【 broken beat - silvia - 1 】
灰色の街の時間は、動き始めた。
「リズ=シルビア、被告は、北第七研究所から失踪した後、違法な麻薬の精製、売買に関与していたことを認めるか」
「認めます」
尋問は言葉の槍。
手錠は心理の枷。
閉じ込めて、束縛する、一つ一つが、
感情と、
心を、
魂を、
殺いでいく。
「失踪直前に第七研究所の教授を殺害し、研究所に放火してその証拠の隠滅を謀った。事実か」
「はい」
立たされているのは、真っ白な部屋。
火薬の匂いも血の汚れも埃も無い。
だけど不思議。
何の汚れも腐臭も無いこの潔癖な空間の方が、今までに訪れたどんな場所よりも、
殺伐として冷徹な空気がする。
骨の髄まで、じわじわと凍りつかせて、処分していく牢獄。
裏の世界の黒い場所も、
表の世界の白い部屋も、
どちらも結局、人間の自由を奪って、命を殺いでいくのは同じこと。
「・・・これら一連の凶行が、個人の利益目的による、極めて残虐で悪質な行為である。この事実を認めるか」
「いいえ」
全ては揺るぎない事実。切々と並べ立てられる過去の傷。
「私はありのままの事実を認めます」
「ならばなぜ、これらの凶行が、己の私欲目的であったことを肯定しない!」
「事実だからです」
止まった時間は、再び動き始める。
砕け散った灰色の残骸を、歯車の隙間に巻き込んで、蹴散らしていきながら。
☆ ☆ ☆
ソファーに傾いた体をもたれかけさせて、半分居眠り状態でいる意識の中へと、交わされる声が耳へと流れ込んでくる。
真っ白な部屋の中で、ひそひそにぎわう、人の声。お茶菓子のように、唇に乗せられる他愛ない軽口。
「シルビア助教授が生きていた?」
司法官達の控室。
珈琲の香の空気の中で、人の命に関わる話も、ここではごく自然に取り交わされる話題の一つ。
そんな話も、空気の一部。
「そうなんだよ、研究所の爆発のときに死亡したと言われていたけど、結局あの女が黒幕だったって」
「黒幕?」
「『アズラエル』だよ。あの薬を作って、地下でばらまいていたことを本人が認めたらしい」
「うわ・・・、しかし、5年もたった今頃になって、今までどこに隠れていたのさ」
「さぁね、あの街の地下街は文字通りグレーゾーンだよ」
「『灰色の街』か。それじゃあ・・・・」
麻薬。
無法地帯の地下街。
隠れていた犯罪者。
きっとそれも、よくある話。
並べられた書類の中の事象に、整理札をつけるように、罪の名称を与えてさばいていく。
それだけの事務的な仕事。
・・・・・シルビア助教授・・・・・・?
ぼんやりと夢現だった視界に映ったのは、休憩に入る前に頭に被っていた新聞。
瞬きをすると、インクの匂いが顔に貼りついていて、ガサガサと耳障りな音を立てた。
寝ぼけた頭で、聞こえてきた会話をもう一度反芻して、引き続き聞こえる声に耳をそばだてる。
誰が、どうなったって?
「で、今はどうしてるって?」
「さぁ、でも、様子だと、特に大きな売買ルートがあるようでもないわけだし」
「ああ、昔はあったみたいだけど、今はそこまで酷くないっていう噂」
「噂だろ。関わりたくないじゃん、そんなところなんか」
灰色の街。
知ってる。俺も聞いたことある。
何年か前までは、均衡の取れた都市だった。大きな施設も研究所もあった。
そのうちの一つの研究所が大きな事故を起こして、化学薬品で大気が汚れて、あまり人が住まなくなって。
自然とそこはただのさびれた廃墟の密集区になった。
だけど、そんな灰色の街でも、地下はしっかりと活きていた。
人が寄り付かなくなったことで、犯罪者の巣窟になったってさ。
娯楽のための地下街は、複雑な迷路のように入り組んでいて。
麻薬や馬鹿げた賭博が流行っていたんだってさ。
灰色の街を頭の中に思い浮かべる。
白い石が敷かれた道をなぞった路面。そこに並ぶ真四角な摩天楼。
研究所。
麻薬。
「・・・・・・リズ・・・・・・?」
ばさりと。
半身を起こすと、毛布かアイマスクの代わりのように顔と体に乗せていた新聞紙が床に落ちた。
ひしゃげた紙切れは、ばさばさと騒がしく散らばっている。
耳に入った会話の中の、単語を反芻しているうちに。
突然、その名前が、口をついて出てきた。
何かが頭の中で繋がった。
途切れていた時間を、拾い集めて、手繰って、呼び起こした記憶の中で。
知ってる。
俺は、そいつのことを知っている。そこにいるのが誰なのかを。
「どうしたんだスイング」
「資料集めで徹夜明けだから少し寝とくっていってたけど、何か他の仕事でも思い出したか」
「そうそう、差し入れでビスケットもらったんだけど食うか? また公判が始まると忙しくなるから、今のうち食っとけって、リーダーが」
一瞬記憶が飛んで、何度も瞬きをしながら回りを見渡していた。
ここは司法所。子供の頃いた施設じゃない。
俺を笑いものにするものはいない。ここでも決して出来がいい人間ばかりとは言えないけど、それぞれ癖がありつつもいい連中がいる。
違う。今気になるのは、目の前に見えるものじゃない。
あの頃同じ場所で育った人間が、ここにいる。
「シルビア助教授ってのは・・・・・?」
「ああ、それが、5年前の・・・・・・」
まだ半分寝ぼけている頭を軽く振って。
紅茶と珈琲の缶が並んでいるテーブルの上に、放り出されている検査書のコピーをかき回す。
やっと見つけた。
あのときの彼女を。
今ここで聞く名前と、記憶の中にある彼女の姿が一致しない。
どうして君が、こんなところに。
天才と呼ばれていた。
一人の女の子。
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(2011/12/7)
更新メモ用に日付入れることにしたあとがき。
これ、ブログに更新したのが2010/10くらいで、きっと書いたの1年半くらい前では・・・。
続き書きたかったよシルビア。