・第二章







甘いアルコールの香りが空気に溶ける。



大きく砕いた氷を入れたタンブラー・グラスに、ジンとラム、そして数種のリキュールを静かに注ぎ、マドラーで軽くステア(かき混ぜること)する。
そして果物を添えて出す。


「どうぞ、あたしのオリジナルのカクテル」
「じゃ、君の瞳に乾杯v」
「えー・・・何その言い回し、ダサ・・・」


ここは、『メイキング・ジョーカー』のカウンター。
椅子に座って向かい側、カウンターの内側の棚には、さまざまな酒の瓶とおぼしき容器が、骨董品のコレクションのように綺麗に並んでいる。

リキュール、ジン、ラム、ウイスキー、テキーラ、シェリー、ウォッカ。
数十種を超えるさまざまな形のグラス。
テーブルに見えるのは、ロックアイスの容器、シェーカー、マドラーを刺した容器、ミキサー、果物、etc。

これだけ揃ってれば立派なものだ。

俺は、ジンをベースにした辛口のカクテルをいただきながら、店の様子を観察していた。

「まさか、こんな荒廃した街の地下に、こうも洒落たバーがあったなんてな。贅沢なものじゃないか」
「何言ってんの、バーじゃないよ」

俺に酒を出してくれた女、セミロングの黒髪の彼女は、けろっとした顔でこんなことを言う。

「ここはね、本来、薬屋なの」
「・・・薬屋ねぇ、これで?」
「まぁ、確かに、こんな風にお酒も出してるけどね」

今の言葉は、後ろから聞こえた。
もう一人のここの住人、栗色のウェーブがかった髪をした小柄な女。
俺に酒を出しているのと同じように、こっちの女はカルマにカクテルを作って出している。



カラララン
会話の合間に、氷がグラスの中でぶつかる、響きの良い音が耳に届く。
うーん、いいね、このメロディー。アルコールの香りも悪くない。


今、俺と話しているこの女は、リズ。
カルマと一緒の女は、サフラ。自分たちでそれぞれ、そう名乗った。


「・・・で、あんたたちは一体何者なワケ?」


リズは、釣り目気味の目を少し細めながら、遠慮ない口調で聞いてきた。
どー見ても怪しい、と、その目と声が語っている。
オイオイ、手を組もうと依頼したばかりの相手に、あんまりだろう。まぁいいけど。気持ちもわからんでもないしな。


「俺たちの”音”を聞いただろう、ふふん。俺たちはただのしがないミュージシャンだよ」
「ドラッグ密売人を吊るし上げようと、わざわざこんなところにまで来るのが、ただのミュージシャン? 馬鹿言いなさいよ」
「まぁな、『ただの』ミュージシャンじゃないさ。俺たちは音を操る”魔法使い”(ミュージシャン)だよ」
「ふーん。どのみち胡散臭いけど」
「あらら・・・」

このヤロウ。
胡散臭いの一言で、俺の親身な自己紹介を切って捨てやがった。

「今度は俺のほうから質問だ。リズ、サフラ、お前たちこそ何者だ。なぜわざわざこの地下街の中に、こんなカクテルバーもどきの薬屋を持っている」
「それこそ愚問じゃない」

黒い猫眼が、軽蔑するように更にいっそう細まって俺を見る。


「『アズラエル』が広まるのを少しでも食い止めるためよ」


俺は、出してもらったカクテルを口に含む。酒は強めだが、口当たりが甘い。
ぶっちゃけ、俺は、酒はもっとキツい辛口の方が好みなんだが・・・まぁいい。組み合わせがいいのか、これもなかなか美味い。


「へぇ・・・通称・快死のドラッグ『アズラエル』・・・告死天使の名を持つこの薬を、どうやって食い止めるんだ」


この街には、すでに狂気の歌が満ちている。
人の魂を狂わせる旋律の残響音が、空を灰色に変えている。

甘い不協和音を奏でているのは、告死天使。人を甘い誘惑で誘い、悪夢の眠りへと誘う麻薬。その名は『アズラエル』。
誰がつけた名前かは知らない。いつ頃、人の世に出始めたのかも知らない。
一度体に取り込めば、まさに天使に極楽へと誘われたような、極上の陶酔を得られるらしい。
しかし、その依存性はそれ以上の悪夢。天使の囁きは、地獄への鎖へと代わる。

必ず死が待つと知りながら、それでも人は『天使』を求める。愚かな夢に溺れて壊れていく。


「俺とそいつとで、ここの地下に降りてくる前に、上の街の様子は見てきた。正直、もう救いようがないんじゃないのか」


この空気を『歌』で変えられる気がしない。この会場は、パンク・メタルとレクイエムを同時に演奏しているような場所だ。
それでも・・・。
俺達がここに、『声』を探してきたのは事実だが。

きっとあるはずだ。
この空気に満ちる旋律を変えられる何かが。どこかに・・・。


「救いようがないなんて言わせない。あの薬さえ無ければ、人は無駄に死ななくて済むのよ・・・。病んでしまったら治療が必要だもの。そのためにあたしはここにいるの」
「治療のための『薬』を与えるってのか? 死への『薬』ばかりが求められているこの場所で」
「好きに言えばいいわよ。それでもあたしは、薬を作る」



この街には、狂気の歌が満ちている。
カクテルの魔法と、ドラッグの凶声、どちらが勝るか聞かせてもらうとするよ。




 グラスに注ぐ一瞬の快楽
 喉で溶けるひとしずくの希望
 唇を酔わせる七色の虹

 甘く心にささやく声は
 毒か薬か悦楽の
 灰色の光を切り裂き闇へと消える

 さぁはじめよう虚無の宴
 毒か薬か悦楽に
 孤独な髑髏が黄泉へと溶ける
 



・・・弦の歌声は、まだまだイマイチかな。










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