「1.ワイン倉庫の侵入者」
急がなきゃ。
早く燃料を手に入れないと、私の身体もじきに動かなくなってしまう。
もうあまり時間がない。
人の気配がする。誰か来たようだ。
こんな真夜中に誰も倉庫に入ってこないだろうと思ったのに。
作り物の心臓が、軋むように歯車を回している。感情と連動している機械の鼓動。
お願い、今だけは何の物音も立てないでほしい。
もし隠れているのが見つかったらどうなるんだろう。
「そこにいるのはわかってるよ。お願い、怯えないで」
そっと囁く声が聞こえた。
今のは私に向けられた言葉のようだ。
「僕は君を助けに来た。ミゼ……」
どうして。私をその名前で呼ぶの。
歯車が軋む音がする。極度の緊張で鼓動が乱れた心臓が、潤滑油の巡りを狂わせた。
ああ、燃料さえあれば、この程度のことで気を失わなくて済むのに。
柔らかい木綿の布地の感触が、肌を包んでいる。
この機械の身体で、意識を失うなんて、いつ以来のことだろう。
いいやそうでもないか。ちゃんと手入れをしないと、機械人形の身体は、生身の人間の身体よりもよっぽど壊れやすくて脆いものだと、自分でもよく知っている。
いいや、今はそれどころじゃない!
寝かされているベッドの上で、現状を確認しようと、そっと視線を周囲に巡らせると。
私の顔の真横で、幼い少年の顔が、じぃっと私の顔を覗き込んでいた。
「ひゃっ!」
「あ、起きた起きた。お兄ちゃん、お人形さん、起きたよ」
うっかりした……。周囲に誰かいるかどうか、動く前に感知すればよかった。
驚いて思わず声を上げてしまった。
「あ、よかった。勝手に目覚めてくれたかぁ。なら、壊れてるわけじゃなかったんだね。修理の必要はなさそうかな。よかったよかった」
のほほんと間延びした声が、少し離れたところから聞こえてくる。
「スープ温めたよ。飲む? 具合はどうかな?」
声の主は、一八、一九歳ぐらいに見える男の人だった。
顔だちも体つきも華奢で、中性的な印象を受ける。襟元まで伸ばした黒髪は、黒曜石のように艶やかな光沢をしていた。
柔和な笑みを浮かべて、湯気の立つお盆を両手に持って、私の寝かされているベッドへ向かってくる。
昨日、ワイン倉庫に忍び込んで、誰かに見つけられたところまで覚えている。
恐らく、その時の人影も、私をここへ運んできてベッドに寝かせたのも彼なのだろう。
でも一体何のために? ワインを盗もうとして、酒蔵に忍び込んだ私を、匿う理由が全くわからない。
もし考えられる理由があるとすれば、私の正体を知っていることしか。
「僕はスミス。心配しないで。君が気を失っている間に、燃料は補充しておいたよ。不具合がなければしばらくは問題なく動けると思う。だから安心して。勝手に、ごめんね」
私の心を読んだかのようなタイミングで、黒髪の彼……スミスは、私の表情を見て小さく苦笑した。
「僕は、機械ソムリエだ。だから怯えなくていい」
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(2017/6/11)
6・10〆切の短編に出したかった!はず!悔しいな!
意地でも一万字かきあげたい!!!