・第十二章







リズは一人で、薄暗い路地を走り続けていた。
・・・・・・こんなにも静かなのに、頭の中でがんがん響いて聴こえてくる狂音がやまない。


人にとってかけがえのないものが欠落してしまったために、世界は狂って、壊れてしまった。



魔法使いは、語っていた。
その音色は、まるで月夜のレクイエム。


同じようなことを
強く思ったことがある


灰色の石畳を蹴る足音が、体の内側に響いてきて、心臓を叩く。揺さぶる。
ドクン ドクン ドクン ドクン


手に握っているのは、身を護る武器。手のひらに収まるような小さな拳銃。
違う。こんなものじゃない。あたしが手に入れたかった力はこんなものじゃない。
本当に必要なのは・・・・・・・・・・・・


体の内側で押し流されている血が、狂おしく激流する。


人にとって、本当に必要なものは何?
人の心を、癒すことができるものは何?


紅い激情が叫んでいる。


ひとしずくのアルコール
痛みを隠す麻酔薬
傷口に当てる緑の治癒
体の内側に溶け込む芳香


本当は、人は、薬なんてものでは癒すことができない。
治すことなんてできないのよ。

アトロピン、スコポラミン、レセルピン、キニーネ、ステロイド、アルカロイド・・・・・・

違う。そんなものじゃ効かない。
強い薬はただ、体に溜まって、毒になる。
人の心を癒す薬が必要なのよ。

癒す?
そんなものが、一体どこにあるっていうの。

コカイン? モルヒネ?

それも違う!!!
心を弱くするだけの薬は、薬とはいえない。



声が聴こえる。


癒されることのなかった病を抱えて、壊れかけた瞳をして笑っていた、一人の少女。
頭の片隅で決して消えることなく、何度も何度も反響し続ける。
耳をふさぎたくなる。だけど記憶の中の声は途切れることはない。



助けてあげたかった。



薬で治せないものはないと信じていた。それなのに。





「ねぇ、リズ・・・・・・・生きることを楽しくする薬ってないのかな・・・・・・・・・・」





心を治すことはできなかった。





やめて。
そんな絶望に満ちた目をしないで。
治してあげるから。
あたしがきっと、助けるから。



だからどうか。






「シュエ・・・・・・だめだよ、お酒飲みすぎだよ・・・・・・体壊すよ・・・・・・?」

「ふふ・・・・・・だって、楽しいんだもん・・・・・・頭が、ふわふわして・・・・・・」





負けないで。この世界の毒なんかに屈してしまわないで。
そんなあなたを見ていたくない。



ひとしずくのアルコール。
七色の幻想。
紅い血の中に溶ける酔い。



なんて美味しい薬。
美しい薬。









「助けてあげられなくて、ごめんね・・・・・・・、シュエ・・・・・・・・」









懺悔のリフレインはいまだ鳴り止むことはない。










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