レフラは絶体絶命の危機に陥っていた。
ユグドラーシルで授業を受けるようになって、早々にしてレフラは、山のような課題に頭を抱えていた。


「発狂させる気かーーーーー!!! こんちくしょーーーー!!!」


切なる叫びも、もはや誰にも届かない。
ましてやここは、単身で乗り込んできた留学先。助けてくれる同級生さえ一人もいないのだ。
もし耐え切れずに逃げ出せば、即座にオーディーン学院のイザベラから厳しいお咎めが振ってくることだろう。
言語学、数学、地学、物理学、化学、気象学、法律、経済、政治、文献、etc。
分野も範囲も事細かに並べられ、休息する隙も無く延々と講義は続く。


魂を削り取られるような心地がした。机の傍らに積み上げられる参考書類を前に、レフラは声に出して絶叫する意欲さえ失っていた。


ムリムリムリムリムリ!!! こんなもん絶対無理!!!
なんだってこんなに山ほど習うんだ?!!


まず言語学。
アルティメイトの中心である、ノース・ユーロ・オリエント・コアの四連邦では、言語はほとんど共通語だ。しかし、地方では一部、独自の言語が独自の文化の一部として残っている。
過去では地域によって全く言語がばらばらで、会話もままならないほどだったそうだ。古い文献などを見るとその様子が残っている。
つまり、古い魔術書を読むために、これらの今は使われてないような難しい言語を学ばなくてはならない。

・・・・・・エクセルがいてくれれば、こんなもん、翻訳のコンピューターにかけて楽勝なのにぃ・・・・・・。

なんやかんやいいながらも、文明の恩恵、万々歳。ということだ。

そして数学。
アホのように長ったらしい、小難しい公式のオンパレードだ。わかるはずも無い。使えるはずも無い。解けるはずも無い。
確率計算に、微分積分、円周率。ナニソレ。

更には。化学、物理・・・これらをここではひっくるめて原理学と呼ぶ。
世の中が成り立っている基本的な仕組み。これも魔法に関連する。たとえば、なぜ火は燃えるのか。風の力はどう作用するのか。物質の仕組みとは何か。何が可能で不可能なのか。
そういう基本的なことを把握する必要があるのだ。魔術を操る、魔導師というのは。
超ウザイ。ちょっと、ホントこれ、細かすぎて面倒でどうしよ、と思う。

歴史学。
・・・・・・・・・・・・・めちゃめちゃ眠い。マジ死ぬ。


(このままでは死んでしまう・・・・・・・・・)


居眠りを我慢するのも限界だった。


いいや。いくらなんでも、こんな状況がいつまでも続くはずがない。







ちょうどそう思っていた、そのとき。






「やぁ、だいぶまいってるみたいだねぇ、レフラ♪」


向かいから歩いてきた生徒が、すれ違いざまに声をかけた。


「え・・・・・っ」


今の「え・・・・・・っ」は、驚いた感嘆詞ではない。
名前を言おうとして、続きの言葉が出てこず絶句した声だ。


「お困りのようだから来てあげたよv」


赤茶色の髪、灰緑色の瞳。そしてこのノーテンキな口調の、へらへらとした軽そうな笑顔。見間違えるはずはない。


が、しかし。



レフラは・・・・・・ちょっと、反応に困って硬直して突っ立っていた。



(エクセル・・・・・・こいつ・・・・・・・

 女 生 徒 の 格 好 で 潜入してきやがった)



藍色の布地のローブに、金糸の刺繍が入った襟元。胸元には校章のブローチ。
前髪に入っている赤のメッシュは、この学校で生徒が学年を示す色。
女子はスカートで男子はズボン。丈の長さは各自自由・・・・・ミニでもロングでもそれぞれに。ブーツの種類もそれに合わせて選べる。


・・・・・・なんでわざわざミニ丈選ぶかなぁぁ・・・・・・。お約束というかなんというかッ!!!
しかも似合ってるのがなんか腹立つ!!!



「ここの学校ガード厳しいから、制服やら校章やら手に入れるの手間取っちゃったよ〜。ま、僕の手にかかればこんなものだけどさv
 まーいーよね、こんなカッコでも。
 あ、ちなみに、登録してきた名前は、エレクセトラ。エル、って呼んでくれていーよ」



何がエルだ。無性に腹立つ。とりあえず近寄るな。超ぶん殴りたい。














「なんでこんなに勉強しなきゃいけないんだよーーー・・・・・・」
「その台詞いい加減何度目かな、ふふ。そりゃあね、ここがユグドラーシルだからだよ」

答えになってない答えをさらりと返して、エクセルは淡々と(レフラの)課題のプリントの計算式を引き出している。

「オーディーンもさぁ、厳しいっちゃ厳しかったけどさぁー。
 なんなのさこの、
量に物言わせてる感じの課題の山は」
「そーだね」

ぴっと一線を引いた羽ペンの先を止めて、エクセルは軽く頬杖をつく。じっと紙面を眺めながら、ペン先がトントンとプリントの片端を弾いていた。

「確かにこれは面白いな」
「何が!! 面白いって何が!! あたしは勉強ばっかりで全然面白くないいいいいいい!!!」

レフラは苛立ちを爆発させながら、わしゃわしゃと髪をかきむしった。

「まーまーまー、レフラ、そう躍起にならないでさ。・・・レフラはそもそも、なんでこういったことを勉強しなきゃいけないのか、考えたことがあるかい」
「たった三分前に、あたし思いっきり『なんで勉強しなきゃいけないんだよーーー』って言ったじゃん!!! 首絞めるぞオイ。だいたいさぁ、いつも思うんだけど、勉強なんてさぁ、生きてく上で必要ないじゃん!!!」
「それが必要なんだよ。このアルティメイトという世界の上で生きていく人間にはね」

眼帯に覆われてないほうの、左の瞳がやや鋭さを増した。その灰緑色の瞳は、冬の森林を思わせる。
ふう、と軽く息をつくと、ぱっと手を離して羽ペンを転がした。

「お姫様がうんざりしているようなので、ここまで」
「おっ、もう終わった?!」
「あとでカンペ作っておくから、もし授業で当てられたらそれ見て答えるといーよ」
「やったあ!!」








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