[ broken beat ]





・序章



とある世界の片隅。
何処にも行けない道の先、誰も来れない路地の奥。
何処にも繋がらない地下への階段を降りた先に、誰も知らない酒屋があった。

そこでは、二人の男が酒を飲んでいた。
二人とも、黒いコートと黒い上着、黒いズボン。一人は髪まで黒く、もう一人は濃い茶色の縮れた髪をしていた。
彼らは無音の中にいた。
少なくとも、その時までは。

誰もいない世界。誰も見えない空間。誰も知らない次元。
そこから届いたSOS(エマージェンシー)があった。

 ドクン ドクン  トクン ド クン ・・・・・・

カウンターに向かって左側の席で、薄い蜜色の酒を飲んでいた男が、ふと、グラスを傾ける手を止めた。
男の右隣に腰掛けていたもう一人の男も、その様子に気づいて飲みかけの酒を口から放した。
目を閉じていた。
何か、見えないものを見ようとでもするように。
あるいは、耳では聞こえないものを、人にはない力で受け取ろうとしているかのように。
男の持つグラスの中で、強いアルコールの香りが揺れていた。

「どうした、ラック」
「・・・・・・いい歌だな」

誰に告げるわけでもなく、呟いた。
右側の男の口元が、小さな笑みの形に歪む。
歓喜とも皮肉とも、哀しみとも呼べない、微妙な感情が浮かんでいた。

「『聴こえた』か」
「みたいだな」

そう言って、透き通るグラスの中に残った酒を一気にあおった。


 ドクン ドクン  トクン ド クン ・・・・・・

 『タスケテ』


空になったグラスを静かに置いて、閉じていた目を開く。

「ああ、呼ばれてる。行かないとな」
「了解」

右側の男は、唄うような調子で答えて、彼もまたグラスの中の酒を飲み干す。
血のような色をした液体が、一気に喉の奥へと消え、狂おしい強い香りだけが後に残る。

「カルマ、ストリングは持ったか」
「心外だな、こいつは俺の命だぜ、手放すはずがない」
「そうだな」
「お前こそ、酒で喉を潰してはいないだろうな」
「冗談。いつでも使えるさ」
「今度はどこだ」
「行けばわかるさ」
「帰ってきたら酒の続きだな」
「は。帰ってこれたらだな」

二つの黒ずくめの姿が、闇に溶けるように消えていく。
そして彼らは、扉を開く。







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