【八話 [ 秘密の半地下】





この世界には、まだ未知の魔法が沢山埋もれているんだよ。

光と、水と、土と風。
ここから何が生まれるだろう。

植物の種をまけば、芽が伸びて、葉が開き、枝の先に花が咲く。
花粉が新しい命を運ぶ。瑞々しい緑の木の葉も、時間が過ぎれば自然と枯れて、落ちていく。

不思議な世界だ。
一体誰が、こんな自然の仕組みを作ったんだ。
教えてくれ、魔法使い。

一番最初に現れた賢者は、この世界を一冊の書物に変えて、ありとあらゆる秘密を隠した。














「ん、なんだ・・・・・?」


今さっき聞こえた声が気になって、声の主を探してレフラは中央庭園を徘徊していた。
その途中で入り込んだのが、半地下通路。
中央庭園の中には、ところどころ、地下へと降りる階段がある。
そこには庭園で育てている植物の種や苗、肥料、道具などが保管してある。
地下倉庫には貴重な植物の種や、品種改良のための魔法薬なども置いてあるため、生徒は無断で入ることはできない。が、その途中の半地下通路は別で、誰でも自由に出入りできる。
レンガの敷き詰められた壁と床、橙色のランプが灯る通路だ。
実際には特に用が無い限り、あまり人が来ることは無い。レフラにとっては授業をサボって隠れる場所にちょうどいいということで、見つけたときから重宝していた場所だ。


だが今日は珍しく、先客がいる気配がする。
そして誰かが話している声がする。


「俺の方は順調だよ、あとは計画通りに賢者の選定に入れば・・・・・・」


男の声だ。
一瞬、さっきの声の犯人だろうかと思ったが、そうではなさそうだ。
先ほど聞いた低い声は、だった一言ではあったものの、よく覚えている。
今ここで聞こえている声とは全然違う。別人だ。


とはいえ、授業を抜け出してこんなところでサボっているのを誰かに見つかってしまってはマズイ。このまま見なかったふりをしながら隠れていることにしよう。


「そう? ランゲルあなた、いつも口先ばかり調子がいいんだもの。人の力を借りて自分の研究を評価してもらおうなんて、そんな都合のいい話、信用していいのかしら」


もう一人、会話しているのは女の声だ。やや冷ややかな含みのある囁き声が、薄暗い半地下空間に反響する。
レフラは。壁際に積み上げられた土袋の陰にしゃがみこんだまま、声のする方向に耳を済ませる。そしてそっと身を乗り出して、会話の主の方を覗いてみた。
ちょうど曲がり角になっているので、ここからは姿は見えない。だが、壁にかかっているランプの明かりに照らされて、話している男女の影を長く床に映し出している。
まるで影絵芝居を見ているようだ。



(ランゲル・・・・・?)




会話の中で出てきた名前が、ピン、と、レフラの中のアンテナに引っかかった。
その名前、間違いなく聞き覚えがあった。



「大丈夫だって。あの子は単純だから、順調に研究を進めてくれるよ」


何かトゲのある、皮肉げな含みの言葉が聞こえてくる。
その声はどこかキザッぽい印象を受ける。


(んんん?)


会話は更に続く。


「俺がルルーナを本気で好きになったりするはずないだろう?
 研究が認められれば、俺はユグドラーシルの教授にだってなれる。それまでの辛抱だ」


それは、甘く絡みつくような囁き言葉。


「愛しているのは君だけだよ、エチレナ」



レフラは、半目を見開いたままぽかーーんとしていた。
うわぁーお。
なんだ今のセリフ。この耳今すぐ洗いたい。



(おいおいおい・・・・。ちょっと待てコレ、なかなかイイ現場見ちゃったんじゃない?)



ぼんやりと。
つい昨日、ルルーナが話していたことを思い出す。


『ランゲルに、指輪をもらったんです』


はにかんで頬を染めながら。
幸せそうに。
見ててこっちが脱力してしまいそうなくらいに。


『彼がいつも支えてくれるから、だから私も頑張れるんです。そのためなら、今の研究を手放すことになっても私は惜しくないと思えます』



あーあ。
理解できないなぁ。
何がそんなに嬉しいのか。本当に。



『共同研究で差支えがあっては困るから、今はお付き合いのことは周囲には隠してるんですけど・・・。
 あっ、だから、レフラさんもこの話は内緒にしてくださいね?
 でも、彼が今の研究で”賢者”の選定に選ばれたら、そのときは、きちんと認めてもらえるように・・・・・・』



なるほどねぇ・・・・・・・。



認めてもらえたら、か。
そうだろうね、誰でもきっと、そうだよ。
頑張ったら褒めてもらいたい。賞賛してもらいたい。
優しい言葉をかけてもらえたら嬉しい。


でもね、ルルーナ。
中には、そういった賞賛を得るのに、手段を選ばない人間だっているんだよ。
たとえ他人を蹴落としてでも、自分が頂点に立ちたいって言う、そんな人間だっているだろう。
あんたみたいに、素直にこつこつ努力する人間ばかりが、必ずしも結果を掴み取るわけじゃないんだよ。
そうだったら、もっと世の中平和だろうね。
信じて努力した分だけ、報われてれば、誰も傷つかなくてすむのに。



「さぁーて・・・どうすっかなー・・・・・」



しばらく時間が経って、その場から話し声と人の気配が消えても。
レフラは、壁に背中を預けてぼんやりしたまま動かなかった。
さっき声をかけた人物のことはもうどうでもよくなっていた。もしかしたら気のせいだったかもしれない。
それよりも今は、盗み聞いてしまった会話の内容だ。


ああ、午後の授業も面倒くさいな。
今何時くらいかな。陽の光が見えないからわかんないや。



「男って本当、バカな生き物だな」



ルルーナも、不憫だわ。
勉強勉強そればっかりで。
このユグドラーシルで教わることの、何が楽しいのかわからない。




さぁ、どうするかな。














「ルルーナ!! 今ちょっといい!!?」


パン、と勢いよく扉が開く音に、ルルーナは目を丸くした。
何の研究をしてるのかよくわからないが、卓上には試薬の皿が沢山並んでいて、独特の匂いがしていた。


「あぁ、はい? どうしましたレフラさん・・・ああ、また何か難しい課題でも?」
「うわ、そうなんだよちょっとさっきの午前中の授業ですっげぇ頭痛くなっちゃって・・・って、それも確かに聞きたいけど!
 今はそっちの話じゃないんだよ!」
「はわわっ、そんなに乱暴に扉を開け閉めしないで・・・風が起こったら薬品の粉が飛んでしまって」
慌てふためくルルーナにおかまいなしに、レフラはずかずかと部屋に入ってくる。
「悪いけど、あんたの研究の内容をちょっとだけ調べてみてたんだけどさ」
「はい?」


瑠璃色の大きな瞳が瞬く。
少し首を傾げた、穏やかな微笑。

その眼を見て、胸に苦い気持ちが広がった。まだ子供の目だ。人を疑うことを知らない心の。
チッと舌打したいような気持ちになる。こういう人間が一番たちが悪い。
どんなに物覚えが良くても、知識が豊富で賢くても、人から言われたことを鵜呑みにしているだけじゃ、いつか必ずこうやって、痛い目を見る。


「・・・昨日、あんたが、今やってる研究の話、してくれたじゃん?」
「ええ」


話しながら、周囲に目を配る。研究室には、今、ルルーナしかいない。
人がいれば場所を移そうと思っていたが、これで好都合。レフラは率直に用件を伝える。


「あんた、だまされてるよ、ランゲルってやつにさ」


きょとんと。
ルルーナは目を丸くする。


あんな会話を聞いてしまっては、黙っていられない。
利用されて裏切られるよりも、自分で確かめさせたほうがいい。


「あんたは、ランゲルと共同研究って言ってた。だけど、その、当のランゲルってやつは、どこで何の研究をしてるんだ?」
「ああ・・・、あの人は、別で担当している分野もあるので、こことは離れた研究室で進めてるんですよ」
「違うな。あたしは、今まであんたが提出した報告レポートを見てきた」


本当はそういうことは勝手にできないのだが、エクセルに頼んでこっそりデータベースから引っ張り出してきてもらった。
ここではこの際細かいことは伏せておく。


「名前は全部、ランゲル=ハンスの単独のものになっていた。全部一人の手柄にしようとしてるってことじゃないのか。それに」


そして加えて、偶然聞いてしまった、半地下での会話。
ルルーナの名前を呼んだその口で、別の女を口説いていた。


「悪いけど、後でがっかりしたくないなら、はっきりさせときなよ」
「・・・・・・・・・」


ルルーナは、しばらく目を瞬かせながら、黙って話を聞いていた。
そして。
ふふふっと、軽く吹きだすような笑い声をたてた。


「それは人違いですよ」


あら???


レフラはがくんと肩透かしをくったような気分になった。
あまりにもあっさりと、一笑に伏して否定されてしまった。少しは動揺するかと思ったのにそれすらもない。


「ごめんなさい。私がいつも一人で研究しているように見えて、心配してくれたんですよね?
そんなことないんですよ。大丈夫です。あくまでも私は、ランゲルの手伝いですから」
「違うってそんなんじゃないって!
 現にそのランゲルってやつは、あんたの研究の成果を横取り・・・・・・」
「いいえ違いますよ。共同ではなくてランゲル一人の名前でも、私はかまわないんです。そのつもりでやってるんですから」
「へ・・・?」
「私はランゲルが喜んでくれたらそれでいいんです。
たとえ研究には私の名前は残らなくても、ランゲルが・・・あの人が私のことを認めてくれるなら、それだけで私は十分嬉しいんです」
「いや、だから、そのランゲルがね・・・・・・」


話がかみ合わなくなってきた。
ルルーナは本当に、ランゲルが裏切るなんてこと、夢にも思っていないのだ。レフラが何を言っても、人違いか勘違いで笑って流せてしまうくらいに。


これは失敗した・・・と、今更ながら思った。手に負えない。これはレフラが何を言っても通じそうに無い。
女の子って恋をすると、こんなにも盲目になっちゃうものなのかな。まいったな。
よっぽど決定的な証拠か、ランゲル本人から事実を吐かせないと・・・いや、下手すればそれでも信じないんじゃないかって気がする。


どうすれば、この素直すぎる少女の目を覚まさせることができるだろう。



「ではレフラさんすみません、今ちょっと大事な測定の途中なので、今日はこれで」




レフラに向かってぺこりとお辞儀する。
残念ながら、おとなしく引き下がるしかなさそうだ。




「ちっくしょー・・・腹立つなー・・・、」



ぶつぶつ呻きながら、研究室を後にする。この学校に来てから、ストレスが溜まることばっかりだ。頭が痛い。
非常に不愉快な顔をして、ずかずかと渡り廊下を通り過ぎていく。何人か、ユグドラーシルの生徒ともすれ違ったが、留学生のレフラに特に気を止めもしない。
留学生が珍しくないというよりは、もともとここの生徒は、他の生徒に関心がひどく薄いように見える。
あるいは仕方の無いことかもしれない。オーディーンが5、60人程度の生徒数だったのに対し、ユグドラーシルでは、学年合わせて1000人近い生徒がいる。
教授や準教授、研究生を含めるともっといるだろう。同じ校舎の中にいても、誰もが他人ばかりである。



「余計なことはしないでほしいなぁ、留学生」



歩いているその前方。
窓際に背を預けて、こっちを見ている生徒がいることに気づいた。
薄い金茶色の、不揃いな髪。前髪の端にひと房、蒼いメッシュが入っている。このメッシュの色は学年を示す規則である。
黒に近い青紫色のローブ。この制服は確か、ゼミに属する研究生のもの。


まるでレフラが歩いてくるのを待ち構えていたかのように、不意に声が投げかけられる。
この声は・・・・・・!



「何か困ってることがあるのなら、俺が助けになってあげるよと言いたいところだったのだけど、授業をサボって人の話を立ち聞きしているような生徒には、何も教えてあげられないな」
「はっ、おあいにくさま。女に嘘ばっかりついてるような男に、何も教えてもらおうなんて思わないね」



今度こそこの声、聞き違いはしなかった。
半地下で猫なで声で女を口説いていたのと同じだ。



レフラはにやりと笑う。



「ちょうどいいところに会ったや。てめぇちょっと、ツラ貸せよ」



目は笑っていなかった。




















授業の合間の休憩時間というのは、どうしてあんなに楽しいんだろうね。たとえば誰かと喋ったり、ふらりと外の空気を吸いに散歩したり。何か悪巧みを考えてみたり。 
何事も、裏と表があるから面白い。 



「要するに、ルルーナをだましてるんだろ。てめぇ最低だな」



 キレると非常に凶暴な言葉遣いになるのは、レフラの癖みたいなものである。これでもずいぶん直したほうだが、どうしても、昔の素行が荒れてた次代の本性が今でも残っている。
 手近な空き教室を拝借して扉を閉めた。埃っぽい中に本や教材らしきものがごろごろと積みあがっている。倉庫のような場所だろう。



「別に俺が騙してるんじゃないさ。あの子が勘違いしてるだけだろ」



 瞳の中に怒りと嫌悪を滾らせているレフラを前にして、釣り眼の男は、平然と信じられない言葉を口にする。



「君が余計なこと言わなければ、このまま穏便にうまくいくんだよ。
 たとえば、ルルーナは俺と恋人のつもしだろうけど、俺には彼女を傷つけないように上手に切り離す方法なんていくらでもすぐに思いつく。
 俺が彼女をだましてるなんて吹聴して、かえってルルーナにショックを与えてるのは、そっちのほうだろ。
 ええと、なんて名前だっけ、オーディーンの留学生」



 賢い人間は、裏と表を使い分けるのが上手い。
 こんな、人を見下すような薄笑いなんか、ルルーナの前では決して見せないに違いない。あくまでも爽やかで温和で優しい好青年を演じてるはずだ。



「それで、研究の手伝いばかりこきつかって、成果が出たら、自分は別の恋人と、ハイさようなら、って? はっ。反吐が出るね」
「どうして君がそんなことにいちいち腹を立てるんだ? そっちのほうが変な話だろ。
 いいじゃないか、ルルーナだって、俺と過ごせて毎日幸せな顔してるし、俺は優秀なアシスタントのおかげで研究の成果が得れて、お互い両得じゃないか」
「・・・その、幸せな顔させてることに罪悪感とかないわけか?」
「良い夢見れただろ。単純だから、俺が言ったことは全部信じてるんだ。思い込みの激しい女って怖いね」



回し蹴りしようとしたが、さらっと交わされてしまった。
くっ、この制服のスカートだと、動きにくいったら。



「まったく、ばっかじゃないの。騙されてるルルーナもだけど。
 そこまでして自分の勉強でずるしようとしてるやつがいるなんて、あきれた。ユグドラーシルは真面目な生徒ばっかりだって聞いてたけど、とんでもないな」
「だから、俺がだましてるんじゃないって。そういう君は、ユグドラーシルの『賢者の選定』がどんなものか知っているのか。知らないよなぁ。留学生だから」
「何・・・? 賢者の?」



賢者の選定。


確かルルーナも言っていた。賢者の選定と。なんとなく聞き流しながら、昇級試験の名称のようなものだと思っていたが。



「賢者の選定が、どんなに重大なことかわからないだろうなぁ。北で生まれ育った、オーディーンの生徒は。
 ユグドラーシルで必要なのは、知識だ。オーディーンとは違う。チャンスは自分でつかむしかない。頭を使ったやつの勝ちなんだよ。
 そう、たとえば、こんな風に」


突然、レフラの腕をつかんで引く。足が引っかかって前のめりになる。
つんのめるようにして転びかけたレフラが、体制を立て直す間もない、その一瞬。


さっと奪うように触れる、唇の感触。



唇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はァ?!!




一瞬ぽかんとしたが。
自分が何をされたか理解したとき。

猛烈な炎のような怒りが爆発した。



「てめぇ、なにすっ・・・・・・・・!」



握り締めた拳でぶん殴ろうとして、ひじを大きく引いたその瞬間。
バサバサバサッ! と、重い書物が床に落ちる音が響き渡った。
はっと後ろを振り返って息が止まった。



「レフラさん・・・・・・・? ランゲル・・・・・・・・・・・・・・・?」



凍りついた表情で、マネキンのように硬直してたたずむルルーナの姿がそこにあった。
扉の周囲には、おそらく今までルルーナが抱えていたのだろう本の類が散乱している。



「ルルーナ・・・・・・・・・・・・・」



罠にかけられたのだと気づいた。
自分に声をかけ、話をするためにここに来させたのは、偶然じゃない。誘導だ。
こういう展開にして、ルルーナがこの場にやってくることもあらかじめ予測済みで。彼女にこれを見せる策略だ。
はめられた悔しさに、ぎっと全身が身震いするほどに歯噛みする。



「る・・・・・・」
「ルルーナ! 違う! 今のは違うんだ!」



すぐさま叫んだのはレフラではなかった。レフラが言おうとしたのとまったく同じ言葉を、ランゲルのほうが叫んでいた。
びっくり仰天して、言葉がのどにつっかえた。


はぁぁぁぁ?!!!



とっさにランゲルにくってかかろうとするが、あちらのほうが数段、行動が早かった。



「今のは俺の意思じゃない、最初は研究室の場所がわからないと言うから案内するだけだったのに、急に彼女が態度を変えて詰め寄ってきたものだから」



開いた口がふさがらないとはこのことだ。
今とんでもないことをしでかしたその口で何をぬかすかこの男は!!!



「違うんだルルーナ! あたし、今このヤロウにはめられて・・・・・・!」



今のは、こいつに引っかけられて転びそうになっただけで。
と、起こったことをそのままルルーナに訴えようとして、はっとする。

あたしが手前で、ランゲルが奥。
その真後ろに、ルルーナの入ってきた扉。

この立ち位置で、ルルーナの場所から今の出来事が見えていたとすれば、一体どんな風に目に映っている?
ルルーナからは、ランゲルが手を引いたところなんか見えていないだろう。実際は前のめりにつんのめっただけだが、まるでレフラが、一方的に押し倒したほうに見えるのではないか?


ルルーナは、呆然と凍りついて立ち尽くしている。レフラの言葉なんかまるで耳に入っていない。



「そう・・・・・・だったんですか、だからレフラさん、さっきも私にあんな嘘を」




ちがぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーう!!!!!!!



心の中で絶叫したが、レフラはもうすでに頭の中で混乱しすぎていて、声にならなかった。
レフラに向けられた瑠璃色の瞳に見えるのは、深く傷ついた、懐疑の色。警戒心と、そして嫉妬。この人を奪わないでと、その眼が必死に語っている。


どうしてルルーナがそこで涙目になってあたしを見るんだ。
あの詐欺師男は、さっきまでの口調も態度もがらりと変えて、ルルーナの隣に平然と寄り添っている。こっちが普段ルルーナに見せている顔なのか。さっきまでの本性はどこ行った。
仮面の裏で、ランゲルがせせら笑う顔が、レフラにははっきりと見えた。
こうなってはもう、ルルーナには何を言っても届かない。




ああああああああああああああああ、ちくしょーーーーーーーーーーーーーーーー!!!




ランゲルに肩を支えられるようにして、無言で去っていくルルーナをなすすべなく見届ける。
怒りと屈辱に煮えくり返る臓腑を抱えて、静まり返った教室の中、レフラは一人、べっとつばを吐き捨てた。行儀が悪いとか場所がどうとかそんなことはどうでもいい。
いまいましい。反吐が出る。



「・・・・・・・・・・・・ざっけんなよ、あのヤロウ」



上等じゃないか。


憤りの行き場の失った拳を、力一杯、間近の壁へと叩き込む。
メシリッ、と音を立てて、石造りの壁にヒビが走る。指から骨を突き抜けて、衝撃が全身に走った。
この稲妻のような屈辱、必ず倍返しにして叩きつけてやろうじゃないか。









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