・第五章
心と体を癒すハーブティーを淹れましょう
ペパーミント、カモミール、レモングラス
ハイビスカス、ダンデライオン、ラズベリー
熱いお湯で安らぎを染ませて
あなたの杯へと注ぎましょう
ハイビスカス・ローズヒップ
ダンデライオン・カプチーノ
カモミール・ミルクティー
アイス・ミントティー ・・・ ・・・
甘い口づけを飲み干して
心の音色を聴かせてほしい
ひとときのぬくもりが冷めぬように
美しい夢を注ぎましょう ・・・ ・・・
*
四角い灰色のビルの入り口から、階段を上がったその行き着く先で。
「ここは、”花屋”だよ」
明かりの無い部屋の奥、ベッドの上に女性が一人横たわっている。
まるで、マネキンか蝋人形。
髪の長さは肩先ほどまで。こぼれるように、さらさらと。
肌は、透けるように白い。
首と腕は包帯に覆われている。
ベッドの周りには、花が散らばっている。
「君の患者かい?”薬屋”さん」
俺が問いかけると、サフラは静かにうなずいた。
薄闇に飛ぶ黒い蝶のように、俺の耳には軋む音色が聴こえていた。
調弦しないギターの不協和音。
鼓動を狂わせる旋律。
これが、”アズラエル”の声・・・・・・。
「薬を持ってきたよ、ユーナ」
包帯をほどいた下から現れた腕は・・・・・・火傷にただれた跡か何かのように、皮膚が崩れていた。
腕にアルコールを含んだ脱脂綿を当てて、丁寧にさする。
「ひどいな・・・これは」
手当てを受けている女性は、何の反応も示さない。
生気を感じられない。まるで抜け殻だ。
「その肌は病気か」
サフラは、少しうつむき加減に、ぽつりとささやく。
「”蝶”から逃れようとした跡なんだ」
甘い夢を見せて誘う、死の天使。
黒い蝶、アズラエル。
夢に爛れて、溶けていく。
幻に憑かれて、焼けていく。
ふと見れば、ベッドの上の女性が、腕の傷跡を眺めながら、唇に薄く微笑みを浮かべていた。
まるで、魅惑的な色彩の絵画を眺めるような。
狂気と、恍惚に染まる、甘美なまなざし。
溶けていく。
闇色の快楽に、堕ちていく。
「カルマ、私の”魔法”、見せてあげるね」
ベッドの周りに花を散らす
ローズ、ラベンダー、カモミール、ジャスミン、ベルガモット
蝋燭に火を灯す
小さな灯りが暗闇を照らす
祈りをこめた雫を溶かす
目に見えない優しい腕が、冷たい闇を包みますように
香炉に火を捧げる
花から作った雫を垂らす
温かい香りが漂う
どうか、貴女の心に安らぎを
なるほど、確かにこれは、薬だな。
サフラが魔法と呼んだのは、香りを薬にする方法。
手のひらに乗る大きさの香炉に、蝋燭を入れて、数的の精油を温める。
俺が眺めている間に、サフラは患者の腕にオイルを塗っている。肌を摩って温める。
「”アズラエル”は、いつからこの街で広まっているんだ」
「さぁ。気がつけば狂っている人が沢山居たの。
いつから、なんて問題じゃないでしょう。今、その薬のせいで覚めない夢にとり憑かれている人たちがいる、それが現実だもの。
・・・薬を使っている人を、見たことある?あの薬は、お酒に似ているよ。
最初は、とても心地よくて、うっとりするの。世界が虹色に見える。羽が生えたような甘美な気分になる。
でも、その夢は覚めない夢なの
夢から切り離される感覚を、知ってる?」
蝋燭の明かりがわずかに揺れる。その灯を受けた横顔が、哀しげに微笑する。
花を操る薬屋は、終わりのない病に心を痛める。
「さぁ、俺は夢は見ないからな」
「体と心が、ばらばらに切り離されるような感覚だよ。自分の輪郭が崩れて、消えてしまいそうな」
手を伸ばして・・・、女性の傾いた頭を支えて、抱きしめた。
「ユーナさんも・・・こんな薬を求めるような人じゃなかったのに。全部、この薬が悪いんだ」
花の香りに包まれて眠る女性の傍らで、俺は、そっとギターの弦を弾いた。
”魔法”を聴かせてあげよう。
貴女が癒されますように。短いバラードを奏でよう。
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