃうものなのよね」
「・・・人と関わるのがかなり嫌になっていた時期があるのは認めるが、病気については自覚が無い。仮に俺が、人の声が聞けない状況だったとして、どうして俺は治ることができたんだ」
「それはあなたがわかってることじゃない?」

くるりとふりかえると、彼女の手にはハーブティーのポットがあった。温かく漂う湯気が香る。

「あなたは私と出会ったからよ。私はあなたの研究に興味があったのだけど、あなたは私に興味を持ってくれた」

そして、もっと一緒にいたいと思った。
言葉にしなくてもそれは通じ合った。

「あは。なんでこんなおかしな病気に、みぃんな、かかっちゃうのかしらねぇ。声に出さなくても、言葉にしなくても伝わることもあるし、あるいはどんな言葉でも伝わらないこともあるし」
「それは・・・確かにそうだな」
「ね。だったら、どうにかして都の病気の人達に伝えてあげなさい。薬なんか必要ないの。
 隣人を疑って自分のことばかり考えようとするのをやめて、もっと心を通じ合うことを考えなさい。
人の声が聞こえないとしても、自分の声を聞いてもらえない辛さもそろそろわかったでしょう」
「そうだな。しかし、そんなことをどうやって伝えようか。どうせ俺の声は聞こえないだろうし」
「このハーブティーでも持っていってあげなさい。心が温まれば、少しは和むでしょ」

愛する気持ちを忘れた、おかしな病気だ。




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2013/1/17

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