『めそめそ狐』
狐は油揚げだなんて、誰が決めたのでしょうね。
神社の賽銭箱の前に、今日も稲荷寿司が置いてあった。
「今日の仕事も失敗だったっていうのに・・・・・・」
白い襟巻きをかき寄せながら、背中を丸めてため息をついた。
「贅沢言うなよお前、頼りにされてるってことだろう? なんてったって、神様なんだから」
「やめて。言わないで。誰のお願い事も叶えてあげられない、できそこないだもん。あたしなんて」
夕暮れ空には、紅い雲がたなびいている。
ここ、赤狐神社は、この辺りでは、人招きのご利益があるということで長いこと信仰されている。
招き猫ならぬ招き狐というわけだ。
神社の入口には、片足を上げて大きな尻尾をぴんと立てているお狐様の像が二匹向かい合って並んでいる。
「あたし、油揚げそんなに好きじゃないよぅ、スパゲッティとか食べたいよう、めそめそ」
祠の影に隠れてしょげかえっているのは、見た目は十三、四歳くらいの小さい女の子。
紅い袴の巫女衣装に、白いふわふわの襟巻きをつけている。
といっても、彼女の姿が目に見える人間はさほどいないだろう。
つい半月ばかり前に、三百年のお勤めから引退した先代に代わって、代替わりしたばかりの、二代目招き狐である。名前はすずり。
「すぱげて? わしはそんなもん食わんのぅ・・・・」
足元でごろごろとだらしなく寝転がっている大きな猫がいる。
いや、猫ではない、実は狐である。
ご隠居した先代狐なのだ。
「あーもーおじいちゃぁぁあん、あたしにはやっぱ無理だってばぁぁぁ」
「しゃーないんじゃ、わしゃもう、腰が痛うて」
すずりは、古びた藁箒のような、老いた化狐の尻尾をもふもふとさすっていた。
「俺も最近仕事無くてヒマだからさぁ、そんなに心細いんならしばらく手伝ってやるよ」
顔の丸い茶色い犬が、ゆらゆらと尻尾を揺らして、ぺろりと舌を出していた。
いや、犬ではない。実は狸である。
首には緑色の珠が連なった数珠をかけている。
「そんなぁ、だってあんたの本業・・・あれじゃないの。コックリさんとか呼ばれてるあれ」
「いやいや、あんなもんただの暇つぶし暇つぶし。最近ブーム去ってんのか、なかなか呼ばれないんだよな」
すずりは不安げな目をして狐狗狸を眺めている。いいんだろうか協力してもらっても。
ご利益どころか呪い振りまいちゃうんじゃないかなぁ。
「で、すずり、どういう仕事がしたいんだ」
「んーとね・・・ご参拝客見てると、恋愛成就祈願が多いよね」
「赤狐神社って、縁結びの神様だっけ?」
「ご縁がありますようにって意味では同じじゃないの」
「どおりで賽銭箱の中身五円ばっかり・・・せこいなぁ。こんなんじゃカレーも食えやしねぇ」
「あたしスパゲッティがいい」
「おまいら、稲荷寿司食え稲荷寿司」
先代がごほごほと咳き込みながら尻尾を揺らしていた。
「おいしいもの食べたいよね」
「そうそう」
赤い夕陽が暮れていく。
「そういえばこの間、迷子を送り届ける仕事はうまくできたんだよ」
「あ、そういうことやってんの」
「猫に間違えられたけど」
「まぁ、狐には見えないからな・・・あんまし」
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2013/1/17