ユグドラシールは、世界で中心となっている大きな都市。

一昔前までは,当然のように、世界の中心といえば、北の中心『星輝の北(ブライト・ノース)』オーディーンだったのだが。
近代化による魔術の発展によって、今ではウィズドム・コアが台頭してきた。


星の光が、力の全てだったのはもはや過去の神話の話である。











ルルーナの研究室の、更に奥に進んだ部屋。
入るなり、目に飛び込んだ大きなものに気をとられて、レフラはぽかーんと立ち止まって『それ』を見上げていた。
部屋の奥で、巨大な球体が回っていた。
なんだ、コレ。
ぱっと見で、青とも緑とも、茶とも灰ともつかない色。
全体に、紋様や、記号のようなものや、線が複雑に描き込まれている。


「不思議だと、思いますでしょう?」


穏やかな声に話しかけられて、レフラはつい口を半開きにしてぼーーっとしていた自分に、ようやく気づいた。


はわっ。やべ。
これじゃまるで、初めて都会に来た田舎者みたいな反応だわ。


「そう・・・だな。で、ルルーナ、このばかでっかい置物、何?」
「星です」
「・・・・・・へ?」


星。
と、聞くと、普通は、天の光を想像するだろう。
この得体の知れない、でかくて丸いものを指して『星』と呼んでも、それはまるで、ニボシとかウメボシとかと同じ次元のものに聞こえてしまう。(※美月竹国産品の珍味)


「はい。『星』です」
「・・・・・・・・」
「・・・・と、いう仮定を立てて、今、研究を進めてるんですよ。レフラさん」

ふふふ、と。
レフラのしかめっつらを見て、ルルーナは柔らかい笑い声を立てた。カタリ、と、手元で陶器のティーセットがテーブルに置かれる音が鳴る。
この国の人たちはそんなにお茶が好きなんだろうか。それとも、ルルーナがよほどお茶が好きなのだろうか。
来客でなくてもかなり上等のお茶を頻繁に飲んでいるように思う。


「私は、神話の研究をしています」


金髪の魔導師と、黒髪の賢者。
この二人の少女達が向かいあった空間で、そんな不確かなものの代名詞のような言葉が出てくると、少しばかり奇妙な感じがした。
違和感・・・というよりは、何かの予兆のような胸騒ぎ、とでも呼ぶべきだろうか。

「へぇー・・・アルティメイト最大の学術都市ってゆーユグドラーシルで、どんな小難しい研究してるんだろうと思ったら、なんだって神話? そんな原始的なものをさ」
「えへへ、よく言われちゃいます。・・・オーディーン出身のあなたからにまで言われるとは思いませんでしたけどね。
 まぁ、お茶でも飲みながら、少しだけ話を聞いてはいただけないですか。
 少なくとも、延々と講義を聞いたり、数学の方程式の課題を解いたりするよりは、多少面白いと思うんですけど」

・・・なるほど、ね。
そう言われたら、確かにどんな突飛な話だろうとも、退屈で頭痛くなるような勉強よりかはマシかなーと思える。
聞いてて眠くならない限りは。

座って、白い陶器のお茶のカップを手に取り、傾ける。赤みがかった、薄い琥珀色。不思議な色をしている。それにクセの強い香り。
口に含むと味は悪くない。初めて口にするような味だけど。
気持ちがふわふわしてくる。何のハーブのお茶なんだろう。美味しい。

「そうですね・・・レフラさんは、今、『神話』という言葉を聞いて、何を思い浮かべましたか?」


ルルーナが、ティーセットと一緒に持ってきた小さなシュガーポットを引き寄せて、ふたをはずす。
中には雪の結晶のような白い花が入っていた。砂糖漬けのお菓子のようだ。透明感のある砂糖の粒がキラキラして綺麗だ。
一つ、二つと丁寧にすくい取って、お茶に浮かべた。砂糖がさらさらとお茶に溶けると、とても甘い香りがする。
砂糖と花と、お茶と、全部の香りが調和して湯気に乗ってふわふわと漂っていた。


「んーーと・・・・・・、北極星が世界を創った、っていう話?」
「ええ、それが一番、端的で一般に広く知られている『神話』の定型ですね」


この子は微笑むとき、少し首を傾げるくせがあるらしかった。ふわふわと微笑を浮かべると、肩へと乗っている長い黒髪がさらさらと揺れた。小さな花が風に揺れているようだと思った。
漆黒の綺麗な髪・・・そういえば、東のあの国にはこんな、夜空よりも真っ黒でつやつやした髪の人が多かったような覚えがある。美月竹国の姫君とも友達だったし、あの国の出身なのか・・・あるいは、縁のある出身なのだろうか。
と、レフラはかぷかぷとお茶を口に含みながらぼんやりと思いめぐらせていた。


「ユグドラーシルで伝えられている内容と、北で知られている伝承とは、少し違いがあるかもしれませんね。これから話す研究の内容にも関わりますので、少し、その定型の『神話』をおさらいしておきましょうか。あの、研究しているとはいっても、私はほとんど独学で、正しく北の魔導師の方から北の星のお話に関して教わったことは無いので、もしかしたら間違っている箇所もあるかもしれないのですが、そのときはどうぞ訂正してくださいね」
「へいへい」

お茶の香りは、なんとなく、イザベラがよく使っている香に似ている気がした。
(あ・・・かーさんのこと思い出したらいきなり眠くなりそうな気がしてきた・・・大丈夫かなあたし)


話の途中で眠ったとしても、ルルーナならばイザベラのように怒ったりはしなさそうなので、少し気が緩んでいるので、なおさら眠ってしまいそうな気がする。
そんなレフラの心配をよそに、ルルーナは、幼い子供に子守唄でも聞かせるような穏やかな声音で、『星』の神話を語り始める。


紛れも無くそれは、レフラが幼い頃から幾度と無く、母・イザベラから聞かされていたものと同じ物語だった。










この世界の話をしましょう。黒髪の賢者はかく語る。

始め、アルティメイトには光は無かった。”黒い太陽”が支配する世界は、混沌が渦巻いていた。
力の無い弱い存在、人間が普通に住める土地ではなかった。星の光の無い世界では、人は皆、彷徨う盲人。
闇に生きる醜い邪な生き物、黒い爪や牙を持った、ゴブリンやボギー達が、地の底や谷の合間に唸りを轟かせてひしめいていた。

”黒い太陽”から少し離れた場所、光を隠した澄んだ闇の彼方の裏側。
宙(そら)を旅する七色の風があった。七色の風は、遠い星たちにこの乱れた世界のことを告げた。
星の光が届かない場所が、この暗闇の彼方にあると。
そして現れたのが、北極星の光。
邪悪な暗闇に彷徨う生き物達に、星の光を与えましょうと。

人は、星の光を”力”に換える手段を手に入れた。それが”魔法”。
その力を最初に北極星の神から授かり、荒れ果てていたこの地上に君臨したその人こそ、アルティメイトの創始者、伝説の大賢者。
今なお伝えられる彼の名は、アルティメイト=ビッグバン。
力なきか弱き生き物であった、人が、この地の上天の下で生きる道を築いた、伝説の人。

なぜ、天には星がめぐるのか? それは、天の中には、あの大きな光を動かすほどの膨大な”力”があるからだ!
ならば、その星の光の”力”を、どうにかして人の手中に治め、操ることはできないものか。

大賢者・アルティメイト=ビッグバンは、北極星の神から、星の光を授かった。
それがこの世界で呼ぶ最初の”魔法”であり、事実上、大賢者アルティメイトは、この世界で最初の『魔導師』だった。

『創星者』と呼ばれる大賢者・アルティメイトは、この世界をまず上下に区切って四層に分けた。
天仰層、白明層、鉱聯層、そして更にその下、星の光が届かない、ボギー達が住む地。
人を、星の光が届く場所に集めた。
これでもう、ボギー達に脅かされながら、怯えて土を食べて暮らさなくていい。光を浴びた露を飲めばいい。

そして大賢者・アルティメイトは、光の露を飲ませた人間に、星の光を操るための”魔術”を伝えた。
地を照らす光、星獣を従える光、ボギーから身を護る光、露を集める光、土の上に草を育てる光、風を生み出す光、温かい火を生む光。
人が生きていくために必要不可欠な、全ての光。
光の庇護を受けるこの地では、”魔術”がなければ人は生きられない。
人が人として存在できるのは、星の光があるからだ。

大賢者は、この地上を、より人が住み良い場所にするために、魔術を伝えた人間の中から『賢者』を選りすぐり、この世界の統制を築いた。
魔術をより伝えやすいように系統化させた。
その名残が、現在の『五つの礎』。創星の時代から築かれた学術都市。


これが、世界の始まり。


北極星を中心にして、世界は星と共に廻っている。
誰も、そう信じて疑わない。
それが事実なのだと信じている。
今日も、世界は星と共に廻っている。


だが、近世になって、世の賢者達は、願い始めた。
「もっとこの世界のことが知りたい」と。



夜空をいくら見上げても、星たちは無言のまま何も語らない。




この世界のことが知りたい。

始まりはどこにあったのか。
なぜ人という生き物が存在するのか。
天はどこにあるのか。
地は何から出来上がったのか。
時間は常によどみなく流れ、過去と未来を刻む。
光があり、闇がある。

何もかもが不思議でたまらない。
もっと、この世界のことが知りたい。

まだ見ぬ世界の未知は、無数の星の光に等しかった。














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