時計の針が、また一週してきたらしい。
今日で何回目だか忘れたけど、一時間後とに時間を告げる音が、ボン、ボン、とわめいている。
あー・・・そろそろ午前終わったところかな。
マクラ代わりのクッションに、うつぶせになって抱きつきつつ、起きようかやめようか考え中。
起きたって、どうせすることないしなー。
酒飲んで、TV見て、またごろごろするくらい。
おととい買ってみた苺酒が、けっこう美味かったんで、今はそれが一日の楽しみっちゃ楽しみだけど。
それも、起き上がって取りに行くのが面倒だから、こうしてごろごろしている。
あー・・・・・・・・・・。
やっぱもうちょっと、寝よ。
こうしてうだうだしていたから。
歩み寄る足音を、すっかり聞き逃していた。
突如。
ベッド代わりのソファの上から、ふかふかと横たわっていた自分の体が、宙に浮いたことに気づく。
ぎょっ。
いや、気づいたときにはもう遅い。
どべしゃん!
これでもかと言わんばかりに、投げ出された体は、重力の作用によって床に叩きつけられる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
声にならないうめきをあげつつ、しばらく悶絶する。
唯一の救いは、とっさに宙で、受身の姿勢を取っていたことだ。
そうでなければ、顔を打つか、首か腕をひねっているか、とにかく、かなりもっと痛いことになっていたはずだ。
寝ぼけ半分でも、一応目を覚ましていてよかった。
「これで起きたかよ、カーローザ」
「いったあああああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜・・・!!!
あんたねぇ・・・・・・なんつー、非人道的な人の起こし方すんのよ! フィーモ!!!」
「嫌なら俺が来る前に起きてろ、このグダグダ骨無しのクラゲ女」
――これでようやく、目が覚めた。
カーローザの転がる床の前に立っているのは、白い髪の少年。
見た目は10歳くらいにしか見えない。しかし、青緑色の瞳は、狼のように鋭い眼光を秘めている。ただ立っているだけでも、彼の持つ威圧感は尋常じゃない。
イライラした声で、彼は言葉を続ける。
「大体お前、今日から仕事が入ってくるってことを忘れてるだろ」
「ああ?」
フィーモの声に負けず劣らず、カーローザは不機嫌な声をあげる。
投げ出されたソファの下で、寝起き特有の機嫌の悪さで、ぐしゃぐしゃと髪をかきながら、じろりと彼をにらみ返す。
「仕事ぉ・・・? あーそっか。忘れてた」
「・・・・・・・・・てめぇなぁ」
寝起きの頭を覚ますため、濃い柑橘系のカシスを、思いっきり冷たい氷水で割ったものを、一気にのどに流し込む。
まだ半開きだった目が、ようやくまともに開いた。
そうそう、仕事だった。久々に。
留学生が来るから、案内・世話・教務を担当しろとのこと。
・・・・・・めんどくせ。
「えー・・・。フィーモ、あんた代わりに行ってよぉ」
「ばかいえ。俺は、人に何か教えるような仕事は向いてねぇんだよ」
鋭い眼の間の眉間の皺が、よりいっそう深くなる。
トントントン
戸が音を立てた。
「あー、いないいない」
「居留守使うのにわざわざ返事してる馬鹿がどこにいるんだよ」
ここに。
と、内心で返事をするうちに、代わりにフィーモが戸を開けてくれた。
現れたのは、紺色のローブを引きずり、長い髪を揺らしている、女生徒。
「あの。カーローザさん・・・」
再びソファで仮眠をむさぼろうとしていたところだが。
この声が届いたとなると話は別だ。
無視できる相手ではない。
・・・・・・やれやれ。
「私です、ルルーナ・アイオライトです・・・。少しだけ、お会いできませんか」
「名乗らなくていいよ。声聞きゃわかるんだから」
コトリ。テーブルに置かれたグラスが固い音を立てた。
けだるさを振り払うかのように、首を振りながら髪をかきあげた。
「何の用だい」
ルルーナは、出入り口のところで、少し戸惑うように立ち止まったままだ。
声の向こうの、カーローザが奥に居る部屋は薄暗く、足元がよく見えないため、入る者は必然的にそうなる。
別に入ってくる用件のあるような者も、ほとんど来ないわけだけれど。
ぼけっとしたまなこで返事を待っていると、戸口に立つ、ルルーナの更に背後から威勢のいい声が飛んで来た。
「・・・・・・あーもう!何ぐずぐずしてんのさ!!こちとら、さっさと済ませて帰りたいんだっつーの!!!」
おや?
聞きなれない声だった。
覇気に満ちた、若い女の声。
声の当人は・・・そう叫び倒すと、ルルーナの後ろから、ぐぐいっとルルーナを押しのけ、部屋の暗さに躊躇することなく、ずかずかずかっ!と中に踏み込んでくる。
部屋が薄暗いのは、実は、汚く散らかった床を隠すためで、うかつに入ってくると、何かしら物かゴミを踏むかつまづくかで危険なのだが、入ってきた彼女は気にしていない。
ずんずんずんと足を踏み出すごとに、がしゃがしゃと妙な音がする。明らかに何か踏み壊して蹴飛ばしているはずなのだが、その勇ましい歩調は変わらず、平然としている。
そして、あっというまに、ソファにだるだると身を寄りかからせている女のもとへとたどり着いた。
「あんたが、寮の管理人ってやつ?」
何なんだ。こいつは。
カーローザは、八割のけだるさと、二割の興味を持った眼差しで、やってきたその人物を眺めた。
久々に、酒のラベル以外のものを面白いと思って見聞した気がする。
戸口のほうから、ルルーナの焦った声が弱弱しく聞こえてくる。
「すみません、カーローザさん、この人は・・・オーディーン学院から来た留学生で、レフラさんといいます。寮の管理人にご挨拶をしなければならないと、事前にご連絡があったそうで、それで、ここまでご案内して来たのですが」
困ったようなか細い声が、わたわたと近づいてくる。
めったに入ってこない部屋なので、追ってくるべきかどうしようか、戸惑っているのだろう。
・・・・・ああ、なるほど。
仕事。
コレ、か。ふうん。
出向かなくても、こっちから来てくれたわけね。らぁっきぃ。
ふぁぁ、と、あくびをしながら、留学生をもう一度見上げる。
「何なんだこいつは」
・・・とでも言いたげな、思いっきり軽蔑した目線が自分に注がれている。
軽蔑?何が?
・・・ああ、だらしないって言いたいんだな。ほっとけ。
特に気にしない。無視無視。
・・・ごあいさつねぇ。ああ面倒くさい。
ムシしてこのままごろごろ寝たいわ。
でもこれが”仕事”だから仕方ないか。
たとえ、形だけであろうとも。
「・・・ユグドラーシルにようこそぉ、留学生。あたしが、ここの管理人の、カーローザ・ザナイエル。26歳。、独身」
間延びした声で、ひとまず自己紹介する。
ふーっと息を吐くと、甘ったるいアルコールの香りがふわんと吐く息に混じる。
「寮のあまった部屋のどれかが、アンタの部屋になってるはずだよ。てきとーにすごして、てきとーに授業受けな。
・・・・・・案内は以上。じゃあ、おやすみぃ」
「以上って・・・・・・・・おいおいおい!」
『以上』を言い終わったところで、また、やっと起き上がっていた体を再度ソファに横たえようとする。
途端、留学生が、抗議の声をあげた。
「何さぁ・・・もう眠いのよ、さっさと帰ってよ」
「あたしは!『管理人』から指導してもらえって言われたのよ!それだけ?!説明それだけ?!どんだけ無責任なの!!」
「るっさいなぁ・・・。頭にガンガン響くような声で言わないでほしいわぁ」
「酒の飲みすぎでしょうそれあんた!」
「指導なら、今したじゃなぁい。てきとーに過ごして〜って」
「あーもう、じゃあいい!本当に勝手に過ごすからね!こっちこそ面倒だわ!」
と、勝手に来て、勝手に出て行った。
・・・なんだ、あれ。
オーディーン・・・・ああ、そういや、そんなところもあったな。
わざわざこんなところに来なくてもいいだろうに。
とりあえず、面倒くさい。
「あ・・・お酒、無くなった」
つぶやいても、誰もいないので取ってくれない。
フィーモもいなくなってしまった。
はは。
ぱしっときゃよかった。
ごろん。
とりあえず。
寝る。