・第十章







「魔法ってさ、どんなことができるんだ」


深い闇色の眼が尋ねてくる。
意思を持った青年の眼。この世を生き抜く本能を知る獣の眼だ。


「大きく言えば、たった一つ。・・・人をとりこにすることだ」


大勢の人間を一度に操る。聞こえるはずの無い声を届ける。目には映らない幻を脳に焼き付ける。鼓動の音を狂わせる。
全ては、歌声と音が創り出す魔力。


「人を、殺したりすることもできるか」
「場合によっては」



君が消えたいと望むなら
願うがままに
俺の魔法で応えよう
はるか彼方の世界へと漕ぎだす船を捧げよう



「死んだ人間を生き返らせることだってできるんだよ」



濃いブランデーの香りが鼻をつく。
目に見えない魅惑は、音楽に似ている。


さあ
君は


どんな歌詞を求めるか



















月が宙から堕ちてくる

ゆらゆら ゆらゆら 

揺れながら 溶けていく

七色に滲んでとても綺麗

死にゆく蜉蝣の透明な翅 

綺麗

くすくす くすくす

ささやく 子守唄



灰色の墓標に

白い幻を描く 光のカケラ


くすくす くすくす




「ねぇ・・・・・どうして・・・・・・悪い薬なんか、手に取っちゃダメよって言ったじゃない・・・・・・」



悲しみに歪むまなざし。
諦めの微笑み。

さまよってたどりついた先には、虚無の幻しか残らない。


現実を生きることを諦めた少女の体には、無数の黒い傷跡が残る。
こうなるともう、手当てのための薬は何も効かない。


リズは、少女の腕を取って、生きる痛みを刻み付けた跡を眺めながら・・・・・・治せない苦しみに捕われた人間を前にして、心が締め付けられていた。
また誰も、助けられない。

何の薬も、効かない。


「ふふふ・・・ねぇ、リズ姉さん、この灰色の街の向こうにはね・・・もっと楽しい世界があるんだと思ってたよ・・・・・・。
 そんなこと、ないんだねぇ。どこへ行っても、どこへ逃げても、同じ・・・・・・。

 一度でいい・・・・・一番幸せな夢が、見てみたかったよ・・・・・・」



至高の幻を見せてくれるという、黒い蝶に魅せられた。
はばたく蝶の燐粉は、現実と非現実を混じらせる。
理想と現実。夢と幻。心と体。
少しずつ狂わされて、崩れていく。



「ねぇ、リズ姉さん・・・・・あたしね、”魔法使い”に会ったよ・・・・・」

「え?」



悲しみに凍りついていたリズの瞳の奥に、刹那の火が灯る。



「あたしが見たかった蝶を、見せてくれたの・・・・・・アズラエル・・・・・・・。
 音が虹を描いて、渦になって流れて・・・・・・・・ふふふ、すごく、綺麗だったよ・・・・・・・・・」

「魔法使い・・・・・・」

「リズ姉さん・・・・・・お酒、飲みたいな・・・・・・何か、すごーく、甘いやつ・・・・・・甘くて、濃い、綺麗な色のお酒、作ってよ・・・・・・」


つらいことなんか全部忘れて、心地よく酔えるような。
そんなお酒を作って欲しい。

綺麗なリキュールを混ぜて。
水晶粒みたいな炭酸を弾けさせて。


甘い夢が。


見たい、な・・・・・・。



魅惑に誘う妖しい蝶を追って歩けば。
やがてこの世の果てにたどり着いて、黒い海に沈んで溺れていく。

そして消えてしまえばいい。


消えてしまえ。


何もかも。








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