「アルティメイト・ビックバン」
世界は半球のドームのような形をしているそうだ。
北極星を中心にして、「星」が宙をめぐっている。
人間の生活に欠かせない、「星」の光を把握して操ることが、魔導師の勤めなのだ。
「・・・ばっかじゃないの?」
やる気のなさ全開でぼやいた。開いた参考書の最初の一説を目にしただけで、すでにもう面倒くさい。
あたしの隣で、順調に資料の書き写しをしていた誰かさんの手が、がくりと滑った。非難がましい視線が注がれる。
わかってるわかってる。「誰のためにこんなこと手伝ってると思ってんの?」って。その目だけでじゅーぶんわかってますとも。
参考書と古い図鑑を広げたままの机の上に、羽ペンを放り投げて頬杖をついた。
「だいたいさー、世界の形が丸だか四角だか知らないけどさ、そんな研究があたしたちに何か関係ある?
今日明日の生活に何か役に立つ?」
若干の苛立ちをこめて。がりがり頭を掻く。このままじゃストレスでハゲてしまいそうだ。とはいえ、指先に絡む自慢の金色の髪は、まだまだ艶々として健在である。よしよし、枝毛は後で切ろう。
ついでに、部屋の中を見渡してみる。いい加減見飽きたこの『研究室』の光景を。
こじんまりした勉強部屋。壁を埋める本棚。窓際には、星図と、天球の模型。
そして隣に居る、相方のこいつ。
目があうと、深緑色の穏やかな目がやんわりとした笑みを浮かべる。この手の笑顔は、時によって陰険なお説教よりも余計に鬱陶しいことがある。
「あいかわらず勉強嫌いだよなぁレフラは。そんなことばっかり言ってても終わらないよ?」
「ああああああああああああもうレポートなんかやだああああああああああああ!」
ばさばさばさばさっ!
と、卓上に綺麗に積み上げられていた本の山が、勢いよく崩れ落ちて全部床に落ちる。
否、あたしが全部払い落とした。八つ当たり以外のなんでもない。
「あああっ! 僕がせっかく使いやすいように集めて並べておいてあげたのに!年表とかさー」
「しらんっ! もうヤダ遊びいきたいいいいい!あたしいつまでここに閉じ込められなきゃなんないワケ?!やってられっかぁぁぁ!引きこもりなんて性に合わない!外に出たいっ!」
床で広がってる百科事典の一つを蹴っ飛ばす。
相方が、へらへらと苦笑しながらそれを拾って、軽く埃を払って机の上に戻す。
「だいたいさー、エクセル、こんなまどろっこしいことしないで、あたしの代わりにあんたがぱぱぱっとレポート作ってくれちゃったらいいんだよ。あんたなら1日あればまとめられちゃうでしょ」
あたしの愚痴をさらりと受け流すように。深緑色の瞳が、更に穏やかに微笑む。
こんなふうにいつでも平常心で落ち着いているこいつの性格が、たまに無性に憎らしい。
「そりゃあそうだよ。だって僕は、飛び級でとっくに高校なんか卒業したからね。
でもレフラ、僕が代わりにレポート書いたって、レフラが魔導師になれるわけじゃないだろ? 僕だってちゃんと工学科卒業してエンジニアの資格取ったんだから、レフラも自分で魔導師学科卒業しないと」
「あーもーー面倒くさい面倒くさい。早くいろんなこと終わらせて遊びに行きたいっ! 今に見てろ、あたしがアルティメイトで一番の最高の魔導師になったあかつきには、こんな面倒なレポートだとか単位だとか卒業試験とか、そんな制度全部廃止してやるんだから」
「やれやれ・・・・さてと、ところで。そんなレフラのために、とっておきの面白い話を持ってきてあげたんだけど、やる気出してくれるなら教えてあげようか」
「お、なになに。何だよそんなんあるならもったいぶらずにさっさと話してくれたらいいのに」
「さすがレフラ、食いつきいいねぇ。以前言ってた、レポートが一瞬で片付けられちゃうかもしれない賢者の遺産の話だよ」
「うおおおぉぉぉっ?! あれ、見つかったの?!」
「いいや。正確には、手がかりが見つかったんだ。
やっぱり、ただの神話やおとぎ話じゃなかったってことさ。竜族出身のこの僕に、解き明かせない謎なんかないってね」
この世界には、四つの国が存在する。北、東、西、そして中央(コア)。
二千年前に、一人の賢者が統括したと言われている。
だけど、それについては、不確かな伝説が数多く横行していて、かつて何が起こってこの世界が出来上がったのか、正確なことは何も残っていない。
中には、賢者の従者が、力の強すぎた賢者の独裁を恐れて、彼の叡智の力を封印したとも言われている。
その封印された力が、通称・『ロストブックス』。その鍵のことを「パンドラ」と呼ぶ。
「要するに、それが見つかったら、大賢者並みに世界で一番頭良くなれるってことでしょ? じゃあレポートなんか苦しまなくていいし、すぐに卒業できちゃうじゃん!」
「単純だなぁレフラ・・・・・・」
やっぱり、人生こうでなくちゃ!
ケンカにギャンブル、めくるめくお宝、金銀財宝。
ああ、こんなところで百科事典と格闘なんかしてるよりも、断然、血が滾ってきた。
「それで、そいつ手に入れるにはどうすればいいの・世界一の賢者になれるお宝!」
「パンドラの手がかりが見つかったらしくてね。東の国の姫君が詳しいことを知っているそうなんだ」
東の国といえば、千年近く鎖国をしていることで有名な独立国じゃないか。
「いつも思うけどさぁ、エクセルお前、そんな情報どうやって・・・・」
「竜族の」特権ってやつだよ♪
さか行こうか。
せめて、レポートのための現地取材とでも置き手紙残していきなよ」
窓の外に、銀色の竜が浮かぶ。
自在に空を飛び回る風の翼だ。
「さーて、いっくぞー!」
この世界の形を見に行こう。
☆
藍色の三日月が空に輝いている。
この東の国では、常に空は夜らしい。
「まぁまぁまぁ、あなたが黄金の髪をした北の国の魔導師様ですねっ!」
齢十二という東の国の姫君、美弥乎姫は、これまたえらくテンションの高いお嬢さんだった。
「いや、あたしまだ魔導師じゃないんだけど。まだ学生なんだけど」
「お噂はかねがね聞いておりますもの。将来有望な未来の魔導師様で間違いないですわね」
「いやだから、なんだよ噂って」
「ご存知のように、私の国では、自国の風習を維持するために、アルティメイト四連邦の統治からは外れて独立自治を続けておりますの。でも、全く他国の情勢を存じ上げないわけではございませんのよ。
北の国では、星の軌道を読んで魔法を使うのでしょう?」
「あー、まーね、多分そういうこと」
あまり詳しいこと聞かれてもあたしじゃ答えらんないので、適当にごまかしておこう。
「私の国にも、星の巡りを読んで力を使う、よく似た役職がありますのよ。こちらでは、魔導師ではなく陰陽師と呼びますけど。
その者が、先日、不思議な星読みを得ましたの・・・・。
悠里、いますか、ここへおいでなさいな」
「はいはーい」
美弥乎姫が呼びかけると、白い着物の童女が出てきて、見たことも無い星図の図面を広げ始めた。これがこの国での星読みであるらしい。
「何度占っても計算しなおしても変わりません、美弥乎さま。私の卜占では、空の星の中でも起動を惑わせる星である、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星の全てが、近々、アルティメイトを中心にして、ちょうど十字の形に綺麗に並ぶのです」
「これはきっと、何か重大な意味があるに違いありませんわ。この謎を解き明かしてはくださいませんか」
「重大な意味って言われても・・・・・・」
なるほど、これが賢者のロストブックスを探す鍵なんだな。
古びた地図と古文書を預けてもらった。
☆
美弥乎姫からもらった古文書は、古の言葉で書かれていたものだから、解読に酷く手間と時間がかかった。
もうマジで。嫌になるくらいに。
「さぶらふ・・・ましかば・・・・、宮にちかういでてなむ・・・・しのばせたまひける・・・・・・ぅぅぅぅ、
あーーーーーーーーーーーーーーー」
「落ち着け落ち着け落ち着け、発狂して雄叫び上げないの」
「無理もうマジ無理、エクセルいつもあんたが使ってるポケットコンピューターで翻訳してよっ!」
「だから、語彙はかろうじて辞書の中に入ってるから、文法だけ美弥乎姫に教えてもらったものを参考にして翻訳してかなきゃいけないんだってば。
あ、ほら、そうこうしてる間に、次の目的地に着いたよ」
「お」
「東の統治、ニフルヘイムだ」
竜が風を切って進んでいくその先。
水色に透き通った空が見えた。いや、向かっているのはそれよりも先だ。空は俄かに白く燻っていて、ミルク色のもやに包まれている。
霧の国だ。
「何これ、うわぁ、先が全然見えないじゃん。これで進んでいけるわけ?」
「どうだろうねぇ・・・・他と比べても、ここはずいぶん寂びれた都だそうだから」
「何その言い方、エクセルさ、この辺の国にはしょっちゅう遊びに来てるから馴染みだって言ってなかったっけ」
「実を言うとね、この先は立ち入り禁止区域なんだよ。
しかも・・・・・・変な磁場でもあるのかな。くそっ、通信機器やポケットコンピューターも使えないや」
「へぇぇ。ま、いーじゃんいーじゃん、怪しければ怪しいだけなおさら、なんだか凄いお宝がありそうだ」
「のんきだよなレフラは」
視界の塞がれた空を飛行することをあきらめて、あたしたちは竜から降りた。しばらく歩くと、赤と黄色の派手な色合いをした門(ゲート)が唐突に現れた。
ピカピカした螺旋状の柄の門は、まるでキャンディー菓子のもうで、アーチを描いてそびえ立っていた。
「・・・ここに入れってか?」
「そうだね、どうやらお出迎えみたいだね」
不審さのあまりに首をかしげていると、これまた唐突に、どこからか声がした。
甲高い子供の声だった。
「あれ? へぇ、来客だ珍しいねー、ようこそ!」
小さな影が躍り出てくる。
「うえぇぇっ? 何だ?」
「人形・・・・・・?」
先端のとがった帽子をかぶった、ピエロの姿をした人形が、糸も棒もついてないのに、ひとりでにカタコトと手足を動かしている。白くて丸い顔に、星と雫のペイントをして、目には仮面舞踏会でつけるようなマスクを付けていた。
大仰なしぐさで頭を下げて、おどけた礼をして見せる。
「いらっしゃあい、僕の城、ニフルヘイムへ。で、何か用?」
「あー、あたしたち、パンドラを探して来たんだけど、この辺にあるの? ロストブックスを見つける手がかりっていう」
「ばっ、ばか、レフラ!」
「何さ、誰がバカだってのオイ」
「突然出てきた正体がよくわからないものに、そんなに簡単にこっちの目的ばらしてどうするんだよ」
あっさりと答えたあたしに、エクセルが何かゴニョゴニョ言ってるけど。
そんなのおかまいなしに、ピエロもまたあっさりと返事をする。
「うん、あるよー♪」
いいのか。そんなに簡単で。
「え、あるの?」
何が面白いのかわからないけれども、急にピエロはご機嫌な様子でからからと笑って、一人でよくわからないことをつぶやき始めた。
「ああー、そうかぁ、そろそろ惑星のグランドクロスがそろう頃かぁ。だったら、パンドラを探そうなんて奴らもホイホイやってくるよねぇ、そんな時期だよねぇ。
いやぁ、こんな楽しいこと久しぶりだなー。千年ぶりだもんねー。あれから何年経ったんだっけ? ああ、二千年くらいかな。
賢者ビッグバンが創った世界は、あれからどうだい? 平和にやってるー? 第十次世界大戦とかで滅んだりしなかったかーい?」
「まてまてまて、何言ってるのかわからん、もっとわかりやすく説明しろ。そんなにぺらぺらまくしられたって飲み込めないっての、あたし頭悪いんだからさ!」
「おーいいレフラ、それって威張れないよ」
「うっせぇそんなとこツッコミ入れんな!
とにかく何か知ってるなら教えてちょうだいよ、ピエロ! あたしのレポートと進級と卒業と、魔導師免許取得の命運がかかってるんだから!」
「免許取るまでずっとロストブックスに頼るのかいレフラ・・・・・」
隣でエクセルがまだ何かツッコんでるけど、ひとまず無視。
「いいよー。今期のミレニアム・グランドクロス、先着二名様、特別に案内してあげるよー。面白そうだしね。退屈だしね。ニフルヘイムの案内役マスコットの、この僕、ニルギリが招待してあげるよーぅ。
だ・け・ど、この先を進むには、いくつかのゲームをクリアしなくちゃならないよーー」
ぴょこんと、ウサギが跳ねる様を思わせるすばやさで、ピエロ・・・えーと、さっきのが名前だろうか。ニルギリは、赤黄色のカラフルな門(ゲート)の中へと飛び込んでいく。
それに続いて、あたしたちも門をくぐって中に入った。
一歩踏み込んだ先には、更に濃いミルク色のもやが立ち込めていて、酷く視界が悪い。
「ちょっとぉぉぉ、前が見えなくて全然進めないよ」
「気をつけてレフラ、はぐれないように」
「めんどうくさいなぁ・・・・・・」
ひやりと冷たい風が吹く。少し霧が揺らぐと、周りの景色がぼんやりと見える。
そこにあるのは。
メリーゴーランド。観覧車。バイキング船。回転ブランコ。
「え。何これ遊園地じゃん」
「レフラ、あれ、見て!」
霧の中にぽっかりと浮かび上がるように現れる、一枚の掲示板。そこにあったというよりも、あたしたちがここに来るのを待って突然出現したというような印象だ。
「えーと、案内板?」
「遊園地の中の地図(マップ)ぽいよね」
子供向けのデフォルメされた絵柄で、地図が描いてある。うねうねと絡む道の途中に、アトラクションのマークが配置されている。
ニルギリの甲高い声が、どこからか響いてきた。声だけで姿は見つからないけれども。
「これはゲームだよぉ。スタンプラリーになってるから、攻略して全部集めて戻ってきてね。右下のほうに、君たちの手持ち分の地図があるからね」
言われて、掲示板の右下のほうを見る。なるほど。同じ図面をプリントアウトしたものが二枚、貼り付けられている。それぞれ剥がして手に取った。
地図のルートには、行き順を示した線が書き込まれている。
一枚は赤い線のルート、もう一枚は青い線のルート。そして、通る道順とアトラクションが、それぞれ微妙に違っていた。
「どういうこと? どっちか選べってことかな」
「どうだろうなぁ・・・・これ、赤と青でどういう違いがあるんだろう。僕たちを迷わせる罠かもしれないよ」
「一枚がハズレで一枚がアタリってこと??」
「さぁ・・・でも、難易度の違いはあるかもしれないね。道も違うし」
「これさ、両方とも道順たどっていかなきゃなんないんじゃないの?」
赤と青のルートは、それぞれどちらも、最終的にはマップの左上のほうの、お城のような絵柄のマークにたどりついていた。
「よし、じゃあ、あたしはこっちを赤のほう回ってみるから。エクセルはこっちの青のほう頼むよ。別々に行こう」
「でも、通信機器が使えないから、何かあったとき連絡取り合えないよ? 大丈夫かい」
「何かあったらここのお城のマークの場所で合流すればいいんでしょ。へーきへーき」
早速、別々のルートで地図を進んでみることにした。
霧が濃いので、道を分かれるとすぐに何も見えなくなった。
「さーて、何が出てくることやら」
そしてすぐにあたしは、エクセルと道を分かれたことを後悔することになる。最初のアトラクションにぶつかった、そのときに。
「うっわぁ・・・・、『ゲーム』って、詐欺だろこんなの・・・マジかよ」
アトラクションにたどりついたあたしを待ち構えていたのは。
数学の問題だった。
答えを解かなければ次スタンプラリー地点へ進めない。
「ったく、なんだよ、こんなんばっかり!」
今初めて、学校の勉強ももう少し真面目にやっておけばよかったと思った。
「学校の勉強なんて、絶対こんなの何の役にも経たないと思ってたのになぁぁ・・・・どうしよこれ。カンで数字入れてくっきゃないかな」
イライラしながら、置いてあった鉛筆を握り締めながら、がりがり噛み付く。八つ当たり。
『おやおやぁ、心外なことを言うねぇ、北の魔導師。数学・幾何学は、星の軌道を読み解くには必要な技術の一つでしょ。ねぇ、お母様にもそう教わらなかったかなぁ、北のイザベラ総督の、偽のご息女』
再び、例のピエロの声がした。
「何・・・・・・」
背中に氷突っ込まれたような心地がした。今、聞き捨てならないことを確かに言ったぞ。
でも、辺りを見回しても、ニルギリの姿は見つからない。どこからか声が聞こえてくるだけだ。くすくすと擦れるような、薄気味悪い声が響いてくる。
『創世以来、長年、アルティメイトの権力の頂点は、北の魔導師が独占していたそうだからねぇ。
だけど、これからはわからないよ。
千年に一度、星の巡りが狂う瞬間がやってくる。賢者ビッグバンの遺産も、次は一体誰の手に渡ることやら』
急に、あたりが薄暗くなった。
『ちょっと今の君にはレベルが高すぎたみたいだから、特別にステージを移してあげるよぉ。そのラビリンスから出てこれたらクリアにしてあげるねーぇ』
くすくすと笑う声を聞いて、背筋が寒くなった。そうだ、どうしてこんなに易々と、ピエロの人形の誘いに乗って、こんなゲームに興じていたんだろう。スタンプラリーって何だ。
「おいお前、何なんだよ! ピエロ! お前、パンドラの何を知っているんだ?!」
『僕は二千年前に、大賢者とともに今のこの世界の基盤を築いた、四人の「礎」のうちの一人。
何も知らないんだね。君を拾って育てた、イザベラ様はもっと詳しく知っているだろうに。それとも、後継ぎとして認めてもらえないから、何も教えてはくれないのかな』
「お前・・・・なん、で、なんでそんなこと、
あたしが拾われただとかそんな話、どうして知ってるんだよ!」
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。僕は退屈してただけだから。ちょっと遊ぶくらいいいじゃない。
君にパンドラを渡す価値があるかなぁって思ってね」
ということはやっぱり、このピエロがパンドラを持っているんだろうか。
「そうそう、ひまだしねー、退屈だしねー、貸すぐらいいいよねって思うけどねー。でも、まだ君がどんな人間なのかもよくわからないまま、これを託したってつまんないなぁと思うじゃないか。
だから、ちょっとカマかけてみたくってねー。ねー、レフラ。ちなみに聞くけどさ。君がパンドラを、そしてロストブックスを探す理由って、何?」
「あたしは・・・・・・」
楽してレポートを片付ける。
ここに来る前に豪語していた自分の台詞を思い出した。
だけど、その先にあるものって、何だ。
「・・・あたしは、母さんを超える。あたしはあたしのやり方で、魔導師になる」
オーディーン学院校長。兼・アルティメイト四連邦の北の総督。事実上現在のこの世界の頂点に立つ魔導師の一人。
昔は尊敬してたのに。
でも、規則や規律でがんじがらめにしている、今の統治の様子が目につくようになってから、そんなのは嫌だと思い始めた。
「・・・・言いなりになって、オーディーンの後継ぎになって、そのままずっと北の国に縛られるのは嫌だ。あたしはもっと自由でいたい。
何かもっと、でっかいことがやりたいんだ」
そう、たとえば。
世界がまるごと手に入っちゃうような。そんな途方も無い大きなものがほしい。
どうしてそう思うのかわからない。でも、ひとところにじっとして入られないような、衝動というか、渇望だった。
「へぇぇ。そりゃあ面白そうだねー。いいねいいね。へへへ。
でもさー、そう思うんなら、まずそのガラスのラビリンスを自力で抜けてみてよ。そーしたら君に、僕が持ってるパンドラの鍵を渡してあげる」
「ちくしょーーー!」
今あたしが立っている場所は、四方が透明な壁で囲まれている。どこかに抜け道があるんだろうけど、手さぐりで壁を探ってみても、なかなか壁の途切れ目が見つからない。
これを抜け出すにも、何か数学的なパズルが隠されているのかなとふと思ったけど、そのヒントさえまだ見つからないままだ。
「レフラ、レフラ。
計算ができなくっても、レフラにもできることなら沢山あるだろ?」
風に乗った翼が空を切る音。
頭上にさす影。そして上から降ってくる、馴染みのあるこの調子のいい感じの声。
「エクセル!」
いつのまにか、竜に乗ったエクセルが、あたしのすぐ上に居て、空を滑空していた。
「遅いんで探しに来てみた。他のポイントのスタンプも、全部回って集めてきたよ。レフラのことだから、こういう問題はてこずってるだろうなぁと思って。
で、さっきから話は聞いてたけどさ。もうスタンプも集めたことだし、あとは、レフラがそこから出てくるだけだと思わない?」
竜の上から身を乗り出したエクセルが、あたしに向かってウインクを投げた。
「出てくるって言っても」
「あらら、レフラ今、自分で言っただろ。常識や決まりごとに縛られるのが嫌いだって。いつもどおりのレフラでいればいいんだよ」
「・・・・・・・・・・・・えーと」
少し考えて、ある考えを思いついてニヤッとした。
「そーだよねーー。やっぱりあたそ、ちまちましてんのは性に合わないわ。あたしに出来ることって言ったら、こうでなくっちゃね」
頭の中の霧が晴れたような心地で、背中にかかるマントを振り払って、大きく、腕を前に突き出した。
「東のアルタイル」
目を覚ませ。あたしの使い魔たち。
腕に、星座のタトゥーが浮かび上がる。
これが、北の国の魔術。正式な使い方じゃなくて半ば我流で危なっかしいんだけど、細かいことは気にしない。いつもやってることだし。
「汝の翼を我に与えよ」
言っておくけど、呪文も適当。でも何か言っておかないとさまにならないんだこういう場合。気持ちも入るし。
どっかーーーーん。
どこからともなく大きな光の渦が巻き起こって、あたしを中心にして、周囲一帯を吹っ飛ばす。
「おっし。壊れたわ。出てこれたよ」
「ええええええええええ」
あきれた声が帰って来る。
「ラビリンスから出てこれたらって言ったよねー。ほーら、あんたもいい加減さっさと姿見せろや。さっきから散々失礼なこと言いやがって。蹴っ飛ばしてやる」
「うわぁ、今のはびっくりした・・・・。数学は全然できないくせに、はるかに難しいはずの、星の魔術は簡単に使えるんだ?」
「できちゃうんだよなぁ。なんでか自分でもわかんないけど。カンと感覚と勢いと、そのときのノリと気分と運で」
「ええええええええ、そんなの聞いたことない、意味がわからない」
「でもできちゃうんだってば」
その証拠に、透明な壁の障害物も、ついでに、もやもやと鬱陶しかった白いミルク色の霧も、綺麗に吹っ飛んでしまった。
頭上に広がるのは、アルティメイトの青い空。そして、その爆風をうまくかわして軽やかに降りてくる、あたしの相方を乗せた、一機の銀の竜。
「わかったわかったよ。こんな面白そうなことないだろうしね。パンドラとついでにロストブックスを探すヒントをあげるよ。
レフラ、破天荒な君の健闘を祈ってるよ。
GOOD LUCK☆」
☆
霧の晴れたニフルヘイムをあとにして、あたしとエクセルを背に乗せた銀の竜は、東から西の方角へと空を翔る。
広い空。
あのピエロに言われたことがずっと頭に残ってて、そのせいで、いろんなことぐるぐる考えていた。
『なんでこういうことばっかりやらなきゃいけないの』
いつだったか忘れたけれど、昔の自分のこととか、頭の中に浮かんでくる。昔って言ってもそんなに昔じゃないな。何年か前にオーディーンで母さんに教わって魔導師の勉強始めたばっかりのころだ。
あー、なんか、あの頃は母さんとケンカばっかりしてたなー。おっと、それは今もそうか。
『口ごたえは許しませんよレフラ、あなたは私の後を継いでオーディーン学院を担い、北の代表になるのですから』
なんでだろーなー。あそこで母さんと真正面から衝突しなかったら、あたしは今も普通に学校で勉強してたかな。いやまぁ、それはないか。
『確かに、母さんみたいな魔導師になりたいと思ってるよ。でもだからって、閉じ込めるのはやめてよ」
あーもーー。イライラする。何だよ魔導師って。やりたいことが何もできないのが魔導師なのか。
頭の中でぐるぐる渦巻く回想。思い出し始めるときりが無い鬱屈。
それを払ったのは、あの日に出会った、たった一言。
『何か面白いこと探しに行こうよ』
ああ、この声だ。いつだってへらへら笑って。何も考えてないような顔して実は凄く頭が良くて。見たこと無いような複雑な道具ばかりいつもいじってて。こいつがいつだって、さりげなく、あたしが一番欲しい物をすぐに見抜いてしまうんだ。あたしを外に連れ出してくれる、この、銀の竜だってそうだ。
『君と組んだら、びっくりするようなことがいろいろ起こりそうだ。退屈で窮屈な日常にうんざりしてるんだろ。僕が翼を貸してあげる。行こうよ』
そうだ。あたしは外に出たいんだ。自由を手に入れるためなら、何だってやる。
「レフラ、さっきからぼーっとしてるけど、僕の話聞いてる?」
不意にエクセルに話しかけられて、ようやく思考は現実に引き戻される。
「あ? ああ、ごめん、考え事してて全然聞いてなかった」
「おいおい」
「わりぃ。何々?」
「これから行く、中央(コア)の国、ユグドラーシルなんだけどね、ちょっと厳しいところなんだよねぇ」
いつものようにすばやい指の動きでポケットコンピューターのボタンを叩いて、ずいぶんと難しい顔をしている。
「どゆこと?」
「この国は長年、独自でロストブックスを研究しているようなんだけど、詳しい内容を一切公表しようとしていない。隠そうとしてるってことさ。そんな場所で、僕らが出向いたところではなして手がかりを見つけられるのかどうか」
「そんなの、行ってみないとわかんないじゃん」
「それが、難しいんだよ。ユグドラーシルは昔から、神話の国と言われているから」
情報でわかる範囲では、ユグドラーシルには世界樹という大きな植物があって、それは二千年前からそこに存在するといわれているらしい。
それが、大賢者ビッグバンが遺したものであるという可能性が高い。
「なんだよそれ! 全然難しくないじゃん! すごくわかりやすいじゃん! それ見に行こうよ、明らかに手がかりじゃんか!」
「相変わらず短絡的思考だよなぁレフラは。まぁそれが唯一の長所だけど」
「バカにしてる?」
「まさか。ほめてるよ。大好きだよレフラ♪」
「さて、チャラ男はほっとくとして」
「おーーいーーー今のは真面目だってば」
☆
ユグドラーシルは世界樹を護っている。そして研究しているのだ。この世界の謎を解き明かすために。
「私は世界の神話の研究をしています」
世界樹の番人をしているという少女・ルルーナがあたしたちを出迎えてくれた。
最初は確かに、ユグドラーシルに近づいても門前払いをされたところで、どうやって密入国しようかエクセルとひそかに対策を考えていた。
が、美弥乎姫から預かった古文書と地図、そしてニフルヘイムで手に入れたパンドラの鍵を見せると、門番がなぜか顔色を変えた。そして、あっさりとここまで通してもらえたのだ。
「とにかくそれを見せてください・・・・信じられない。今までどんなに研究を進めても見つからなかったロストブックスの手がかりが、どうしてこんな・・・」
「なんで、あたしみたいな、ふらふらほっつき歩いてるだけの遊び人が見つけてきたんだ、って言いたいわけ?」
円卓を囲んだ賢者達がざわめいた。同席して話を聞いている賢者が、ルルーナを入れてこの場に十二名。北の魔導師と同様に、魔力を操る人間の役職がある。ここでは魔導師と同意の言葉で「賢者」と呼ばれる。
ユグドラーシルでは、世界樹の秘密は、賢者の称号を得たものだけが知ることができる。
あたしが招かれたこの会議室には、すでにこの十二人が顔をそろえて待ち構えていた。あたしに世界樹の秘密を明かすべきかどうか、この場で話し合っているのだろう。
「はっ。そりゃあ、こんな埃臭い図書館に閉じこもってるだけじゃ、お宝も何も見つからないだろうよ。実際に外に出て、あちこち回ってみないと」
「・・・・・・」
「なんとなくカンなんだけどさ、きっと手に入るような気がするんだ。だまされたと思って、あたしにちょっと頼ってみてよ。あんたらがずっと研究してるって言う代物、あたしが見つけてきてあげるよ」
「パンドラの鍵、それに、惑星のグランドクロス・・・。不思議なめぐり合わせですね。同じ研究をしていた、私の双子の弟は、この研究を危険とみなされてユグドラーシルを追放された者だったのですけど・・・・・。もうこれは、ユグドラーシルの中で隠すわけにはいかないことなのでしょうか。
わかりました。新しい星が生まれるように、ユグドラーシルにあなたが訪ねてきたのは、きっと何か意味があるのでしょうね。おいでなさい、世界樹をお見せします」
中央庭園に連れてこられた。
そびえ立つ巨大な樹は、無言の威圧感を持って天に枝葉を突き伸ばしながらそこに存在していた。
「これが・・・・・!」
眩暈がするような巨大さに驚きながら、引き寄せられるように近づいていく。
手に持っていたパンドラの鍵の効果だろうか。陽炎が揺らぐように、一瞬、世界樹の姿が揺れた。
気がつくと、そこにそびえ立っているのは、樹ではなかった。大きな建造物。天に向かって突き立つ塔。
これが、ロストブックスを隠すというパンドラの正体。
あたしの背後で、エクセルがぽつりとつぶやいた。
「へぇ・・・大賢者ビッグバンは、これを封印して隠していたんだなぁ・・・・・」
巨大な塔を前にして、あたしは、足がすくんでしまっていた。どうしてだろう、何なんだろう、この、奇妙な畏怖感は。この程度でびびるようなあたしじゃないはずなのに。
「ところで、レフラ、今まで黙っていたんだけどね」
「ん・・・・・・?」
「実は、ロストブックスの最後の鍵は、僕が持ってるんだ」
まるで冗談みたいにそう言って、首にかけていた十字架の形のアクセサリーを手にとって、あたしの目の前にちらつかせた。
きょとんとするあたしの前で、エクセルは、困ったように小さく笑う。
この表情、見覚えがあるぞ。あたしがよく、課題の問題が解けなくて愚痴ってるときに、「どうやってわかりやすく説明しようかな」って考えて笑ってるときの顔だ。
「この鍵は、『僕』の人格プログラムが起動し始めた当初から早々に見つかっていたんだけど、なかなか他の鍵・・・・ロストブックスの封印を解くための、他の条件がそろわなくてね。永い時間がかかったような気がしたけれど、案外あっという間だったな。ついにここまでたどりついてしまった。
レフラ、最後にこれを君にあげるよ。今まで君と居て楽しかった。ありがとう」
「エクセル・・・・・・・?」
「僕の役目はこれで終わり。僕に与えられていたプログラムは、君と出会って、君をここまで連れてくること」
エクセルが何を伝えたいのか、言っていることの意味がまだ飲み込めない。妙な胸騒ぎがする。いつものエクセルじゃない。
「予定通り、君はここに来て、パンドラを解いた。開けてはいけない禁断の箱。君はもう気づいているのかな。いや、そんなことないよね。まだ記憶の箱の封印が開いてないのだから。封印が解けない限り、自分自身で決して気づくことが無いように、しっかりと鍵をかけて隠したんだろうからね。
まだ気づかないなら、今のうちに教えてあげるよ。
レフラ・・・・・・二千年前に姿を消した、大賢者ビッグバンは、君自身だ」
大賢者ビッグバン。
伝説では、昔、黒い太陽が地上に落ちてきて世界が暗闇になり、人間が地面に這ってかろうじて生きていたときに。
星の光を見つけて、「魔術」という力を見つけたという、アルティメイトの創始者にして、この世界で最初の魔導師。
不老不死の力を持って、この世界のことを知り尽くし、魔術の基盤を遺した賢者。
「はい?」
真顔で冗談言うのはよそうよ。とでも言いたいところだけど。
そしてこの場に唐突に現れたのは。
「ほほほ、やっぱり、私の託した古文書は正しかったようですわね」
やんわり微笑むあどけない顔。桜色の着物の姫君。
どうして、この人がこんなところにいるんだ。
「美弥乎姫・・・・・?」
「ごくろうさまですエクセル、これでやっと、ユグドラーシルに潜伏することができましたし、更には念願のロストブックスの封印を解くことができる。あならの働きのおかげです」
以前見かけたような長く引きずる着物ではなくて、アルティメイトでよく見るような洋服に似た衣装で、帯だけが美弥乎姫の国で見たものに似ていた。
「いいえ、この程度のこと造作も無いことです。全ては美弥乎様のために」
エクセルは、何のためらいも無い足取りで彼女の元へ歩み寄る。小さな姫君の足元へと、恭しくひざまずいた。
見ていて頭が真っ白になる心地がした。エクセルの背中をじっと見ていたけど、こちらを振り返る素振りも何も無い。一瞬のうちに他人になってしまった。
どうして、あたしだけがこの場で取り残されているの。
「どういうこと・・・・・」
「簡単なことですよ、彼、竜族は昔から、我が東の国と親密な同盟関係にあるのです。知らなかったのですか、北の魔導師。愚かなこと」
愛くるしい桜桃のような唇から、ころころと鈴が転がるような声で笑い声がこぼれてくる。
「ロストブックスを手に入れて、この世界を全て私が統治するのが私の目的です。第二の賢者になるのはこの私。
何それ。どういうこと。
意味がわかんない。
「嘘だよね、エクセル、変なこといわないでよ」
笑い飛ばしてやろうと思ってるのに。笑うに笑えない。
「だって、約束したじゃん・・・・・・」
いろんなとこ、遊びに行こうって。
楽しいこといっぱいみつけようって。
連れていってくれるって言ったじゃんか。
「そうだよレフラ、僕は君と出会って、君に近づき、君の信頼を得た。
君は僕の言うとおりに、自らパンドラを集めて、ロストブックスが封印されたこの場所にたどりついた。
全部僕の計算どおりだよ。最初からね」
「え・・・・・・」
「まだ気づかないなら、今のうちに教えてあげるよ。
レフラ・・・・・・二千年前に姿を消した、大賢者ビッグバンは、君自身だ」
大賢者ビッグバン。
伝説では、昔、黒い太陽が地上に落ちてきて世界が暗闇になり、人間が地面に這ってかろうじて生きていたときに。
星の光を見つけて、「魔術」という力を見つけたという、アルティメイトの創始者にして、この世界で最初の魔導師。
不老不死の力を持って、この世界のことを知り尽くし、魔術の基盤を遺した賢者。
それが、誰だって?
「あたしが、二千年前の賢者・・・・・?」
「イザベラは、うまく君に隠し通していたようだね。彼女の血統は、当時から続く、賢者を支えた魔導師の血統だからかな。ずいぶんと、大賢者の残した教えに忠実なようだ」
塔の扉が開いた瞬間。
何か、ぷつんと糸が切れるような音がした。
それは、自分の内側から聞こえた。
「それも、これで終わり。
これから新しい歴史が始まるんだ」
どうかこの世界が、変わっていきますように。
誰かがそう願って、この扉を閉めた。
それは、あたしだ。
「あ・・・・・・」
アルティメイト。
どうか、この空が。
どうか、この地上が。
数千年の後も、ずっと・・・・・・。
「封印は、解かれた」
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