『夜鳴き鳥の女 』

お題:鳥の蕎麦 制限時間:30分 文字数:580字

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暖簾をくぐると、ふぅわりと、だしの効いた香りの湯気が漂っている。
「いつものをくれ」
「はいよ」
蕎麦屋の親父は手際良く、かけそばを器に用意する。
「おさむらいさん、今日はまたずいぶんと浮かない顔してるねえ」
「なに、つまらぬことだ」
「白鷺はお前になびいたかい?」
茶屋の看板娘の話だ。
そばつゆに浸かった天ぷらが、うまそうに泳いでいる。箸を浸してそいつをつかまえる。
あの娘もこのくらい容易く手に入ればいいのに。
「あんな田舎娘、拙者が相手するほどでもない」
「負け惜しみじゃねえか。それよりも、色屋の女鶴はどうだい」
親父が名を上げるのは、この頃巷で評判高い遊女のことだ。
確かに金さえ積めば手に入らないことはない。極上の花だ。
「拙者は金で女を買うのは好まぬ」
「だったらどうだ、いっそ化け狐でも相手にしてみるか?」
「化け狐?」
器を洗い終わった親父は、煙管をふかして一服しながら、拙者の卓に肘を載せてくる。
「ここのところ夜な夜な、白無垢をかぶった女が、辻角を歩いているそうだよ。ちらりと顔を拝んだところ、人間とは思えねぇほどの別嬪だそうだ。どこへ行くか見ていようとつけてた物好きがいたらしいが、いつのまにかふっと消えちまうんだって」
「馬鹿馬鹿しい」
「嘘だと思うなら、探しにいってみりゃあいい」
親父の話を聞きながら、黙ってそばのつゆをすする。



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