「この地下室は、昔、私の曾祖父が、研究室として作ったと聞いています」
隠し通路を歩きながら、ルルーナが話す。
手には、蒼く輝く石の花を持っている。これが明かりの代わりになっているらしい。
「研究室をわざわざ迷宮に作る?良い趣味してるねー。何者あんたのじーさん」
「私もあまり詳しくありませんが、曾祖父は先代のウィズドム・コア総督だったと聞いています」
まるで他人事のように話す覚束ない口ぶりが気になったが、レフラとエクセルの二人は黙ってルルーナのあとをついて歩いていた。
「カーローザが行方不明になって3日かぁ。本当にこの奥にいるの」
「そう思います。私はカーローザさんからは、決してこの中に踏み込むなと言われていましたが・・・・・・」
探しにこずにはいられない。
何かがあったに違いない。
「私がこの隠し通路のことを教えてもらったのは、私が確か五つの時だから・・・、もう、十年くらい前になりますね。
その年に、祖父は亡くなりました」
レフラとエクセルを案内しながら、ぽつり、ぽつりと語り続ける。
「祖父は錬金術師と呼ばれていました」
「錬金術師?」
「魔法使いの称号の一つです。魔導師は、星の光から魔力を使いますよね?錬金術師は、石や土から魔力を引き出すんです」
そんな話を聞きながら、レフラは、ぼんやりとオーディーンにいた頃のことを思い出していた。
なんだ。魔法って、星ばっかりじゃなかったんだ。
「けど・・・・これは最近になって知ったのですが、どうやら私の祖父の研究は、ウィズドム・コアの総督を含めたアルティメイト四総督に疎んじられていたようです」
祖父は本当は、亡くなったんじゃない。
立場を追われて逃亡し、姿を消したんだ。
永い時間が経ってから、見え隠れしはじめた過去の真実は。
直視するには酷く苦いものだった。
「そして・・・その祖父の研究を引き継いで、研究を続けていた、弟子がいたそうです」
それが、カーローザだった。
ルルーナは何も知らされていなかった。
「祖父パラジギスが行っていたのは、四元素の研究・・・、それと、アルティメイトの魔術の研究でした」
この世界はどうして生まれてきたのか。
星の正体は何なのか。
そんな途方もないことを。
「歴史には裏があると・・・。祖父は恐らくそう疑っていたようです。
創世の大賢者・アルティメイトは、世界の基盤を創る仕事を終えると、自らの智の全てを、アルティメイトの世界のどこかに封印して姿を消したのです。
そのアルティメイトが封印した創世の謎と智の根源をたどる手段として、祖父は研究を続けていた。
更に、祖父がみまかった後も、引き継いだ研究をカーローザさんは何年もの間、続けていたそうです。
それが・・・中断されたのが、五年前」
「中断・・・?
ってゆーか、あのぐだぐだなカーローザさんが、何年も何年もまともな研究なんてできんの?」
「それはレフラさんが、現在のカーローザさんしか知らないからですよ。
あれでもカーローザさんは、十六歳の時にアルティメイトの賢者の称号を手に入れた、十年に一人と言われる天才ですよ」
「ええええええええええええっ?!!!!」
レフラは思わず叫んでいた。
あの、真っ昼間から酒ばっかり飲んで、ごろごろ寝てばっかりいて、『めんどくさい』が口癖みたいなあのオバサンが。
賢者?!!!
「あんなだらしない人でも、賢者になれるんだー・・・・」
「そんなはずないでしょう。以前までは、カーローザさんは今とは別人のようによく働く人だったんですから。そう、それこそ、五年前までは・・・・。
この辺はカーローザさんの個人的なことなので、私の口からあまり詳しくお話しするのは憚られますが。
とにかく五年前、カーローザさんの研究はぷっつりと中断したんです。アルティメイト四総督からの命令で」
「へぇ・・・その研究が何か、国の大事に関わることだったのか?」
口を挟んだのは、エクセルだった。
「・・・私が聞いた話はここまでです。ハーゼン教授が話してくれました」
「誰それ」
「ユグドラーシル教員の一人です。カーローザさんとは同期だと聞きました」
「その、五年前っていうのは一体・・・」
ぴたりと。
途中で会話が止まる。
何か不穏な空気を、この先の通路に感じたからだ。
ルルーナが、歩くのを止めて一歩後ずさる。
「何か、いる・・・・」
カサカサ
カサカサカサ
昆虫が這う音に似ていた。
石造りの壁と床に囲まれた空間で、不気味に響いていた。
カサカサカサ
通路を曲がった先から、姿を現したのは。
「出たな、モンスターめ」
レフラが、ぺろりと唇を舐めて前方に現れた『それ』を睨みつけていた。
歩く様子は、蜘蛛に似ている。
だけどその体には、蔦と木の根がねじり合わさったような、奇怪な人型の上半身が生えている。
「ひッ・・・?!」
ルルーナが小さく悲鳴を上げた。恐らくこういった不気味な生き物は、せいぜい教本の挿絵でしか見たことがないに違いない。
「な、何、これは・・・・」
「見たところ、植物から派生したゴブリン・・・あるいは人為的に作られたキメラ、マンドラゴラの一種かな。ルルーナ、君は下がってて」
キィィ、と呻く声がする。
カサカサ
カサカサカサ
一体だけではない。何体もぞろぞろと湧き出すように現れてくる。
「レフラ、氷の魔法は使えるか」
「氷?・・・・火炎系じゃだめなの?」
「広い場所ならいいが、ここは逃げ場が無い。焼き払うだけだと、僕らがこの先に進めなくなる」
「ちっ・・・面倒くさいなぁ!」
ばさりと、背中のマントを翻して。
レフラはポケットから蒼い石を取り出して、指先に当てる。
「北へ導くカシオペヤ。静寂の夜に安らかな子守歌を」
指先から、蛍のような光が灯り、示す指は虚空に星座の図形を描く。
蒼い石は細かい粒子のように砕けて、レフラはそれを、前方に現れた草木と蜘蛛が合わさった形のモンスターに投げつけた。
石の破片は、氷のつぶてになって霧雨のように降り注いだ。
ぴき
ぴきぴき ビキッ
群れて現れたモンスターは、周囲の壁ごと凍りついて動かなくなる。
「よし、楽勝〜」
「油断しないでレフラ、もしかしたらこの先、こういうのがもっと出てくるかもしれない」
ルルーナは、たちまち造り物のように動かなくなった氷漬けのマンドラゴラを目の当たりにして、しばらく呆然としていた。
「今のが、オーディーン流の魔法・・・?」
「そんなもんかな。あたし勉強嫌いだから、ちょっと我流混じりだけど」
「あと、僕がアイテム補強してるのもあるけど・・・まぁそれはいいか」
身動きできずにいるルルーナを、背中越しに振り返って、レフラがにやりと唇に笑みを浮かべる。
「まぁ見ててよ。学校の授業だのなんだのは正直散々だけど、こっちは実戦で慣れてるんだから。
教科書や参考書で例題と向き合ってるより、実際にこんなふうにとりあえず魔法使って試してみるのが一番役に立つってね。
この程度の雑魚くらい、まかせてよ」
☆
先代の賢者が、この地下研究室に人を近づけなかったのは。
単に研究を秘密にしたかったからだけじゃない。
迂闊に迷い込むと危険だということだ。
一歩一歩、壁に手を当てて慎重に進むのは、自分の今いる方向を見失わないためだ。
通路を進んで、そいつの存在に気づいた時。
最初、何かの影かと思った。
が、一歩一歩近づくにつれ、そこにあるのは物ではなく、ただ身動きせずじっと佇む人の姿だと理解した。
そしてカーローザは一度歩みを止めた。
目の前に現れた彼は、ただじっと佇むだけではなく、歩いて近づくカーローザを、無言で正面から眺めている。
何故、今まで誰も立ち入らなかったはずのこの地下室に、自分よりも先に入って、待ち構えている人間がいる。
考えるまでもない。
答えはただ一つだ。
カーローザの前に立ちはだかったのは、赤い髪の男。
よくよく見れば、年の頃はおよそ16、7ほど。まだ少年と呼んでもよさそうだ。
だが、油断できそうにないのが、その目つき。
鋭く射抜く冷たい両眼。
何の会話も交わさずとも、次第にカーローザは奇妙な寒気をその視線から感じとった。
「・・・あんた、ここの学校の生徒じゃないね。何者だい」
先に問いかけの言葉を発したのは、カーローザからだった。
だけど相手は誰何の問いには答えなかった。
「なんだ。真っ先にここへたどり着くとしたら、弟子のルルーナの方だろうと思ってたんだがな。噂ほどは怠け者じゃないようだな、カーローザ=ザナイエル」
発せられたのは、低い声。
凍りつきそうなほどの。
「そりゃどーも。どんなろくでもない噂だか知らないけどね。
あんたはあたしを知っているようだけど、あたしにはあんたみたいな知り合いはいない。まずは名前を教えてもらおうか」
「名前に何の意味がある?」
「そりゃああるさ。あんたがもしこの学校の生徒でなければ、ただの不法侵入者だ。名乗らないなら、そう決めつけるけど、それでもいいかい?」
プチン、と。
首に下げていたネックレスを、ちぎるようにして外して手に下げる。
これが、携えた魔力の杖になる。
日常の些細な雑用以外に杖を使うのは、何年ぶりになるか忘れたけども。
まさか使い方を忘れたわけではない。
「別に生徒になりすまして侵入したわけじゃないんでね、たいした意味は無いさ。俺はビリオンだ」
名前を告げる声を聞いて、カーローザはある確信を抱いてわずかに眉をしかめた。
「あんたの声・・・聞き覚えがある。あたしの研究室を荒らした、あの時の賊は、あんただね」
「だったらどうした」
黒いコートで全身を隠して、研究書を奪い取っていった侵入者。
あの姿が、目の前に立つ男と重なる。
かっと一瞬、頭に血が登る心地がした。
手に握るチェーンの先、鍵の形を象った杖。
しかし、カーローザが力を起こすよりも早く、
目を焼くような紅い火の粉が眼前を掠めた。
「?!!」
カーローザは咄嗟に身を翻した。しかしそれでも避けるのが遅かった。杖を握る右の手と、頬に焼けつく痛みを感じた。
「火炎の魔法か・・・」
チッと舌打ちしながら、苦々しく吐き捨てる。
掠めた頬のあたりを手で擦る。
火傷までは到ってないか。
髪が焦げた匂いが非常に不愉快だ。
睨みつけているカーローザを前に、赤い髪の少年は、眉一つ動かさず、涼しい表情をしている。
「ユグドラーシルの賢者か。あいにくだが俺はそんなもの何の興味もない。
形ばかりの研究を続けている馬鹿どもばかりだ。そんなお前達に、一体何の意味があるんだ」
何なんだ。この威圧感。
肌が粟立つような嫌悪と恐怖感を感じて、思わずカーローザは一歩後ずさった。
この気迫の正体は、魔力。
これほどの迫力(オーラ)を感じたのは、今までカーローザが会ったことがある中では、四大総督くらいしか・・・。
そんなはずはない。この少年は一体何者だ。
「カーローザ=ザナイエル。お前が先立って残した研究に敬意を表して、お前には俺達の目的を教えてやるよ。
アルティメイトは、俺がいただく」
再び、紅い炎の瞬きが、目の前にちらつく。
そして・・・・・・・。
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(2012/7/14)
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