・第三章








地下室には薬がいっぱい並んでいる。
ハーブに、果実、木の根、刻んだ花の種。

これのどれを使えば、この苦痛はやわらぐのか?
世界の暗黒を、こんなもので救えるのか?



治してみせる。
あたしが、治してみせる。


痛みを。
苦痛を。
絶望を。


この手で癒してみせたい。


治したい。
治さなきゃ。


あたしにしかできない、きっと。


毒を薬に。
悲傷を治癒に。


そして少女は今日も暗い階段を下りていく。
闇に閉ざされた世界に希望を探して。


甘い逃避が舐めたいのならば
一滴の酔いを捧げましょう


苦い癒しが欲しいのならば
一服の気付けを飲ませましょう


あなたの傷に薬を擦りましょう


だからどうか
逃げないで諦めないで




世界の悪夢はまだ癒されない。



























弦が軋んだ音を立てる。
ピシン、ピシンと。


「どうしようもないねぇ、こりゃ・・・」


ピックを握り、苦笑する。
なかなかうまくいかない調弦に、さっきからずっとてこずっている。


ひゅるり、と気の抜けた口笛のような、音の無い風が脇を通り過ぎた。


「何やってんのーーカルマーーぁ、果実酒の瓶運ぶの手伝ってくれるって言ったじゃないーーー」


サフラの声が、灰色の空の下をかけぬける。


「あれ。もしかしたら僕は使いっ走りに同伴させられたのかな」
「ふふふ、そうかもしれないね。まぁ、いいじゃない。でも、嘘は言ってないよ。『私達の仕事を見せてあげるから、ついてきて』って」


そして栗色の髪を揺らして笑う。

瓦礫の合間を縫うように、足を進めてたどり着いたのは、鉛筆のような細長いコンクリートのビル。
一歩中に踏み込むと、生暖かい空気が暗闇の中に淀んでいた。
昇る階段と、降りる階段がある。

降りる? 
昇る?

サフラが進んだのは、上へ続く階段。

「ここに何があるんだ?」

カツン、カツン。
地下を歩くときとはまた一味違った音が、足の下で響く。

「何が?」

くすりと彼女が小さく微笑むと、不思議なことに、この場にそぐわないような甘い香りがどこからか流れてくる。
どこから? 世界の毒を癒すかのような、この香りは・・・・・・。

「『死を呼ぶ天使』の声を聴く人だよ。私を待ってるの。薬を、届けなきゃ・・・・・・」


カツン、カツン。
階段を昇る。ゆっくりと。
まるで悪い夢のような光景。もしもこれが本当に夢ならば、階段は永久に続くのだろう。どこへもいけない、ねじれた階段。



影になった階段の、サフラが歩いたその上に、はらはらと、何か鮮やかな色の破片が落ちたのが目に映った。
後ろからついて歩きながら、そっと、それに手を伸ばした。

ひらりひらりと、それはまるで、蝶のように。



「花・・・・・・?」



薄紅色の小さな、鮮やかな色の破片は、触れると柔らかく瑞々しい、花弁だった。


「それが、私の与える、『薬』」


サフラは、温かい笑顔を浮かべる。
まるで、優しいバラードの序章のような笑みだと感じた。

拾った花弁を、つまんだ人差し指と親指の先で撫でながら、思わずこちらも笑みが零れる。
ああ。これはいいかもしれないな。


指につまむ花弁を、数秒の間、ピックに換えて、かすかな花の香を弦にして弾いてみる。
目に見えないもので十分。
言葉に音の断片に、詞を与えて繋ぎとめるのと同じこと。
目に見えないものに詞を授ければ、それは『魔法』に変わる。
















貴女に花をあげましょう
毒が甘く香る花束を
病んだベッドへ捧げましょう
横たわる貴女へ散らしましょう

狂った夢から目覚めぬ貴女
哀しい微笑は何を見る?
高い笑い声は誰へと届く?

青ざめた細い白い手がつかむのは
愛しい人の手でしょうか
死神が差し出す骨でしょうか

貴女に花をあげましょう
毒を持たぬ白い花を
その手で触れて
蜃気楼の代わりに指で摘む

葉にこぼれる露が涙に代わったら
貴女の腕に包帯を
貴女の毒を除く薬を
ベッドの横に添えましょう

狂った夢から目覚めた貴女に

優しい微笑が戻るまで
温かい笑い声が戻るまで 


貴女に花をあげましょう ・・・ ・・・














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