* 4 *
目の前に広がるのは、一面の小麦色。寂しい風の音色。
心の中にずっと、何度も何度も、響いてくる声。
忘れないでね。
忘れないでね。
忘れない。
絶対忘れないからね。
だから、ずっと待っててね。きっとまた、会おうね。
誰の声・・・・・・だろう。どこかで聞いたことあるような気がする。
幼い女の子の声のようだ。それと話してるのは、誰かなぁ。
どうしてこんなに、悲しげなんだろう。
それに、ここはどこなんだろう。
ああ、ぼんやりしてよく見えないよ・・・・・・どこだろう。
忘れないでね・・・・・・。
忘れないよ・・・・・・・・。
何を? これは、何の約束?
ねぇ、何を忘れないって? ちょっと待って。もう少し待って。思い出すから・・・・・・!
目の前に広がるのは、一面の小麦色。寂しい風の音色。
心の中にずっと、何度も何度も、響いてくる声。
☆
窓から差し込んでくる朝日の光が気持ちいい。
うとうと意識が浮いたり沈んだりしながら、ぼんやりと朝の明るさを感じる。
清潔な木綿と麻の布の匂いがする。
「こらこら、一日目から寝坊する奴がいるか」
不意に、聞きなじみの無い声が降ってきた。
え。一日目って、何だっけ。
そうだ! 仕事だ!!!
がばっ
反射的に跳ね起きた。
掛け布団を放り投げるような勢いで上半身を起こして、とっさに周囲を見る。
「おはよ♪」
知らないおにーさんがにこにこしながら立っていた。
「だれ?」
ちょっと半分寝ぼけてる気分で尋ねた。
「たまたまロカさんのところに注文の品取りにきてただけの者だよ。
今日から入った子が寝過ごしてるから、ちょっとついでに声かけてきてって言われてさ。仕事のついで」
はああああああああああああああああああああああああ????
「しまった・・・・・・やらかした」
初対面の男の人に、寝起きの顔見られるとか。
しかも寝坊してるから起こしてきてなんて、恥ずかしすぎる。
なるほど、ロカさんやり手だ。やってくれる。
もう絶対明日の朝から早く起きよう。
「下でサーナが、仕事の準備して待ってるよ。早く顔洗っておいで。ロカさんも朝食のパン用意してくれてたみたいだし」
「あう、ありがとございます」
「そんな、かしこまらなくていいよー。僕はアレフ。
話は聞いたけど、旅してる途中なんだって? 村長の父に代わって歓迎するよ」
かしこまってるわけじゃなくて、恥ずかしくてテンション下がってるだけなんだけど。
あれ? しかも今、『村長の父に代わって』とか言った?
村長の息子さんですかっ。
ぎゃああああ、爽やかなイケメンお兄さんなだけに、余計自分の失態が恥ずかしいっっっ!
何か目覚める前に、不思議な夢を見てたような気がしたけど、頭の中が吹っ飛んでしまって、忘れてしまった。
だって今日からお店の仕事教えてもらうんだ。
忙しいぞ! がんばる!!
☆
主に、糸の準備や製品の配達。あと、お店のお手伝い。
簡単に、そういうことばかり。やっぱり布を織るのは難しいんだわ、これが。
街の中を歩いてると、アレフがサーナに話しかけてる場面をちらちらと見かけた。
きっと気があるんだろう。笑。
でも・・・・・・あたしはなんとなく、サーナに声をかけてみた。
「ねぇ、サーナ、一緒に旅に出ない?」
どうしてだろう。サーナを誘いたくなってしまった。
きょとんとした目をされて、あたしは急に恥ずかしくなって、慌てて手を振った。
「あ、ごめん、本当に、ちょっとそう思ってみただけなんだけどね。一緒に旅して、いろんな街とか景色とか見て回れたらきっと楽しいなぁって」
「ありがとうチア、そんな風に言ってもらえるなんて思わなかった」
仕事中の手を止めて、サーナがにっこりと微笑んだ。サーナの笑顔はそよ風みたいだ。ふんわりしてて、温かい気持ちになれる。
「でも、ごめんね。私は、ここの街で暮らしていたいから・・・・すごく、私も一緒に行きたいなぁって思うのだけど」
「ううん、そうだよね。わかってるよ。本当に、もしサーナがよかったら、って思っただけだから」
サーナが本当に残念そうに言うので、なんだかあたしの方が申し訳なくなりながら返事をする。
引き続き、ポトゥンの綿を綺麗に分ける手作業に戻る。
「サーナも、この街が大好きなんだね。あたしも、ここすごく良い所だなぁって思うよ。皆優しいし、景色も綺麗で歩いてて楽しいし。
それに、作ってる織物もすごいよねぇ。うっとりしちゃう。こんなに綺麗な布を作れるってサーナすごいなぁって思うよ」
「うん。そうだといいんだけどな・・・・・・」
小さく微笑みながら、サーナの笑顔がほんの少し翳っていたように見えたのが気になった。
「サーナ、もしかして・・・・あんましお仕事好きじゃないの?」
「え、あ、ううん、そんなことないよ。もちろん大好きだよ。私の作るもので、ロカさんや街の人達が喜んでくれるならとても嬉しいし」
サーナは、あたしと目を合わせないまま、自分の動かしている指先だけを見つめていた。
傷一つ無いような真っ白な指をしていて、器用に綿を整えている。
「でも私、本当に、こういうことしてていいのかなぁ・・・・って、たまに思うの」
ほんの小さな声で、ぽつりと、サーナがささやいたのが耳に届いた。
どうしてなのかな。
いけないことをしているはずがないのに、何が、サーナにそんなことを思わせているのか、あたしには見えなかった。
でも、サーナの声と言葉が、哀しそうで・・・・・・。
つい、手を止めたまま、ずっとサーナの顔を見つめてしまっていた。
「ごめんね、チア。変なこと言っちゃったね。本当に何でもないの。気にしないで。少し休んで、お茶にしようか」
サーナが再び笑顔を取り繕った。
うん。サーナが話したくないならあたしも何も聞かないでおこう。
サーナが笑顔でいてくれるなら、あたしもサーナを信じてる。
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