『結晶化する蒼色 』


お題:青い秋雨 制限時間:30分 文字数:1436字

--------------------------------------------------------------------------------



鑑定士は、青い紅葉の化石を、静かにガラスのペレーの中に戻した。
色を変えた木の葉が、石に変わる。
そんな現象の調査をしていた。
「確かにこれは美しいよ。この葉脈といい、滑らかな表面といい、細やかな形に至るまで。これがもし、一面の街路樹の枝に揺れてきらめいていたら、冬のイルミネーションよりもよっぱど綺麗だろうね」
「ははは、素敵なオブジェだね。電球を巻きつけるよりも、ずいぶん節電になるかもしれない」
標本に、今回見つけた木の葉を一枚並べて、額縁に入れて壁に戻した。
蒼く、サファイヤのように透き通った葉の形。
木の葉と呼べばいいのか。それとも、石と呼んでいいのかわからない。
指で触ると、つややかで堅く、まるで樹脂を固めたような感触だった。
「顕微鏡で確認したか? 葉脈は生きているのか?」
「それが、生きているんだよ。色は緑とは限らないが、不思議なことに葉緑体も活動している。つまりこの葉は、呼吸をしているし、光を浴びると光合成もしている」
「ありえない、本体の木から落ちてしまえば、葉は枯れるだけだろう」

色は青 ――透き通るサファイヤのような――
あるいは赤 ――魅了するガーネットのような――
琥珀色 ―― 夕陽を浴びた金色の蝶が、そのまま石化して眠っているかのような―ー
ラボの壁を飾る、コレクションが増えていく。

「あたし、これに鎖をつけて、ペンダントにしてみたいわ」
「呑気だなぁ、これは新種の植物の病気じゃないかと言われてるから、こうして調べているのに」
「でも、見ていると不思議な気分になって、いつまでも眺めていたくなるんだもの。魔法使いがいたずらをしたみたいな木の葉ね」
木の葉が色を変えると言うのは、想像以上に摩訶不思議で幻想的なことなのかもしれない。
この世界がほんの少し、太陽に傾いて回っているために。陽の光を浴びる時間は長くなったり短くなったりする。
まるで会いたくてもなかなか会えない遠距離恋愛みたいだ。
そうなると、木の葉は紅く染まって、冬を耐えるために葉を土に落とす。
・・・・・・この、木の葉が石化するという現象は、冬を越すためのものなのか?
だとすると、何に耐えるための硬質化なのか。
雑談で一息つきながら、コーヒーを用意してふと窓の外を眺めた。
コバルトブルーを薄く引き伸ばしたような空が、遠く遠く広がっている。霞んだ綿を敷いたような、白い雲がかかっている。
秋の空の色だ。
日が傾くと、太陽は金色に染まる。琥珀の色みたいに。
琥珀。何か研究の比較対象になるかもしれないと思って用意した、飴玉のような形の琥珀の粒を指先にとって眺めた。
「・・・・・・昔、恐竜の化石が沢山埋まっていた頃、地球の時間は止まっていたんじゃないかという仮説があるんだよ」
「何それ」
「骨や爪、卵に木の葉まで、なんでもかんでも石化する。あれは考えれば、科学的に考えてもかなり奇妙な現象なんだ。なぜ腐って土に孵らなかったんだろう。
一時的に時間が止まって、空間のひずみが、一部の地球上の物質を押しつぶして結晶化したんだよ」
「難しい話はよくわからないなあ。相対性理論みたいなものなの?」

青い木の葉を、もう一度眺めてみる。
いつかこの世界に隕石が降ってくる日は、地球は蒼くて硬い宝石になって、琥珀の中に虫を閉じ込めたみたいにして、いろんなものを守ってくれるのかな。

秋の空が流れる。薄く引き伸ばされた透明なブルー。
この世界は、不思議で、綺麗だ。








--------------------------------------------------------------------------------
2014/1/24


inserted by FC2 system