トントン
不意に、扉を叩く音が響いた。。

「シャド・ロスリー殿、これはこれは、ご機嫌麗しゅう」

いきなり、古い名を呼ばれて面食らった。
シアンかあるいはカーマインが、出迎えて扉を開けるよりも先に、勝手に扉を開けて踏み込んできたのは、紫色のマントの男。
襟の刺繍は、王家の紋章。
一見人の良さそうな顔でにこりと笑う、その作り笑顔がやたら怪しい。年齢不詳のこの男は。
見覚えがないというわけではない。王宮錬金術師ティルディラン。
錬金術師は、ある程度の位を得れば、不老の生命の薬を操れるようになるために年齢不詳なのはよくあるが、この男の場合、善人なのか悪人なのか、快活なのか陰湿なのかもよくつかめない。
本性がさっぱり見えず、得体がしれない。

「実は、一人孤児を預かってほしいのたが、弟子を取ろうという気はないか?」

ネゼという子だ。
短くそう紹介して、ティルディランは自分の後ろについてきた彼を指し示す。
フードを目深に被った、紺色のマントにすっぽりと身を包んだ、小柄な何者かが、ティルディランの背後に、無言でたたずんでいた。置物のように静かだった。
視線を向けると、紺色のマントのフードの奥から、じっとこちらを伺う、暗緑色の瞳が見えた。
背格好から、十をいくらかすぎたくらいの子供だろうと思った。しかしその鋭い瞳は、心を閉ざした冷たい色だった。

「うちは工房で、孤児院ではないのだが?」
「まぁまぁ、お前のところには、どこからか拾ってきたのが二匹くらいいたじゃないか。あと一人くらい助手が増えても変わらないだろう、シャド殿」

そう言って、後ろに待機するシアンとカーマインの二人を目線で示してみせる。
シアンは来客用のティーカップにお茶を用意している。私にはコーヒーを。

「・・・・・・貴様にその名で呼ばれる由縁は、一切無いと思うが? 宮廷錬金術師殿。
 私はただの金細工職人、呼び名などさほど気にしてはいないが、ここではルグレと名乗っている。お目当ての人物とは人違いではないのかね」
「はっはは、このくらいの冗談で、それほどへそを曲げないでくれたまえ。マイスター殿。
 王宮を追放された錬金術師が、こんなところに隠れ住んでいたなんて、不憫な話じゃないか。
 それはいいとして、話を戻そうか。ネゼのことなのだが」

そしてわざとらしく腕を組みなおして、私のほうに向き直る。


「先日、唯一の身内を病で亡くしてね。
 錬金術の適性があると言われたので、見習いとして宮中に身を置くことになった。
 お前も知ってのとおり、古い王家の血筋を引く貴族の中には、稀に錬金術の適性のあると見込まれる者が現れるだろう。私もお前もそもそもそういう境遇だから知らないはずはないだろうが」
 
 ティルディランがどこの系統の出身かは知らないが、それは理解している。

「しかし困ったことに、ネゼが、頑として錬金術を学ぼうとしない。それどころか脱走すら数度試みている」

 仮に適性があると見込まれた場合、宮廷に出入りを許されるものの、錬金術師としてある程度の地位を得るまでの間は、ほぼ身柄を拘束されるに近いような、宮廷内での監視下に置かれることになる。
 望みもしないのに自由を奪われたと、思えないこともない。
 
「ほとほと、処遇に困っている。 そこで、お前の話が上がった」
「なぜそこで俺の話になるんだ。俺はただの金細工職人だぞ。宮廷とはそんなゆかりはない」


いい加減、私自身も話しているうちに、言葉遣いが昔に戻るというものだ。
一介の平民の職人風情と、宮廷専属の錬金術師とでは、立ち振る舞いを正さなくてはならないところだが。こいつは私が昔王宮にいた話も承知しているし、そのつもりで話を振っている。
こちらばかりがかしこまっていても面白くないし、腹立たしい。
仮に私が変わらず宮廷錬金術師として身を置いていたのなら、こいつのような軽薄な様子の男など絶対信用しないし話したくもない。


「そういうだろうと思ったよ。だがこれは、パレミア女王様より直々の通達である。お前なら断れないと、女王は仰せだ」

内心で舌打ちをしたい気分になった。女王まで話に噛んでいるのか。
我が物顔で話を進める、ティルディランの得意げな顔がますます腹立たしい。飲ませている紅茶に致死量のカフェインを注いでやりたい。

「そう悪い話ではないと思うんだがなぁ。お前にとって。
 一度は宮廷を追放された身とはいえ、既に先王は崩御している。 女王に申し出れば、身分を回復して宮廷に上がることもできるだろうに。
 宮廷錬金術師に戻るつもりはないのかね。シャド殿。
 そのときは、私の先輩としてぜひ教えを乞いたいものだが」

どこまで本気なのかそれとも茶化しているのか、堂々過ぎる皮肉なのか。あるいは全てか。

「馬鹿を言え。今更戻れるか。
 今の暮らしも身分も、それなりに満足している。もともとそんなに、華やかな場所や人との関わりは好きじゃない」
「それならけっこう。 この手紙を預かっている。錬金術師ルネ様より、お前に渡せとのことだ。 ネゼを頼みたいという内容だ。
 ネゼがあまりにも錬金術の修練を拒むので。師匠もお困りなんだろう」

と、一片の封筒を取り出して私の前へ差し出す。
蝋印には、王宮の紋章が浮かび、署名は見覚えのある筆跡で書かれていた。

「師匠まで絡んでいるのか」

そして、連れて来られた少年のほうを見る。 一言も口を開くことなく、黙ってこちらを見ている。
狼が、檻の中からこちらを見ているような印象を受けた。 隙さえあれば牙を向こうとしている。

昔の自分と似ているな。そう思った。

「わかった。師匠に頼まれたのでは断りづらいな。仕方ない。だか、俺に錬金術を教えさせろというなら不可能だぞ。せいぜい彫金の真似事を習わせるくらいだ」








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(2014/1/20)


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