・第五章









心と体を癒すハーブティーを淹れましょう

ペパーミント、カモミール、レモングラス
ハイビスカス、ダンデライオン、ラズベリー

熱いお湯で安らぎを染ませて
あなたの杯へと注ぎましょう

ハイビスカス・ローズヒップ
ダンデライオン・カプチーノ
カモミール・ミルクティー
アイス・ミントティー ・・・ ・・・

甘い口づけを飲み干して
心の音色を聴かせてほしい


ひとときのぬくもりが冷めぬように

美しい夢を注ぎましょう ・・・ ・・・











四角い灰色のビルの入り口から、階段を上がったその行き着く先で。


「ここは、”花屋”だよ」


明かりの無い部屋の奥、ベッドの上に女性が一人横たわっている。
まるで、マネキンか蝋人形。
髪の長さは肩先ほどまで。こぼれるように、さらさらと。
肌は、透けるように白い。

首と腕は包帯に覆われている。
ベッドの周りには、花が散らばっている。


「君の患者かい?”薬屋”さん」


俺が問いかけると、サフラは静かにうなずいた。
薄闇に飛ぶ黒い蝶のように、俺の耳には軋む音色が聴こえていた。
調弦しないギターの不協和音。
鼓動を狂わせる旋律。

これが、”アズラエル”の声・・・・・・。

「薬を持ってきたよ、ユーナ」

包帯をほどいた下から現れた腕は・・・・・・火傷にただれた跡か何かのように、皮膚が崩れていた。
腕にアルコールを含んだ脱脂綿を当てて、丁寧にさする。

「ひどいな・・・これは」

手当てを受けている女性は、何の反応も示さない。
生気を感じられない。まるで抜け殻だ。

「その肌は病気か」

サフラは、少しうつむき加減に、ぽつりとささやく。

「”蝶”から逃れようとした跡なんだ」

甘い夢を見せて誘う、死の天使。
黒い蝶、アズラエル。


夢に爛れて、溶けていく。
幻に憑かれて、焼けていく。

ふと見れば、ベッドの上の女性が、腕の傷跡を眺めながら、唇に薄く微笑みを浮かべていた。
まるで、魅惑的な色彩の絵画を眺めるような。
狂気と、恍惚に染まる、甘美なまなざし。


溶けていく。
闇色の快楽に、堕ちていく。



「カルマ、私の”魔法”、見せてあげるね」



ベッドの周りに花を散らす
ローズ、ラベンダー、カモミール、ジャスミン、ベルガモット

蝋燭に火を灯す
小さな灯りが暗闇を照らす

祈りをこめた雫を溶かす
目に見えない優しい腕が、冷たい闇を包みますように

香炉に火を捧げる
花から作った雫を垂らす


温かい香りが漂う


どうか、貴女の心に安らぎを




なるほど、確かにこれは、薬だな。

サフラが魔法と呼んだのは、香りを薬にする方法。
手のひらに乗る大きさの香炉に、蝋燭を入れて、数的の精油を温める。
俺が眺めている間に、サフラは患者の腕にオイルを塗っている。肌を摩って温める。



「”アズラエル”は、いつからこの街で広まっているんだ」

「さぁ。気がつけば狂っている人が沢山居たの。
 いつから、なんて問題じゃないでしょう。今、その薬のせいで覚めない夢にとり憑かれている人たちがいる、それが現実だもの。
 ・・・薬を使っている人を、見たことある?あの薬は、お酒に似ているよ。
 最初は、とても心地よくて、うっとりするの。世界が虹色に見える。羽が生えたような甘美な気分になる。
 でも、その夢は覚めない夢なの
 夢から切り離される感覚を、知ってる?」


蝋燭の明かりがわずかに揺れる。その灯を受けた横顔が、哀しげに微笑する。
花を操る薬屋は、終わりのない病に心を痛める。


「さぁ、俺は夢は見ないからな」

「体と心が、ばらばらに切り離されるような感覚だよ。自分の輪郭が崩れて、消えてしまいそうな」



手を伸ばして・・・、女性の傾いた頭を支えて、抱きしめた。


「ユーナさんも・・・こんな薬を求めるような人じゃなかったのに。全部、この薬が悪いんだ」








花の香りに包まれて眠る女性の傍らで、俺は、そっとギターの弦を弾いた。
”魔法”を聴かせてあげよう。
貴女が癒されますように。短いバラードを奏でよう。










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