少しレトロな商店街の、真っ直ぐな通りを抜けたところ。
ぽつんと絵本の挿絵のように佇む店がある。
看板に描かれている店名は、『うさぎ骨董品店』。
扉を押すと、ドアベルがカランコロンと音を立てた。



「たっだいま〜」
「おかえり、来地」



店番をしていた、琳吾兄ちゃんが返事をした。置時計を布で磨いていたところだった。金色のぴかぴかした卓上時計。



「あのなぁ・・・来地、いつも言ってるけど、帰ってきたときは店の入口じゃなくて、ちゃんと裏戸から入るように言ってるだろう」
「かたいこと言わない言わない。お腹すいたよ、おやつぅーー」
「あーはいはい、冷蔵庫にシュークリーム」
「ぃやったぁ!」
「二個あるけど、一個は悠の分だから、残しとくんだよ。あいつ今日は部活無いって言ってたから、もうすぐ帰ってくると思うけど」
「えー。早いもの勝ちってことじゃダメ?」
「ケンカになるだろ。やめろってば」
「ふぁい」


店内を突っ切って、奥の戸からリビングへ行く。
ソファの上に通学カバンを放り投げて、冷蔵庫へ直行する。


「あ。プリンもあるじゃん。プリン、プリン」


一人でつぶやきながら、プリンとシュークリームどちらとも手に取る。
育ち盛りの中学生だもん。お腹が空くのはしょうがないったらしょうがない。
冷蔵庫を閉めようとして、ふと、部屋の片隅に人の気配を感じて目をやった。


「そんなとこでつっ立って、何やってんの、達巳兄ちゃん」
「・・・・・んー、おかえり、来地」


戸棚の前あたりで、達巳兄ちゃんが無表情で佇んでいた。あんまり静かなんで、リビングに最初から居たことも気づかなかった。
普通の人だったらびびるかもしんないけど、同じ屋根の下で暮らしてる兄弟だから、もう慣れた。
よく見ると達巳兄ちゃんは、手に小さなお皿を持っている。


「もしかして、ノブナガの餌探してんの?」
「・・・・・うん」



僕が訊くと、兄ちゃんはこっくりと頷く。いつものことだけど、本当に口数が少ない。



「切らしてるって、琳吾兄ちゃんが言ってたかなぁ。買ってきてるかもしれないから、聞いてきてあげるよ」
「ん」


ちなみにノブナガというのは、達巳兄ちゃんがどこからともなく拾ってきたペットのウサギである。



夜になって外が暗くなった頃、ようやく悠兄ちゃんが帰ってきた。


「ただいまぁ・・・」


学ランの制服を来た悠兄ちゃんは、なんだか声が疲れている。
前髪にいつも止めているヘアピンも一本足りない。



「おかえり悠、今日部活だったのか? 夕飯、俺が作ったけど」



台所から、エプロンをつけた兄ちゃんが出てきた。
確か今日は本来は、悠兄ちゃんが夕飯当番の予定だったっけ。
リビングの奥から味噌汁の匂いがする。今日の夕飯は豚汁かな。
悠兄ちゃんは少ししょぼんとうなだれて返事をした。



「道に迷ってたおばあちゃんがいたんで、案内してあげようとしてたんだけど・・・・俺も一緒に道に迷ってた」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」



なんともいえない沈黙が流れた。
僕も兄ちゃん達も、悠兄ちゃんに返す言葉が思い浮かばなかった。
ここはポンと肩でも叩いて、「ドンマイ☆」とでも言ってあげるべきだろうか。
というかお腹すいたんで、先におかず食べててもいいかなぁ。



「7時からのM-1グランプリ決定戦見たかったんだけど・・・」



ぼそりとつぶやいている悠兄ちゃんに、琳吾兄ちゃんが隣にやってきて、ポン♪と肩に手を置いた。



「大丈夫、お前がそういうと思って、俺が録画スイッチセットしてやっておいたから・・・」


ガッターン!



琳吾兄ちゃんと悠兄ちゃんが会話していた傍らで、今、もんのすごい音が響き渡った。食器全部落としました的な。
見ると、達巳兄ちゃんが、手から食器を落としたままの姿勢で硬直して立っている。凍りついている。めっちゃ蒼白な顔してる。
とりあえず、嫌な予感しかしない。



「ごめんなさいマジごめんなさい本当ちょっと切腹してきますごめんなさい」
「いや切腹しなくていいからまず割れた食器拾ってっていうか何があったそれから先に言おうか達巳」
「いや本当ごめんなさい空気読めなくてすいません二人共ごめんなさい」


涙目になって床に土下座しようとしてる達巳兄ちゃんを、琳吾兄ちゃんと悠兄ちゃんが一生懸命なだめようとしている。
なんとなく察しはついたけど、さっき、掃除機を使おうとしてコンセント刺すところがなくて、DVDの電源を一度抜いたまま忘れてしまってたのだろう。




「大丈夫だってテレビ番組くらい気にしないから!」



悠兄ちゃんが焦ってそう言っていた。



なんやかんやで互いに兄弟思いで、それとなくお人好しな兄貴達がけっこう好きだったりする。
とか思いながら、僕は夕飯を前にまだわちゃわちゃやっている兄ちゃん達を眺めていた。
このどさくさにまぎれて、冷蔵庫に残ってるシュークリームこっそり食べてもいいかなと、一瞬思ったけど、さすがにそれはやめておこう。














-----------------------------------------------------




inserted by FC2 system