「2.機械ソムリエ」



機械人形が作られるようになった時期は、今からおよそ一五年前。
貴族の退屈しのぎとして、人間そっくりに作られた人形は、機械人形師達の優れた技術によって、人と同じように動き、言葉を交わし、笑い、良い話し相手になり、時に召使のように動いてくれた。
貴族たちは、愛玩用の動物を飼うように、あるいは希少な骨董品を集めるように、より美しく性能のいい、人間そっくりな機械人形を手元に置きたがった。

しかしあるとき。

ある貴族が、若くして死んだ娘を憂いて、亡き娘にそっくりな機械人形を作った。
それを見た別の貴族が、己の肉体が死した後も機械の分身となって生き続けたいと言って、自分にそっくりな機械人形を作らせた。

その頃から、貴族たちの人形遊びは、一種儀式めいた異常な執着を巻き起こすようになった。
人形が人間の代わりになるような、度を越えた人形遊びは、波紋を巻き起こすと危惧した国王が、死者の分身としての機械人形を作ることを禁じた。

しかし、自分の分身としての機械人形を求める者は後を絶たず、亡くした誰かの代わりのための機械人形も増え続けた。
良くない兆候と見なした国王は、機械人形を持つことを禁じ、機械人形を作らせることを禁じた。
当時、腕を振るっていた機械人形師達もいつの間にか姿を消した。国王が、人間よりも優れた機械人形を恐れて、国外追放したのか、あるいは秘密裏に皆処刑されたのではないかと噂されている。
ともかく、機械人形は十数年前に多く作られ、そのわずかな間にほとんど姿を消した。そのはずだった。


「機械人形師たちは姿を消したけれども、実は、機械ソムリエはわずかながらまだ生き残っているんだよね。ああ、機械人形に、燃料を調合する技術を持った人形師のことを機械ソムリエと言うんだけど。って、君にはわざわざ説明する必要はないかな。君も機械人形なら、そのぐらい知っているよね」
「ううん……。ありがとう。本当のことを言うと、なぜ急にお父様たちが、何も言わずに屋敷から消えてしまったのか、ずっとわからなかったの……」

スミスは私の身体に不調がないか調整してくれた。お父様から、自分の身体の調子を整えるための方法はある程度教わっていたのだけれど、それ以上のことは自分ではできなかったので、とても助かった。

「スープ飲む? ああ、もちろん人間が飲むためのスープと同じじゃなくて、機械人形の身体の内側の錆や埃を濯ぐための、洗浄湯みたいなものなんだけど。おなかの中がすっきりするよ」

促されるままに、私は差し出されたスープの椀に口をつける。ほんわり温かくて、美味しい。お屋敷でよく出してもらってたスープと味が似てる。

「へぇ。機械人形でも味がわかるの? それ、おいしい? ボクもひとくち味見してもいい?」

ベッドの横で私を見ていた小さな男の子が、興味津々に覗き込んでいる。人をじっと見つめる癖があるらしい。丸くてくりくりした大きな瞳が愛らしい。

「お。研究熱心なのは良いことだねテイル。ひとくち飲んでみる? 人が飲んでも害はない材料を使ってるからね。僕も、夕飯の材料が足りないときは機械人形用のスープを飲んだりしたなぁ。ははは。テイルも機械ソムリエになりたいなら、味見しておくといいよ」
「あの………」

おずおずと、声を出す。

「どうして、私が機械人形だとわかっても、お役所につき出したり、誰かに知らせたりしないんです……? だって、もし私が見つかったら、あなたたちが捕まってしまうのに」
「機械ソムリエの僕に、それを聞く?」

スミスは微笑む。

「君みたいに、隠れて生き残ってる機械人形が少なからずいるからね。そんな彼らを手助けしているんだ。機械人形だけじゃない、僕みたいな機械ソムリエや、機械人形師だってまだどこかに隠れているかもしれない」

そう言って、部屋の片隅にあった椅子を引っ張りよせて、ベッドに腰かける私に向かい合って座る。
テイルはテーブルでスープを飲んでいる。機械用か人間用かはわからないけど、美味しそうな匂いがしている。
同じ部屋に誰かがいる、というのも、よく考えたら久しぶりの居心地だった。

「さて、そろそろ聞かせてくれないかな。君は誰で、どこから来て、どうやってここに来たのか。君の素性を」

私は、深く息を吐く。


「お願い、助けてください、私の分身を……。私と一緒にお父様が遺してくれた、わたしと同じ機械人形が、もう一人いるんです」






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(2017/6/11)

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