・第八章





さあ、”狩り”に出かけようか。


誘うは灰色の街を彷徨う獣の咆哮。
街は瓦礫が並ぶコンクリート・ジャングル。ここは時間と人の鼓動が狂った世界。
軋む、軋む、無意味な秩序。

そんなに焦るなよ。まずは酒を一杯。
煙草が欲しいならわずかな熱を。指先を擦れば、紅い、紅い、ひとしずくの焔が翻る。
飢えた舌が求める味は、どこへたどりつけば満たされる?

この声を聴かぬのならば。お望みのままに、葬ってあげよう。
砕けた灰色の墓標の下へと。派手なレクイエムを用意してやろうじゃないか。
人を喰う獣に敬意を表し、黒い蝶も今宵は美しく舞うだろう。

昏迷の灰色を、終末の漆黒に塗り替えて。
潔く弔われて、眠れ。
蝶を狩ろうとして、暗い夢に酔いしれた、獣達。

美しく歌うことさえ無い獣の声に、音の魔法を添えてやるほど、魔法使いは寛容じゃあないんだよ。残念ながら。



「カルマ」
「ああ?」
「ここってさぁ・・・地上の廃墟にはほとんど人を見かけないのに、なんで地下街ばかりが残ってるのかって、考えたことあったか?」
「そりゃあ」



返事の代わりに、口数の少ない相棒は、唇の両端を釣り上げて薄く笑う。

地下へと降りた入り口を覚えているか?
路地裏に隠された道から、階段を降りて降りて、橙の灯火を道しるべにして、迷宮のような道をたどる。

あれは、降りてくる者を迷い込ませるためにある。
狂った人間にはたどりつけない。


地下の楽園へたどり着けるのは、迷宮を正しく歩ける者だけだ。
蝶に魅入られた人間は、灰色の街の中を彷徨い歩いて、朽ちるだけ。


凍りつくような静寂を打ち破るのは、獣の唸り。
死した都会の埃っぽい空気を、濃密な血の匂いが彩っていく。


歌うも、聴くも、奏でるも。
訪れたこの世界が望むがままに。


「俺たちは『アズラエル』は持ってない。密売人を待っているのなら、余所へ行きな」
「ふうん、薬も持って無いのに、何しにきたの? あんたたち」


街を歩いていて遭遇したのは、数人の少年少女達。
俺達を、薬を売りに来た密売人だと思ったらしい。


「お前達は誰から『アズラエル』を手に入れた?」
「誰からでもないよ。奪ってきた」


空虚な微笑が返答に代わる。


「誰か、薬を持ち込むヤツがいないとこんなに薬が広まるはずはないだろう」
「それは昔の話だろ。血が薬に代わるんだよ。知らないの?」








*        *         *






なに・・・これ・・・・


通い慣れたはずの場所に訪れて、リズは一瞬思考を停滞させた。
どこか違う場所に来てしまっただろうかと。


黒く立ち込める血の匂い。


人がいた気配は一欠けらも残っていなかった。まるで何千年も前から無人の廃墟であったかのように。


サフラはどこへ行ったの?
ユーナさんは


・・・・・・”狼”が、来たんだわ。


チッと憎憎しげに舌打ちの声を放つ。


「・・・・・上等じゃない」


濃いアルコールは黒い脂を燃やす。
消えてしまえ、この世から。
そして、永久に暗闇に浄化されてしまえばいい。


あたしの大切なものを返して。


「出てらっしゃい・・・・・・」


あたしは逃げたりしない。
治さなきゃ。あたしが。この世界の病気を。

大切なあたしの居場所に巣食う、黒い獣を、打ち消して葬ってやる。
あたしが、病んでしまったこの街の薬になる。

血に飢えた、狼達。蝶に遊ぶ病人達。
人間の心にとりついて、快楽と死を与える、天使の姿をした悪魔。
紅いワインを注いで、フランベで美しく燃やしてあげるわ。





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