【 とりかへばや 4 】
どうして、女に生まれてしまったのだろう。そればかりが悔やまれてならない。
元服してからは、知りたくも無いことを知るばかりだった。
源氏物語の雨夜の品定めのように、男達が集まって、噂話をすることがあった。
そういう場に時々居合わせるうちに、次第に、男とはどういうものか、裏の本性を知るようになっていった。
男と女の違いとは、ただ着ている服が違うというだけではないらしい。
美しい人がいると聞けば、一目見ようと文を送り、通いつめ、隙あらば押し入って強引に契りを結ぶ。
なんて一方的なのだろう、あきれはてた。
女は外には出ず、人に顔を見せずに暮らすのが、慎み深くて良いという。だがそれは単に、男が女を閉じ込めておくのが都合がいいからなのだ。
幼い頃は、特に自分が奇妙なことをしているという自覚はなかった。
しかし、成長して更に世の中のことを多く見聞きし、広く知っていくうちに、自分がいかに他と異なっているかようやく理解した。
私は女だ。そればかりは変えられない。
自分は、異常だ。
女でありながら男に成りすまして、外に出て自由に振舞っている。そんな女性はどこを見渡しても一人もいない。そして誰もが、それを当然のこととして、疑問に思うような素振りも無い。
どうして自分のような女は一人もいないのだろう。
その思いは、次第に自分の内へ向けた煩悶に変わる。
私は奇妙で、人とは違っている。
心の中で静かに揺らぐ煩悶が、誰にも聞かせることの無い独り言として、常に心に抱え続ける。
「お前が殿上に上がってきてから、俺の影が薄くなってしまったな」
式部卿宮の息子で、鷹之という男がいた。
私が元服して参内するようになる前まで、宮廷での美男子といえばこの人で、他に並ぶものはいなかったらしい。
「ご冗談を、中将殿。貴方ほど数多くの女性を虜にした男はそうそういないでしょうに。私ごときが貴方には及びませぬ」
いささか皮肉をこめてそう返した。
鷹之は好色とのことで評判だった。少しでも縁のある女性には文を送り、美女の評判を聞けば夜ごと忍んで会いに行くという。
「色恋沙汰は男のたしなみの一つだろう。風流人には欠かせないものだぞ。
そういうお前のほうこそ、これほど周囲にもてはやされながら、どういうことだ。
いまだ浮いた話の一つもさっぱり聞こえてこない」
「宮中の女性は慎み深いお方ばかりで、軽々しくお声をかけるのは気が引ける」
「気になる女はいないのか。生真面目すぎるのも良くない」
・・・・・・男なんて、こんな奴ばかりだ。
女を盗むことばかり考えている。
「お前の妹は美人だそうだな」
「まぁね」
「見てみたいものだな」
はじめ、鷹之がよく私に声をかけ、何かと突っかかってくるのは、私を敵視しているのだと感じていた。
学問や武芸に究めて優れていた。
それなのに、後から現れた私が、宮中での評判をすべてさらってしまったものだから、彼にとっては面白いことのはずがない。
だが、次第にわかってきた。目当ては私ではないのだと。
「私の妹が気にかかるか。そうだな、そう言ってくる男は、貴方の他にも沢山いたよ。
だったら、同じ顔の人間がここにいる。これで満足か」
馬鹿にして言ったつもりだったが、鷹之は、小さく微笑したままで私の顔を眺めては、一人で頷いていた。
「そうだな、なるほど。お前のような女がいたならば、さぞかし素晴らしい美女だろうな」
なぜか無性に、胸が締め付けられるような心地がした。
私のような女なんか、どこにもいやしないだろう。
「あいにく、妹は滅多なことでは外に出ないからな。どんなに言い寄ったって、私以外の男になんか絶対に顔を見せはしないよ」
「はは。まるでお前の恋人のような言い方だな。
確かに、そんなに美しい自慢の妹がいるのなら、他の並大抵の女なんか、つまらなくて目に入らないということか」
そんなんじゃないのに。
歯がゆくてならない。
どんなに私が、男としての立場で鷹之に勝っていても、私は彼には絶対に敵わない。
私がどんなにあがいても手に入らないものを、彼は持っている。
男だという、ただ、それだけで。
「名声に、才に、家柄、美貌。加えて、麗しい妹か。
人が欲しがるようなものを何でも備えているとは・・・、羨ましい男だな。菖蒲の中納言」
そう言って、静かに立ち去っていった。
鷹之の去り行く後姿の、藍の直衣姿を見つめながら、私は一人、渡り廊下の真ん中で、自分の拳を握り締めてたたずんでいた。
「鷹之・・・・・・」
全ての才と名聞に優れ、人が羨むものを全て兼ね備えている。
それは私じゃなくて、貴方のほうではないか。
好色で女好きだと言われているが、それは決して悪意ではなく、接する者に優しくする彼の人柄なのだと理解していた。
多少負けず嫌いで自信家だが、まっすぐな性分をしていて、弱い立場の者や困っている人を放っておけない性格をしていた。
人に本性を知られないように必要以上に他人と関わらないように距離を置いている私にとって、唯一友人とでも呼べる人だった。
確かに、彼のような男なら、なびかない女はいないだろうと思う。
女ならば。
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