・第二十七章





 リズの心臓を手に持って街を歩いた。
 どう歩いたのかすらよくわからない。けれど、足は自然とある場所へ向かっていた。
 私にはここしか来る場所が無い。いつも、ここに隠れていた。
 唯一、本当の私になれる場所。

 静かだった。
 何も見えない。何も聴こえない。
 なのに、心の中にあの音が響いてくる。
 トクン、トクン、トクン、トクン、と、打たれる鼓動の音。

 私が、殺した。

 これでよかったんだよ。
 これで私は助かるんだよ。

 そう・・・だから・・・作らなきゃ・・・・・・
 刻んで・・・溶かして・・・抽出して・・・・・・くすり・・・・・・
 私を、元の私に戻してくれる薬・・・・・・

 手に握る肉片からは、まだ、赤い雫が滴り落ちる。
 ほた、ほた、と。
 追いかけてくる足跡のように。
 私の後ろについてくる。

 私を逃がさないつもりなの。
 問いかけても肉片は何も応えない。

 治りたかった。
 そのはずなのに。
 狂わせてほしい。いっそ壊してほしい。
 何も考えずにすむように。何も考えたくない。
 だって。
 音が・・・・耳から消えない・・・ずっと聴こえてくる。

 ひた ひた ひた 
 
 血の雫が滴る音。
 広がって流れる音。


 誰か人の気配を傍らに感じた。


 「カルマ・・・・・・」


 どうして・・・
 あなたは、私が薬で壊したはず。
 私と同じ、死を招く蝶の夢を受け取ってくれたのに。


 彼は小さく微笑んだ。
 悪かった。僕はこんな薬は効かない。魔法使いだから。
 言葉を一切発しなくても、なぜか、そう伝えているのがわかった。


 「そう・・・・・・」


 セージ、マジョラム、カモミール。沢山の花。
 薬の原料になる花。  

 私、ここで何をしたかったんだっけ。
 何のために頑張ってきたんだっけ。
 
 生きたかった。生きたかったよ。
 こんなに苦しいのに。
 どうしてだろう。全てを失うほうがもっと怖い。
 この世界から「自分」が消えてしまうことのほうが怖かった。

 

 ねぇ。魔法使い。


 「何か・・・・、弾いてほしいな」


 あなたの魔法が聴きたい。
 心の色を変えてくれる音。
 

 あたしはここにいる。
 あたしはここにいる。


 心の軋みが奏でる叫び。
 生きることは必ずしも、美しい音色でなくとも。

 この心が。
 この体が。
 この命が。

 いつでも必死に声を上げている。
 この声が消えない限り。
 自分で自分を消してしまうことなんてできない。
 誰にもそんなことできないんだよ。

 
 生きることは理由じゃなく、理屈でもない。
 ただ「声」のあるがままに。


 この世界で息をする。





  











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