『二つの亡骸』
生温かい血が、てのひらを伝って落ちていく。
「何を悔いることがある。人を殺すことがお前の任務だろう」
どこからか聞こえてくる声が頭の中で響いた。
忍の家系に生まれてその中でも特に表に出ない隠れた任務を請け負うことになっていた。
刃が獲物の肉に突き刺さる手ごたえも、骨を絶つ感触ももう慣れていたはずなのに。
血の繋がった家族を殺すことが自分の宿命だったのか。
「これでもう汚れ家業は御仕舞いだ」
血溜まりの中に横たわった父が、心底満足そうに最期の言葉を吐いてこときれた。
裂けた腹からは血の塊と臓物が流れ出ていた。
最後の任務は自分自身を殺すこと。
それは死という形ではなくて、血の匂いをする世界のことを全て忘れて、今までの自分を完
全に捨てて、まっとうに生きろということだった。
今までにない生き方をしろという、一番苦しい任務だ。
一歩、踏み出した足元で、ぴしゃんと紅い水溜まりが音を立てた。
この全てをこれから葬るのだ。
できるわけがないだろうと、そんな、弱い自分が叫んでいても。
さよなら。
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2013/4/5
30分 456字