森を抜けてから、小さな町にたどり着いた。
夜中なのに、大通りの中の町並みは、ぽつぽつと明かりが灯っていて、人々の生活の気配がする。夜でさえこれほど活気があるなら、昼間はもっと賑やかな街かもしれない。
明かりの零れる窓に映る人影や、お酒の絵が描かれた釣り看板、どこからか漂ってくる楽しそうな話し声や、美味しそうな料理の匂い。
街の気配に胸が躍った。
あたしは、エリュウさんとスコくんの二人にくっついて歩いていく。
「・・・・・・なぁ、そろそろ降ろしてくれないか」
「うーんと、そろそろ宿まであと30歩くらいかなぁ」
「歩けるってばそのくらい歩けるから!」
エリュウさんの背中におぶわれてるペシェさんが、さっきから小声でずっと話していた。
あたしは怪我した彼女の代わりに、持ち物である剣をしっかりと抱きしめて歩いている。
ペシェさんは羽みたいに軽々と振るうのに、こうして抱えているとやっぱりずっしりとしていて、すごいなぁと思うの。
「ねぇ、スコくん」
「・・・・・・・」
「スコくんスコくん」
半歩先を歩いている、黒いケープの彼に話しかけた。何回か呼ぶけど返事をしてくれない。
「すーこくーーん」
「何度も呼ばなくても聞こえてますよ」
「あ、よかった」
「で、何ですか。おしゃべりは嫌いですから、黙って歩きなさい」
「宿には、あなたたちの仲間が他にもいるの?」
「ええ、他にも煩いのがごちゃごちゃといますよ」
「わぁ楽しそう」
素直に声を弾ませたあたしに、スコくんがじろりと睨みつける目線を投げかける。
「また一匹余計なのが増えて煩くなりそうですね・・・・・・」
「えへ、よろしくお願いします」
「別に、歓迎なんてしてませんけど」
「ねぇスコくん、あたし思ってたんだけど」
「何ですか」
「その、お顔についてる花、可愛いね」
「忠告しますが、それ、同じこと二回言ったら殺しますからね」
「・・・・・・・はい」
まっすぐに大通りを抜けると、一軒の宿屋が見えてきた。窓には明かりがついていて、人の気配がする。
たどり着いたのとほとんど同じタイミングで、勢いよく扉が内から開かれた。
「おっせーよ! なにしてんだよー!」
中から飛び出してきたのは、ピンク色のドレスを着た女の子? だった。えっと、いやいや。今の声や口調は男の子だったんだけど。どっちなんだろう。
不思議そうに眺めてると、相手もあたしのことに気がついたようで、きょとんと目を丸くしてこちらを眺めていた。しばらくお互いに瞬きを繰り返す。
「おお? こんばんは?」
「はじめまして!」
ぺこりと頭を下げた。ああそうだ、あたしのせいでペシェさんに怪我させてしまったこと何て言おう。ちょっと緊張する。
「おーい、そんなところで騒いでないで、中入れてやれよー」
明かりの漏れる宿の中から、また別の声がする。
「あ、そっかそうだそうだ」
ドレスの彼に手招きされて、ぞろぞろと宿の中へと入る。
宿の一階は酒場になっているらしい。眩しいほどに明るいランプと、温かい空気と、ほのかなお酒の香りが、とても活気ある雰囲気がした。
あたしはピンクのドレスの彼がとても気になって、不躾かもしれないけれども、ついついじーっとその姿を眺めてしまう。
華奢でほっそりとしていて可愛らしい。だけど、うーん、胸の前の部分はストンとしているぞ。
「で、だぁれ、迷子?」
「森で月狼に襲われてた馬鹿者がいたんで、拾ってきたんですよ」
「あっらー」
ペコ、と呼ばれていた彼が、にやにやと笑いながらあたしのほうを振り返った。
あ。と、思わず小さく声をあげそうになった。スコくんとペコさん、よく見るととても似ている。そっくりだ。
「そりゃあ、命拾いしてよかったねぇお嬢さん。俺はペコだよー。お名前は?」
「あたしはチア! 本当にごめんなさい、あたしがうっかり森に入ったりしたから・・・・・。でもスコくんが助けてくれたおかげで、怖かったけどどうにかあたしは怪我もなくて」
「ちょっと待ちなさい、私がいつあなたを助けましたか。私は月狼を退治しただけで別にあなたが食われようと特に関係ないんですよ」
スコくんが怒ったように声を荒げていると、ペコくんがにやぁっと顔に笑みを作る。
「あれぇ、スコ、優しいじゃん。どうしたの」
「本当にありがとう。剣で狼を薙ぎ払ってるとこ、かっこよかったなぁ」
「ちょっと聞いてますかそこ!」
「あのね、エリュウお兄さんが、スコくんが無愛想だったり冷たいときは、だいたい照れ隠しだから、もっと仲良くしていいんだよって言ってたから」
そんなふうに言ったら、スコくんが一瞬物凄い目をしてエリュウさんのほうを睨みつけていた。エリュウさんはこちらの話は何も聞こえてないようで、テーブルに座ってのんびりとしていた。
「勘弁してください・・・・・子供は苦手なんですよ」
そんな風につぶやいて、軽くよろめきながらあたしへと背を向ける。
やっぱりこれ照れてるのかなぁ。と思うともっとスコくんにいろいろ話しかけてみたい気持ちになる。怒られるかもしれないけど。
「ペコさんは男のひと?」
「んー? そだよ」
「そうなんだぁ。可愛いなぁと思って」
「えへへーありがとー、チアも可愛いよー、小犬みたいで♪」
「うええええ、そうかな」
可愛いなんてそんな滅多に言われないから、急に恥ずかしくなって顔が熱くなる。だってどう見てもペコくん可愛いんだもの。
そしてもう一度、スコくんとペコくんを交互に眺める。
「二人とも、そっくりだね」
「ああ、だって俺ら双子だもん」
「わー、そうなんだー」
じーーっと、更に、スコくんの様子をしげしげと眺める。
男の子のお洋服を着ているから男の子だと思ったけど、ペコくんがもし男の子なのに女の子のお洋服着てるんだったら。
「じゃ、じゃあもしかして・・・・・・・」
「あのですね、面白いこと言われる前に言っておきますけど、私は男ですからね」
内心ドキドキしていたあたしの考えに気づいたようで、スコくんがとても冷やかな目をしてあたしを見下ろしていた。
「今貴女が何を考えていたか、大体わかりましたよまったく」
「わ、わぁーすごいー」
「もしも何か滑稽な質問をしてきたり、私の体に触ってみようなんてしたら、二度と口聞いてあげませんよ」
「ええええ」
耐え切れないといった様子で、ペコくんがおなかを押さえてげらげら笑い転げていた。
「おーい、そこー、楽しそうにやってるけど、ペコ、とりあえずこいつの傷塞いでやってくれよー」
「あいよー」
黒いフードのお兄さんが呼んでいる。ペシェさんの腕の傷を見ているようだった。
ペコくんは笑いすぎて涙目になりながら、いそいそとそちらへ向かう。
「ちょ、待ってくださいペコ・・・・」
スコくんが途方にくれたような声を漏らしていた。
えー・・・・だってスコくんもペコくんも顔よく似てて、どちらかというと女の子みたいな顔してるから、そんなに嫌なこと言っちゃったかなぁあたし。
「スコくんとペコくんは魔法使いなの?」
「だよだよ」
ペシェさんの傷の治療をしているというところに、あたしも駆け寄って眺めてみる。
見ると、ほんのさっきまで血の滲んだ包帯を巻いていたペシェさんの腕は、綺麗に傷が塞がっている。あたしは感心して何も言えなかった。ただため息をついてペシェさんの腕と、得意げな顔をするペコくんをかわるがわる眺める。
「どんな魔法が使えるの?」
「ええっとね、羽生やして空飛んだりできるよ」
「素敵!」
あたしが目を輝かせると、ペコくんがにこにこして首を傾けていた。
「魔法も素敵だけど、、その、ぺコくんのドレスとっても綺麗で素敵だなぁって」
「お、チアちゃん着てみる?」
「えええええええええええええ?! いやいやいや、あたしがドレスなんて、ああでも着てみたいといえば着てみたいんだけどううううう」
「そうだねーサイズがねーー。あ、何だったらペシェも着てみる?」
「なんでこっちに来た?!」
「あ、ペシェさんのドレス姿見たい見たい、一緒に着ようよ」
「待て待て待て落ち着け」
「いやー、でもあたし思うんだけどね、ペコくんがこんなにドレス似合ってて可愛いなら、おんなじ顔してるスコくんも一回着てみたら・・・・・・」
カウンターで一人で飲み物を飲んでいたスコくんが、口の中の物を勢いよく吹きだしていた。
あ、しまった。小声で呟いたのに聞こえてた。あたしは思わず自分の口を押さえる。
ペコくんの影に隠れて、怒ってこっちに来るスコくんを回避しようとしていたとき。
「怪我したっていうから、来たの」
高く澄んだ、女の声が耳に届いた。
振り返ると・・・・金色の髪の綺麗な女の子がいた。
でもそれよりも真っ先に目を奪われたのは、彼女の頭上。
華やかな冠のように、綻んだ蕾の形をした飾りが、髪の上で揺れている。
飾りではなくて、甘い香りのする本物の花だというのは一目でわかった。なんて不思議な眺めなんだろう。
「今夜はいつもより賑やかなようね」
金色の髪を肩に垂らして、澄んだ声をした女の子が、あたしのほうを見てぽつりと呟いていた。
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お前どんだけスコくん好きなんだよってつっこまれたい。