・第三章
地下室には薬がいっぱい並んでいる。
ハーブに、果実、木の根、刻んだ花の種。
これのどれを使えば、この苦痛はやわらぐのか?
世界の暗黒を、こんなもので救えるのか?
治してみせる。
あたしが、治してみせる。
痛みを。
苦痛を。
絶望を。
この手で癒してみせたい。
治したい。
治さなきゃ。
あたしにしかできない、きっと。
毒を薬に。
悲傷を治癒に。
そして少女は今日も暗い階段を下りていく。
闇に閉ざされた世界に希望を探して。
甘い逃避が舐めたいのならば
一滴の酔いを捧げましょう
苦い癒しが欲しいのならば
一服の気付けを飲ませましょう
あなたの傷に薬を擦りましょう
だからどうか
逃げないで諦めないで
世界の悪夢はまだ癒されない。
*
弦が軋んだ音を立てる。
ピシン、ピシンと。
「どうしようもないねぇ、こりゃ・・・」
ピックを握り、苦笑する。
なかなかうまくいかない調弦に、さっきからずっとてこずっている。
ひゅるり、と気の抜けた口笛のような、音の無い風が脇を通り過ぎた。
「何やってんのーーカルマーーぁ、果実酒の瓶運ぶの手伝ってくれるって言ったじゃないーーー」
サフラの声が、灰色の空の下をかけぬける。
「あれ。もしかしたら僕は使いっ走りに同伴させられたのかな」
「ふふふ、そうかもしれないね。まぁ、いいじゃない。でも、嘘は言ってないよ。『私達の仕事を見せてあげるから、ついてきて』って」
そして栗色の髪を揺らして笑う。
瓦礫の合間を縫うように、足を進めてたどり着いたのは、鉛筆のような細長いコンクリートのビル。
一歩中に踏み込むと、生暖かい空気が暗闇の中に淀んでいた。
昇る階段と、降りる階段がある。
降りる?
昇る?
サフラが進んだのは、上へ続く階段。
「ここに何があるんだ?」
カツン、カツン。
地下を歩くときとはまた一味違った音が、足の下で響く。
「何が?」
くすりと彼女が小さく微笑むと、不思議なことに、この場にそぐわないような甘い香りがどこからか流れてくる。
どこから? 世界の毒を癒すかのような、この香りは・・・・・・。
「『死を呼ぶ天使』の声を聴く人だよ。私を待ってるの。薬を、届けなきゃ・・・・・・」
カツン、カツン。
階段を昇る。ゆっくりと。
まるで悪い夢のような光景。もしもこれが本当に夢ならば、階段は永久に続くのだろう。どこへもいけない、ねじれた階段。
影になった階段の、サフラが歩いたその上に、はらはらと、何か鮮やかな色の破片が落ちたのが目に映った。
後ろからついて歩きながら、そっと、それに手を伸ばした。
ひらりひらりと、それはまるで、蝶のように。
「花・・・・・・?」
薄紅色の小さな、鮮やかな色の破片は、触れると柔らかく瑞々しい、花弁だった。
「それが、私の与える、『薬』」
サフラは、温かい笑顔を浮かべる。
まるで、優しいバラードの序章のような笑みだと感じた。
拾った花弁を、つまんだ人差し指と親指の先で撫でながら、思わずこちらも笑みが零れる。
ああ。これはいいかもしれないな。
指につまむ花弁を、数秒の間、ピックに換えて、かすかな花の香を弦にして弾いてみる。
目に見えないもので十分。
言葉に音の断片に、詞を与えて繋ぎとめるのと同じこと。
目に見えないものに詞を授ければ、それは『魔法』に変わる。
*
貴女に花をあげましょう
毒が甘く香る花束を
病んだベッドへ捧げましょう
横たわる貴女へ散らしましょう
狂った夢から目覚めぬ貴女
哀しい微笑は何を見る?
高い笑い声は誰へと届く?
青ざめた細い白い手がつかむのは
愛しい人の手でしょうか
死神が差し出す骨でしょうか
貴女に花をあげましょう
毒を持たぬ白い花を
その手で触れて
蜃気楼の代わりに指で摘む
葉にこぼれる露が涙に代わったら
貴女の腕に包帯を
貴女の毒を除く薬を
ベッドの横に添えましょう
狂った夢から目覚めた貴女に
優しい微笑が戻るまで
温かい笑い声が戻るまで
貴女に花をあげましょう ・・・ ・・・
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