・第四章







「ところで、カルマはどこへ行ったんだ?」
「ん、サフラを手伝ってもらってるよ。何、行きたかったの?置いていかれて寂しい?」


からかうような口調で、笑う。


「サフラは、”手当て”の仕事」
「”手当て”か」
「そう。あたしの作った薬で。怪我を治すの」


こいつは、自分で自分のことを薬屋だと言った。
その薬で、怪我を治す、だって?


「なんの怪我だ」
「ん、心の傷」


そう言って笑いながら、グラスを磨いている。
冗談なのかと思った。


「『アズラエル』で病んだ傷だよ。あたしは、その薬を作ってるの」



傷に薬を。
病に癒しを。



・・・簡単なことではないはずだ。



「上にね、『アズラエル』に取り付かれた人たちが療養してる。・・・させてる。そうしないと、死んじゃうから。死んで欲しくないもの」






そのとき。


カラララン


ドアベルが鳴った。
誰かが入ってくる。


「・・・あれ、珍しいね、他に人が居るなんて」
「・・・おい、リズ、誰だその男」


入ってきたのは、二人。どちらも男だ。
一人は、俺を見て驚いた顔をした。赤い髪の、少年。
一人は、露骨に嫌そうな、敵意むき出しの目をして睨みつけてきた。黒い短髪、背の高い目つきの悪い男。


おやおや。
どうやら、俺は歓迎されない客らしい。


「見てのとーり、お客様よ、スタリオ。お酒飲みたいなら、うちのお店でケンカ起こさないでね」


ああ、ケンカ売られてたのか、今のは。


「気にすんなよ、リズ。こいつさぁ、ここに俺ら以外の男が居ると不機嫌になるんだ。リズとサフラの二人を取られた気分になるもんだからさぁ」
「ギル、それはてめぇの方だろ」
「あれ? そういやサフラは?」
「今は上に仕事に行ったばかりだよ」
「えー、俺も行ってこようかな、手伝いに」


「・・・おい、てめぇ、そこは俺達の席だぜ。どけよ」


スタリオ――多分、それが名前だろう――そう呼ばれた、ガラの悪そうな男は、俺のほうへとずかずかと詰め寄ってくる。
・・・やれやれ。


「へぇ、予約席だとは一言も聞かなかったけどな」
「・・・あぁ?」
「せめて、俺がこのビールを飲み終わるまで待ってくれないか。炭酸のラップが途切れると、気分が悪いだろう?せっかく、今いい音が乗ってるのに」
「何を」



 ガイン ! 



長身の男の後頭部に、酒瓶の腹が威勢良くぶち当たる。
・・・・おやおや?


さすがにたまらず、うずくまった彼の背後には、封を切らないブランデーの瓶を手にしたリズが立っていた。


「・・・店の中でケンカしないでって言ったでしょバカ」
「俺にケンカを売るのはいいのか貴様・・・・・・・」


ひゅう。
思わず口笛でも吹きたくなるような、彼女の威勢の良さに、乾杯。


「てめぇ、今のでその酒瓶割れてたらどーすんだ、死ぬぞ俺」
「そんときはあんたにこのブランデー一本弁償してもらうから。高いのよーこれ」
「姐さん、兄貴は石頭だからこんぐらいじゃくたばらないって」
「平気じゃねーよ馬鹿野郎。血出てきたよコノヤロー」
「はいはいはい、じゃあ今日は傷薬おまけに付けてあげるから。よく効くわよーあたしの薬」


どうでもいいけど、眺めているうちにリズが手にしているそのブランデーが飲みたくなってきた。くれないかな。


「冗談はこのくらいにして・・・いつもの物々交換、お願いできる? ギル、持ってきてるんでしょう?」
「ああ、もちろん。え、でも・・・・・・」


ちらり、と、赤い髪の少年――今さっき、ギルと呼ばれた――が、やや困り顔でこちらに視線を向けた。
気づかないふりをして、そしらぬ顔で俺はグラスを傾ける。


「こいつがいるのに、いいのか? 俺らの取引、見られても」
「うん、いいよ。だってもう手ぇ組んだし」

「・・・はぁ?!」


唸ったのは、スタリオという男。露骨に不機嫌な声を上げて、俺の方を睨んできた。
・・・・・・やっぱりこいつか。俺を歓迎してないのは。やれやれ。


「おいリズ、そうは言うが、そもそもこいつは何者だよ。見たこと無いツラだ。この街のもんじゃねぇだろう。外から来た奴だな」



今にも掴みかかってきそうな目をしている。この男は普段からこうなのだろうか。



「俺が、誰かって?」



・・・やれやれやれ。
視線に応えるように、俺は丸椅子から立ち上がった。



「俺はラック。異世界から来た”魔法使い”だ」

「異世界?」
「・・・魔法使い、だって?」



二人の青年は、多少、怪訝な顔をする。
だが、俺の言葉を疑いはいないだろう。名乗る『詞(コトバ)』には『音色』を込めてある。
旋律となって耳に届けば、偽りだと疑うはずは無い。


「魔法使い・・・聞いたことがあるな。
 幾重にも平行に並んだ世界の間を歩ける、特別な人間が稀にいるって」

「ああそうだ。俺は、お前らの言うその『幾重にも平行に並んだ世界』というのを知っている」



言葉でどう言い表すかは、場所と人によるだろう。
異世界と呼ぶときもあれば、過去や未来、時には宇宙という言葉さえあてはまる。


俺は、その『幾重にも平行に並んだ世界』を知っている。

いくつもの世界が、生まれたり滅んだりしてきたのを見ながら、旅をしている。”音”を探している。




「・・・で、そんな神に等しい力を持った”魔法使い”様が、俺達の世界の、こんな廃れた街の地下なんかに、何をしに現れたんだ。あざわらいにきたのか?」




神に等しい、という表現には多少語弊があるだろうが。
まぁいい、いちいち否定するのは面倒くさい。

が、これだけは言わせていただこう。



「俺が現れる理由は、どこの世界でも一つだけだ。・・・”歌”を探してやってきたんだよ」



どんな世界のどんな場所だろうと、あざ笑いなどしない。
俺の唇は嘘を奏でない。



なぜなら、それが俺の操る魔法だから。



「俺は”音の魔法使い”(ミュージシャン)だ」

「・・・・・・何?」



反発を込めた、低い声。・・・荒々しいが、悪くない。
スタリオというこの男。
もう少し魂を研ぎ澄ませれば、いいボーカルになれるだろうに、惜しいことだ。

”音の魔法使い”は、ひねくれた魂の持ち主には、なれないからな。


「今お前は、神に等しいといったか。そんなはずはない。俺とカルマ・・・おっと、今この場には居ないが、俺のツレのことだ。
 ・・・俺達も、常人と何も変わらないさ。
 ただ、人より少しだけ、感性と”創造力”が強いだけだ。
 人間はな、誰でも、『魔法』を持ってるんだよ。
 そうだな、たとえば・・・・・・」



今さっきまで口をつけていた、蜜色の酒が残ったグラスを手に取る。



「人を酔わせるこの酒の味も魔法だし」



リズが出してくれたこの酒。
ボトルから注ぐだけで、心を躍らせる音色をグラスの中に奏でる。



「そうだな、女の笑顔も魔法だな」
「は?」



ちらりとリズの方へ目を向けると・・・思いっきり怪訝な顔をされた。
あら。ここは喜ばれるところのはずなんだが。



「・・・それ、ナンパですかい?」



カウンターで頬杖をついていたギルという少年が、呆れたような笑みを浮かべていた。


「まぁ、ものは言いようだな」
「どんな言いようでも、とりあえず、魔法使いって要するに変人なんだなーってのはわかったけどね」


リズが、くっくっくっといたずらっぽく笑っていた。
・・・おやおや。
どう思われてもかまわないが・・・。



「人の心を動かして、奇跡を起こせることを魔法と呼ぶんだ」

「へぇ。なんだか詐欺みたい」
「あははっ。うさんくさいなそれ」



つられてギルも一緒に笑っている。・・・リズ、身もふたも無い言い方してくれるなぁ、おい。



・・・・・・そうだな。たとえて言うなら。
君が持っているそのナイフも、人を動かす『魔法』だよ。


そう言いたいところだが、口に出すのはやめておこう。




「困ったわねぇ、結局あんたたち、彼を信用しないって?」
「しねーよ」
「うーん、俺どっちでもいいけど、兄貴がそう言うんなら」
「まぁいいや。とにかく”仕入れ”はいつもどおりさせてよね。二人とも」


結論。
俺はこの場所にいるとちょっと邪魔らしいな。



「ラック、あんたさ、ちょっとカルマとサフラの二人のところに、あんたも行っておいでよ。しばらく”上”に行っててくれない?」



お望みとあらば、出て行くけどな。
どうせ退屈していたところだ。



「リズ」



ドアの方へ向かいながら、もう一言告げさせてもらう。




「君の”魔法”、また期待してる」





カウンターの上には、空になったグラス。


 かららららん。


響くドアベルの音色を背にした。







 ねぇ。
 君は本当は問いかけたかったんだろう?

 人の心を動かして奇跡を起こすことが魔法なら
 あの狂気の麻薬も、魔法だろうか
 

 君は心に音色を隠していただろう?


 『 あたしの薬は あの薬に勝つ魔法になれるだろうか 』 と










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