☆
これは、一体いつの日のことだったか。
何気ない日常。きっと、そんなはずだった。
「いかがなさいましたか、賢者アルティメイト」
交わされる会話。
何千年かの時間を経て、頭の中に蘇る。
「別に、いい天気だなぁと思ってさ」
返事をしているのは、あたしだ。
自分の中の記憶が、過去と現在を混同して、渦を巻く。
「イザベラ、ちょっと暇だったらさ、お茶でも飲まないか」
「はい、ご用意します」
あたしに向かってお辞儀をしているのは、若い少女の魔導師。
ああ、あたし、この子知ってる。
別にそんなに堅苦しい礼なんてしなくていいのに。
夢を見ているあたしの意識が、当時の自分へと戻っていく。
退屈だったんだ。
塔から見える空の色が、あまりにも、何も変わらなくて。
あたしはこの世界を整えて、作り上げて。
やれることはもうほとんどやってしまった気分になっていた。
本当は、この空の色が偽物だと知っていた。
いっそ全部忘れてしまいたかった。
真っ暗だった、あの空の色を。
全部、あたしが作り変えた。
「ところで、考えてたんだけどね」
「はい」
「そろそろ、あたしも必要ないなって」
「・・・・・・・・・・」
お茶を傾けながらそう言うと、当時のイザベラは、目を瞬かせていた。
「そんなこと仰らないでください、アルティメイト」
「まーまー、あんただから言ってるんだよ。あんたももう気づいてるでしょ。あたしはもう、やれることはあらかたやりつくしちゃって、満足したんだ」
でも今のままだろ、あたしが本当にやりたかったことができないんだ。
もうこの世界のこと、知り尽くしちゃったんだよ。
あたしが欲しかったのは、こんなもんだったかなぁ。
「あたしのわがままを聞いてくれないか、イザベラ」
あたしは魔道を極めたときに、不老不死の魔術を手に入れた。
だから、滅びることはない。
今のままでは、あたしはこの賢者の地位から降りることはできない。
自分が自分でいられないなんて、そんなの、死んでるのと同じなんだよ。
この世界と同じ、暗闇を隠すために、最大限に表面を取り繕って築き上げただけのものだ。
もう一度、白紙に戻してみたい。
「千年の後には目を覚ますよ。あたしの持っている、賢者としての記憶と、知識と、魔力を、全部封印し終えたあとにね」
飽きちゃったんだよなぁ。自分がいるこの場所に。
もう一度、まっさらな状態から歩いてみたい。
賢者の知恵と知識なんて、いろいろと、あたし一人が抱えておくには危険でもあるし。知らないほうがいいことも沢山ある。
そんなものよりも、もっと単純な、あたしの望み。
「賢者なんかじゃなくてさ、普通の少女として生きてみたいんだよ。
あたしのわがままを、許してくれないか、イザベラ」
そうして、全部手放した。
自分の中の、知識と記憶を、封印して鍵をかけた。
いつかまた目を覚ますから。
そのときにもし、世界が傾いていたら、責任持って力を貸すからさ。
願わくば、あたしなんかがいなくても、平和に廻ってる世界であってほしいな。これだけ苦労して作り上げたんだから。
そのためにあたし、頑張ったんだからさ。
暗ければ、明るくなるように灯を。
独りでいるなら、この手を。
遠くにある星にも、あたしのこの光が届きますように。
もっと、強く強く輝くから。
点と点を結ぶと線になる。
散らばっていても、一つに繋がる。
☆
あたしが目を覚ますと、そこはベットの上で、傍にはルルーナがいた。
オーディーン、のようだ。ここは。
一体いつ気を失ってここへ運ばれたんだかわからないけど。
瞬きを数度繰り返して、ぼんやりと開く視界に飛び込んできたのは、見覚えのある天井。そして、ルルーナの切迫した、瞳。
あーあ、目、覚ましちゃったか。
封印していた記憶が戻ってきた、この現実へ引き戻される。
「レフラさん・・・・・・」
「あー・・・大丈夫大丈夫。生きてるよ。一応ね」
即座に何か口を開いて言いかけるルルーナを、軽く首を振って制した。
頭がガンガンする。吐き気がする。些細な物音や声でもけっこう響いてしんどい。しばらくは勘弁してほしい。
言いたいことはわかってるから。
「ルルーナ、ロストブックスは・・・・・・」
「ええ、ユグドラーシルの敷地内に、突然、巨大な塔が現れて・・・・・・、美月竹国の姫君が中へ入っていったということなんですが、詳細はまだわかりません。
あの、それよりも、レフラさん、あなたにお聞きしたいことが」
「わかってるよ、わかってる。大体わかってるから。
あたしが、賢者アルティメイトだっていうことだろ」
ルルーナは絶句して立ち尽くしていた。
そんなに驚かれたってなぁ。あたしだってびっくりだわ、倒れちゃうくらいに。
「本当・・・なんですか?」
「さぁね。でも、思い出しちゃったんだもん、残念ながら。そんなふうに覚えてるんだ、仕方ないや。封印解かれちゃったからなぁ。あー・・・超だるい」
あたしは、埃まみれになって絡まった髪に指先を入れて掻きながら、もう一度、ごろりとベットの上に転がる。
起きると考えたくないことが山積みになってると思うと、もう少しこうしてだらけていたい。
ただでさえ、頭の中は二千年分の記憶の洪水でごちゃごちゃだ。死ぬほど頭痛い。
「あまりにも突然で、私も信じられなかったものですから・・・・・。
イザベラ総督があのような様子でなければ、私もとても」
はっと、重要なことを思い出した。
ばねに弾かれたように、再度勢いよく上半身を起こす。
「イザベラ・・・・母さんは?」
夢の中にも出てきた、あたしが記憶を封印する前の記憶だ。無視することはできない。
イザベラ。もしかしたらあたしはその名前で呼ぶべきかもしれない。
でもあたしが、記憶を封印していた、つい最近までの呼び方のほうが、あたしはあの人のことを呼びやすかった。
「・・・・・・母さんは、今どこにいる?」
木を失っていた間に見た、夢のことが思い浮かんだ。
いや、あれは夢じゃない。
二千年前の記憶だ。
賢者アルティメイトと呼ばれていたときの、あたし自身の。
起き上がってすぐに、母さんの・・・・・・イザベラ校長の部屋へと向かった。
「母さん」
なぜ、あたしが、イザベラ校長のことを母さんと呼ぶのか。
それはもちろん、彼女が昔、地下で一人さまよっていたあたしを見つけて、拾って養女にしたためだ。
もしそれが違っていたとしたら?
なぜ、イザベラ=オーディーンが地下に来ていたのか。
それがそもそも、あたしを探すためだったとしたら?
あたしが地下にいるんだと、最初から知っていたのだとしたら?
あたしが言い残した言葉の通りに、あたしを見つけるために。
二千年前にあたしが、そうしてくれるようにと頼んだからだ。
☆
イザベラの部屋は暗かった。
明かりが無いとかそういう意味じゃなくて、それ以上に沈み込んだ空気がした。
そこにいたのは、あたしの知るイザベラ校長じゃなかった。
枯れ枝のような老婆に姿を変えていた。
部屋に入ってきたあたしに気づいて、ゆっくちとこちらへ振り返る。
思わず目を背けたくなるような、変わり果てた顔にかかっているのは、いつもつけていた黒のヴェールじゃなくて、プラチナブロンドからただの白髪に変わった髪。その合間からあたしを見据えるのは、ライトブルーの瞳。この眼だけは変わらない。
「母さん・・・・・・」
「封印が、解けたのでしょう?」
あたしが来るのを待っていたのだろう。椅子に座って、薄明かりが差し込む窓辺の横に腰掛けて、そして、こちらを見ている。
声は静かに低く、落ち着いていた。この声も、以前のままの声と変わりは無い。
「見苦しい姿でごめんなさいね。私を守ってくれていたのは、本来、アルティメイトが私に残してくれた長寿の魔術・・・・
ロストブックスの封印が解かれて、それも保てなくなってしまったのね」
「母さん・・・・・・」
「賢者アルティメイト」
何から話せばいいのかわからずに、ただぼんやりとたっているあたしに、イザベラが、突き刺すような鋭い声で、その名前を口にする。
「私は、今のあなたをどうお呼びすればいいのかしら。
封印が解かれて記憶を取り戻したあなたを。
本来の名前か。それとも、あなたがそう望んだように、アルティメイトの呼び名を忘れて、レフラと呼べばいいのかしら」
袖からのぞくのは、しわだらけの手。
そして、星が瞬くような、強い威厳や生命力のオーラはどこにもなかった。
ぐったりと疲れたような、痛々しい様子でそこに座っていた。
「ごめんなさい・・・・・・」
「何を謝るのです、アルティメイト。謝らなくてはならないのは私のほうだわ。
あなたが望んだことを果たしてあげられなかった。
絶対に、ロストブックスの封印が解けることがないように、守りたかったのに」
間違いない。
それは、二千年前の、あたしの言葉。
イザベラ。
私が再び、あの箱を開けることがないように。
どうか私のわがままを聞いてくれないか。
私にどうか。
自由を。
そんなことを願ったから。
今ここに、この時代に。
賢者ではないあたしがいる。
「なんてばかげた話だろうかなぁ・・・・・・」
バカだ。
あたしは、本物のバカた。
賢者なんてうそつきだ。なんて、愚かな。
「あたしが望んだこと・・・・・・か。そうだったね。そのとおりだわ」
イザベラ。
あたしが姿を消した後、あなたはあたしの約束を守って、あたしが再び現れるのを待ち続けていた。
記憶を自ら捨て去ったあたしは、ただの無知な子供に過ぎない。
あたしが抱えてる膨大な魔力が、何かのはずみに外に出てしまわないように。
何かのきっかけで、禁断の箱を開けてしまわないように。
あたしが賢者に戻ってしまわないように、遠ざけようとしていた。
「アルティメイト・・・
東の姫君はきっと、ロストブックスを手に入れて、アルティメイトを独裁するつもりでしょう。
止められるのは、あなたしかいないわ」
禁断の箱は、開かれてしまったのだ。
☆
高熱と吐き気がおさまらない。
これは何だろう。頭痛が止まない。
レフラとして普通に過ごしてたときは、風邪一つひかない健康優良児だったんで、なんだか新鮮な感じだ。
いっそ笑えちゃう。
ドアが軋む音。
誰かが入ってくる。
戸惑いの表情で、ルルーナがそこに立っていた。
「いいよ、気にせず入ってきて」
ベットに横になったままで、顔だけ向けて話しかける。
「レフラさん、具合は・・・」
「どうってことないよ。何もせず休んでいられる分、具合が悪いほうがマシみたいだ」
「タオル、かえましょうか」
「ああ、ありがと」
解熱の魔法とかあったかなー。ないよなー。
昔、不老不死とか言われてたときって、具合悪くなったとき、どうしてたんだっけ。
今の自分に、当時の記憶量というか、千年分くらい抱えてた知識のキャパシティに、自分の体力や精神力が追いついてない。はっ。随分とヤワになったもんだわ。
それだけ昔と比べて今の生活が気楽で平和だってことだよね。いいじゃんいいじゃん。いや、体壊すのはあんまし良くないけど。
「何か食べたいけど、みんな吐いちゃうんだよねー・・・。数日たてばきっと体が慣れると思うんだけど。頭ん中、いろんな記憶が時系列無視してぐちゃぐちゃでさ。横になって休んでるうちに、少しずつ順番に頭の中整理されてくるんだけど」
「封印が解けても、二千年前の賢者アルティメイトに戻るというわけではないんですか」
「変な言い方しないでよ。戻る戻らないも何も、あたしは自分がアルティメイトだって忘れた状態で生活してただけで、根本的なとこは何も変わらないと思うわ。あたしはあたしだし。性格とか考え方とか。いきなり別人に変わるわけじゃないよ」
熱があってかなりしんどいけど、話し相手がいたほうが気が楽かもしんない。
「あなたは・・・本当にアルティメイト?それともレフラさんなんですか?」「さぁ、あたしもわかんないや。
でも、あたしは間違いなく、賢者アルティメイトって呼ばれてたらしいよ。だって、思い出しちゃったから。悪いね。神様みたいに崇められてる伝説の賢者なんて、実際はこんな、つまんなくていい加減で自分勝手な一人の人間だよ。
あたしが昔やったのは、アルティメイトの土台を作っただけ。あとは知らない」
「どうしてそんなに平然としていられるんです・・・。あなたの残したロストブックスが、全部奪われようとしてるんですよ?!
あなたがかつて築き上げたこのアルティメイトだって、もしかしたらこのまま、東の姫の独裁に堕ちるかもしれないのに」
「あーー、そうだねぇ、そうなったら、レポートとか進級試験とかもう、あたし関係ないかなぁ」
「アルティメイト、何はともあれ、あなたがいにしえの賢者だというなら、どうか我々は力をお借りしたい。ロストブックスが奪われるなら、アルティメイトの統制の基盤が崩れる」
総督のレオドも駆け付けた。
「いいんじゃない?それでも。ちょっと政治が変わったって、人が生きていけなくなるわけじゃないし」
「・・・レフラさん!」
「・・・うるさいな。あんたたちは誰も知らないだろう。昔、魔法がまだ見つから前、空も地上も真っ暗でさ。本当に、何もないつまらないとこだったよ」
だから、変えてやろうと思った。
こんなところで、地面にはいつくばって終わるのは嫌だ。
わずかな希望を探すように、星の光に手を伸ばした。
あたしをこんなところに閉じ込めないで。
一人にしないで。
「・・・ごめん、少し休む」
膨大な量の記憶が蘇ったためか、しばらくの間、高熱を繰り返した。
まるで拒絶反応のような。
*
同じことばかりが頭の中を巡っている。
一緒に遊びに行こうって。
この世界の姿を見に行こうって。
風を切って、空を翔けて。
光を追いかける。
エクセル。あんたといると楽しかったよ。
「ばっかだなぁ、あたし・・・・・」
って。この独り言も何回目だって。
本当にアホらし。
「やる気でないなぁ・・・・・」
今日も見えるものは同じ。オーディーンの中のあたしの部屋。
ときどきルルーナが様子を見に入ってこようとするけど、無理やり追い出している。
連邦の偉い人や魔道師が、パンドラをどうするか話しあって騒がしい。
でもそんな話聞かされてもどうでもいい。
どうしてだかさっぱりわからなかったけど、あたしが始めて味わっているこの感情は、喪失感と呼ぶらしい。
一体、何を失くしたって?
ああ、すっかり騙されたよ、竜族め。
消えてしまったものはもう戻らない。
仕方がないんだよ。
『レフラ、魔法が使えなくても、レフラにはできることがあるだろう?』
ああ、そんなこと言われたこともあったっけ。
窓の外には、蒼い空が広がっている。
こんなもんだったっけ。
どうして、こんなに虚しいんだろう。
あたしが望んでいた空の色だったじゃないか。
「大賢者ビッグバン、君が封じた智は危険なものだ。
再度封印することをオススメするよ。
君がアルティメイトを築く前の世界に戻りたくなければね」
再びあたしの前に現れたピエロが、腹の立つ口調で、こんなことを言う。ぬけぬけと。
くそう、悔しい。
肝心なことが何一つ思い出せない。
あたしは、この世界に生きて、一体何がやりたかったんだっけ。
楽しかったはずのことが、何もわからなくなっている。
あたしにできることなんか、何一つ無いよ。
ただの役立たずだよ、あたしは。
魔法も使えない。
知識なんか何一つ役に立ちはしない。
あたしに、できること・・・・・・?
そんなことをぼんやりと考えながら。
部屋の中をふと見渡すと。
見覚えのある、銀色の四角いものが視界に入った。
ぽつんと、飾りのように置かれていた。
エクセルの使ってた、ポケットコンピュータだわ。
特に何も考えず、手に取った。
開いてみる。
自動的に電源が入って、何も障ってないのに、ディスプレイが光った。
『 レフラ 』
一瞬、体に電流が走ったような気がして、その場にコンピュータを落としそうになった。
声が、聞こえた。
聞きなじみのある、あいつの声が。普段、当たり前のようにすぐ傍で何度も何度も聞いていた、声。
確かに、あたしの名前を呼んだ。
手のひらの大きさにも満たないような画面に映し出されたものは。
今あたしが、会いたくて会いたくてたまらなかった、憎らしくて優しい、相方の顔だった。
気がつくといつもあたしのすぐ傍にいた、柔らかい微笑だ。
『 ごめんね。驚いた? 』
わずかに肩をすくませて、心なしか、申しわけなさそうな顔を見せる。まぁ、それでもいつもの見慣れたポーカーフェイスだけど。画面の中にいる顔なので、どんなにヘラヘラしてようと、そうそう文句も言えやしない。
電子音独特のかすかなノイズと反響音を含ませながら、至極落ち着いた調子で、画面の中のそいつは、あたしに向かって、語り始める。
淡々と、淡々と。
まるで時計の秒針が進むような速度でゆっくりと。
『レフラ、君がこれを手にしているということは、やっぱり僕が意図していたことが起こってしまったんだと思う。だから、君がこのメッセージに気づいて受け取ってくれることを願って、これを残すよ』
聞きなじみのある優しい声が語りかけた。
*
小さなディスプレイに映し出された、相方の顔。
見慣れた穏やかな微笑。
『 レフラ、今の君は、この世界のことをどのくらい知っているのだろうね。
賢者の記憶の封印が解かれたあとならば、アルティメイト創成前と言われる、かつての地球の姿を君は知っていたかもしれないと思うよ。
レフラ、もっと詳しく話しておくね。
昔、この世界が、黒い太陽に覆われたと言われる時代のことを、僕は知っているんだ。正確には、僕のオリジナルがだけど。
僕は、二千年以上昔、この世界に住んでいた人間達が、未来に希望を託して遺したクローンの一人だ。
まだ君が生まれるずっと昔にね、大きな戦争があって、この世界は壊れてしまったんだ。まともに人なんか住めないくらいにね。
その中でもかろうじて生き残っていたのが、僕達、竜族と呼ばれた一部の人間。
平たく言うなら、当時の科学者達。彼らは、人間の寿命を研究していた。
大気圏と宇宙の中間のステーションに避難して、大戦で破壊された地上の様子をずっと観測していた。
今のままでは、地球は元に戻らない。かつてのように、人が暮らすことはできない。
そう判断して、彼らは、何千年あるいは何万年か後に、また地上が以前のように人が暮らせるようになるまで復興するときが来るのを願って、定期的に地上を監視するためのクローンを作ったんだ。
そして僕は、1051番目に地上に降りたクローンの一人。
僕の役目は、地上の様子の観察。
そして。
この地上に以前のように、竜族が暮らせるようにすること。
ロストブックスと言うのは、あれは前史の遺産のことだよね。
あれは文字通り、禁断の知識だろうね。科学と呼ばれたその技術のために、地上は一度、滅んだのだから。
レフラ、僕は、この地上に降りて生活して、アルティメイトの暮らしも悪くないと思っている。むしろ、好きだったよ。
不思議だね。竜族は、自分達以外には人間はもういなくなったと思っていた。
でも、人間って意外と強いんだね。
呪いのような汚染された空気の中でも、人は生き残っていた。
そうしてレフラ。
君が現れた。
僕達が壊してしまった世界の中に、光を取り戻そうとした、賢者アルティメイト。
人は、もっと生きたいと願ったときに、とても強い力を発揮するんだろうね。
君が見つけた星の魔力は、僕達竜族には想像もつかないものだった。
レフラ。
その力を、どうか、君自身で守ってほしいんだ。
ロストブックスなんかもう必要ない。
レフラ。僕が一番君に伝えたかったことを、今から話すよ。
レフラ。きっと君は、みやこ姫の真意を知ったところだろうね。
そして恐らく僕は、何か君が傷つくことを言ったかもしれない。ごめんよ、レフラ。あれは間違いなく僕だけど、少なくとも君が知る僕ではない。
僕のオリジナルだ。
僕は、この世界の様子を観察してオリジナルへ報告するために用意された、1051番目のクローンだ。
役目が終われば、記憶・・・得たデータを全てオリジナルへ移行して、個としての活動を放棄する。
はず、だったんだ。
でも僕は・・・オリジナルとは違う。
君と出会ってしまったから。
レフラ。
こんなことを伝えても、君を戸惑わせるだけかもしれない。
でも、僕の正直な気持ちだよ。
もう一度、君と会いたい。ただのデータの抜け殻じゃない、僕として。
できればどうか。
助けてほしい 』
☆
メッセージが途切れて。
あたしは、しばらく動くことができなかった。
目から涙が溢れて、頬から大きな雫がいくつもこぼれた。
あたし、今までに泣いたことがあったっけ。もしかして、初めてかもしれない。
これが、罠でないという保証は、どこにもない。
偽物かもしれない。嘘かもしれない。作り事かもしれない。
それでも、あたしは。
きっと、信じていたかったのだろう。
今までの楽しかった出来事、過ごした時間を。
嘘だと思いたくなかった。
エクセル・・・・・・、あたし、あんたのこと、もう少しだけ信じてもいいかなぁ。
この小さな箱に残された、あいつの声が、言葉が。いつまでも、あたしの中から離れない。
あんただけは、あたしが本当に欲しかったものを、知っていたんじゃないか。
退屈でたまらない毎日に、何かを加えて、打ち壊してほしかった。
何年も何年も、何十年も、何百年も、前から、何千年も前からずっと。
生きることはずっと、同じ毎日の繰り返しだった。
だけど、あたしはあんたと出会った。
会いたいよ。
もう何でもいい。
会いたくてたまらない。
退屈でたまらない日常。
だけど一人じゃなくて二人なら。
越えられなかった地平線だって越えていける。
空の果てのその先だっていける。
同じ日常が、たちまち色を変えていく。
天と天が繋がって、線になって、星座を描くように。
沢山のつながりが広がっていく。
あたしはそれが欲しかったんだ。
・・・・・・面倒くさいことを四の五の考えるのは、もうやめた。
あたしはいつでも、自分のやりたいことを貫いてきただけだった。
いろんなことで混乱してたけど、やっと思い出したよ。そうだ、それがあたしだ。
もう何も写していないコンピューターの画面を、静かにたたんだ。
マント、どこに置いたっけ。脱いだままほったらかしだっけ。取りに行かなきゃ。